傍に居られる理由

鷹槻れん

閏年の迷信

 閏年うるうどしには墓を建ててはいけないそうだ。


 四年に一度しかめぐってこないこの年の六月に妻を亡くし、そんな迷信があることを俺は初めて知った。


「だからね、幸雄ゆきお。今年はお墓を切らないで、来年建てて納骨になさいな」

 姉からそんな風にさとされ、俺はうやむやにうなずいた。


 正直今はそんなことを考えられる気分じゃなかった。


 墓って誰のだ? 納骨って何の話だ?

 それが正直な気持ちだったから――。


 実際問題、俺は妻が逝ってしまったということを、受け入れられずにいるのだ。


「なぁ、咲子さきこ。お前、別にずっとここに居てもいいんじゃねぇか?」

 気が付くと、仏壇前で妻の遺骨にそんなことを語りかけていたりする。


 事実、俺はそう思っていたりするのだ。


 暗く冷たい墓石の下にこいつを閉じ込めるなんてこと、出来るわけがない、と。


 そんな俺の気持ちを隠すのに、閏年の迷信というのは本当に都合が良かった。

 閏年だから墓は建てられない。だから俺は、やむを得ず来年までこいつを家に置いてやるんだ。


「早く納骨してあげなきゃお前の気持ちの整理もつかないし、ずっとそのままじゃ咲子さきこさんだって成仏じょうぶつできんだろ?」


 今年が閏年うるうどしでなければ、親戚連中にそんな風に言われるのは目に見えていた。

 だが、咲子が死んだのが閏年だったから……だから俺はこうやってこいつを堂々と傍に置いておける。


「来年になったらどうするかな……」

 しかし、それは同時に閏年を終えれば墓を建てずにいることの言い訳がなくなってしまうということでもある。


 とりあえず、石屋と相談して墓石の算段は練った。

 こういう墓にしてくれ、というあらかたのビジョンも伝えた。

 図面も出来上がり、先日CGでこんな風になります、という絵も見せてもらった。


 だが、俺はどうしてもこいつをそこへ入れる気にはなれないんだ。


 だから今はもう少しだけ……このまま傍に居させてくれないか?




終わり

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傍に居られる理由 鷹槻れん @randeed

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