『もだん・たいむずの中に居るうつおじさん』
小田舵木
『もだん・たいむずの中に居るうつおじさん』
工場のライン作業で働いていると。
私は嫌でも思い出す。チャーリー・チャップリンの映画『モダンタイムズ』のワンシーン。チャップリンが歯車に飲み込まれていくシーンを。
工業化社会を皮肉ったあの映画。幼い頃に父と見た思い出の映画。
あの映画のチャップリンは結局、会社に適応出来ずに精神病院に
私は流れるベルトコンベアを眺める。
だが、思いにふけっている余裕はない。次の作業をしなくてはならない。
流れてくるパーツにもう一個パーツを足す…コンベアに遅れないように。
『センターに入れてスイッチ…センターに入れてスイッチ…』某アニメの名台詞が頭に過ぎる。
まったくもう。なんでこんな詰らない仕事をしているのか?
…私が学齢期に勉強をサボったからである、大人になって仕事を投げ出したからである。とどのつまり自分のせいで。時給をシコシコ稼ぐためである。
眼の前の流れるベルトコンベアが小憎たらしくなる。
このベルトコンベアに代表される流れ作業はフォード社が元祖だ。
1910年代の事である。このシステムのお陰でフォード社は飛躍的な発展を遂げる。今は見る影もないが。
しかしまあ。私のやってる作業は。
やろうと思えば機械化出来る気がするのは気のせいか?
この気持ちのせいでウンザリ度合いは上がっていく。
機械を発注するより、人力でやるほうが安上がりだから機械化されてないのだろうが。
ああ。コンベアは早く流れれど。時間の進みは遅い。
なにせ単純作業の繰り返しだ。だが、自分のペースで作業できない。
私は単純作業が嫌いではない。だが、それは自分のペースで作業出来る場合のみだ。
何故、高速回転する機械に合わせなくてはならないのか。
こういう機械は経営層から高速回転するように求められる。他業種で経験がある。回転を早めて、時間で稼げるカネを1円でもあげる為だ。
こういう事をしていると。自分が機械になったような気がしてくる。
そう。チャップリンが『モダンタイムズ』でウンザリしていたように。
ただまあ?私はすでにメンタルがぶっ壊れており。発狂する心配はない。
でも。苦痛度が下がる事はない。
ひたすら、単純作業を高速で。休む暇はない。
同じ姿勢をし過ぎて全身が凝ってくる。
ああ。何故、今日、このセクションに回されたのか?私は鈍臭いヤツだと言うのに。
前回までは。ライン作業をしていなかった。別のセクションは自分のペースで仕事ができた。
私は単発バイト。毎日雇用契約を結び、廃している。
毎日どこのセクションに飛ばされるか分からない。
だから仕事の待機場にいく度に祈ってる、ライン作業のセクションに飛ばされないようにと。
だが。昨日は祈りが届かず。私はライン作業送りになってしまった。
ライン作業場の人間たちは。
機械の回転数に合わせた生態をしている。不思議な事に。
妙にせっかちで早口。仕事の説明をするときもそう。
お陰でのんびり屋の私は指示が聞き取れない。
彼ら彼女らが機械のように思えてくる。別に本気ではないが…時代が進めばそういうロボットだって出てくるだろう。それと何の変わりがあると言うのか。
人類はテクノロジーの奴隷になる。
そんな言葉を思いつく。最近だとAIの台頭でそれを感じていたが。
1910年代に開発されたシステムでそれを改めて感じるとは。私は世間知らずらしい。
私は古い人間のようである。働くことに関して。
そりゃそうだ。職歴的に職人めいた仕事ばかりしてきたからだ。
機械を使う仕事ではあったが、段取りは自分で組めた。流れるベルトコンベアに作業ペースを決められる事がなかった。自分で段取りを決めて仕事ができた。
ああ。懐かしい。
あの仕事をしている当時は嫌いだったが、それ以上に嫌な仕事があるとは。
◆
…就活の際は。この企業を選ばないようにしよう。こっそり決心する。
この企業は一応、業界では老舗で大手さんであるが。
ところどころ矛盾が見え隠れしている。素人眼でも分かる。
そもそも。作業の大半を単発バイトで補っている時点で、長期視点の人事に失敗している。プロパーの人員が足りていない。
それに。異物混入を嫌うくせに。ラインのパーツのネジの欠損を放置している。
…雇ってもらって文句ばっかりだが、他所さんだから見えるモノもある。
…私ばかりが文句を言ってるが。
向こうも私を気に入ってないだろう。と言うか認識すらしてないはずだ。
毎日入ってくる、取り替え式のパーツでしかない。
そう、私は。時給と引き換えに機械のパーツになることを選んだ訳だ。
幸運なのは。毎日雇用契約を結び、廃していること。
ここで長期の契約を結ぼうものなら、本格的にベルトコンベアの機械の一部にならなくてはならない。ゾッとしない。
こういう未来を1936年に予見していたチャップリンは凄い。
そして。1910年代から一歩も進歩していない流れ作業というシステムにウンザリだ。それに適応出来ない自分もまた。
『もだん・たいむずの中に居るうつおじさん』 小田舵木 @odakajiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます