バカバッカ

海の字

バカバッカ

 バカの王国に稀代の天才が生まれた。

 紙一重を突き破り、後世語り継がれる偉業を成した。


 それはズバリ、『バカにつける薬』の発明である。


 バカとは元来不変の存在である。バカは生まれながらにしてバカであり。先天性疾患は、取り除くことのできない癌である。


 そしてバカは『常識知らず』のことも指す。

 ときに天才は、たやすく『常識』を覆す。

 

『バカを賢者にする薬』


 知能指数90未満の人間に限り作用し、知能指数を129まで高める薬の開発。知的障害者であっても例外でなく。


 だが万能薬では決してない。


 例えば知能指数100の人間が薬を塗布しても、賢者にはなれないし。ならば制限を取り払うべく新薬を開発するか? 無理である。


 天才は、しかししゃんとバカであるから。


 自身が開発した薬の『原理』を、当の本人は理解していない。説明することはできないし、改良することも不可能だ。


 昇る朝日と沈む星々を観察し、『地球が動いている』と突き止めたところで、『ではなぜ動くのか』までを説明できる人間がどれほどいる?


 バカとはそんなもんだ。


 例に漏れず、天才も等しくバカの国民である。


 故にだろうか。薬には、バカにできない副作用も存在した。

 知能指数90以上の人間が塗布すると、知能指数90未満に下落する。


 この薬は、『賢者をバカにする薬』でもあったのだ。


 薬はのちに、人類史上もっとも凄惨な戦争の引き金となった。


『ウマシカ戦争』である。


 西暦30XX年。

 世界は二分していた。


 賢者の国。

 愚者の国。


 以外に国はなく。

 双方に種族的な差異もない。

 なぜなら元は同じ民族だったから。


 二十二世紀末、二百ほどあった国が統治され、超大国『アリア』が生まれた。


 アリアは千年もの間栄華を極めるも、時の王『ハダーカ』が取り決めた法案により、一瞬にして瓦解してしまった。


『愚者特区』の設置である。


 アリアは当時深刻な社会問題に悩まされていた。


 平和であり、苦悩も苦痛もなく、快楽物質ばかりが蔓延る楽園に慣れた人類は、自己退化した。


 ロボットが労働の全てを肩代わった結果、人は『思考』を放棄し、徐々にバカになっていったのだ。


 このままでは『知恵』を失う。危惧したハダーカは知能指数90未満の人間を、一カ所に収容しようと決めた。


 なれば高知能の人間のみが生殖し。選択的に人類は賢者になれると考えたためだ。


 これが過ちであった。


 愚者特区収容条項。

・知能指数90未満であること。

・性差も身分も年齢も無視すること。

・この条項は絶対であること。


 よってハダーカは収容された。


 人は選択を誤った。否、選択するのが遅すぎた。

 

 人類の衰退は想像以上に進行しており、国民の大多数がすでに知能指数90未満であったのだ。

 

 特区は肥大化し、国王ハダーカも収容されたため、『国』が建国された。


 アリアはかくして二分した。


 ここからは双方の歴史。

 これはいわば『差別』の歴史だ。


 愚者の国はそれはもう繁栄した。

 賢者であることを諦めた人類は本能に生きる。

 

 栄養価の高い食事を喰らい、繁殖に邁進し、惰眠を貪り、サッカーに熱狂する。


 四大欲求の謳歌だ。


 しかし劣等意識は常にあった。

 楽しい毎日を送るほどに、自身が『楽しむことを許された』側の。バカにされる側の種族であると、実感してしまう。


「思考は『賢者』が行うから、君たちはせいぜい楽しんでね」


 毎日が幸せであればあるほど、自分がバカなことを思い出す。

 それが悔しくてならず。愚者特区の脱走を図るものも後を絶たなかった。

 どれだけ知能を落とそうが、愚者は人であることまでは諦められなかったようだ。


 故に子作りした。

 

 愚者特区に例外はない。

 逆説、もしも我が子が知能指数90以上であれば、愚者特区を抜け出すことができる。


 自らがバカであることは認めても、我が子だけは賢者であって欲しいと願う親たちは多い。我が子が賢者に選ばれることをアチーブメントとし、子作りが一大ブームメントになった。


 それが少子化に苦しむ賢者の国よって流布された、プロパガンダだとも知らずに……。



 

 賢者の国は心底、愚者の国をバカにしていた。

 バカにし、軽蔑し、差別し、そして恐れてもいた。


 己が賢者であると誇りに思うほど、自身がバカにされるのは嫌になる。


 愚者の国に堕ちるだなんて、絶対にごめんだ。


 故に勉学に励んだ。


 毎日、毎日、机に齧り付いて脳を濡らした。


 思考する葦たちは、だが皮肉にも理性を見失った。

 深刻な少子高齢化の到来である。

 

 繁殖に堕落する愚者たちに対して、賢者たちは快楽を放棄し、徐々に数を減らす。

 大前提、彼らは賢者であるからこそ、『産まれる子が愚者である』リスクを無視できない。


 産まれ。堕ちるリスクを。


 愚者の国を差別、見下していればいるほど、我が子が底へ堕ちてしまうことが悍ましい。地獄に落ちる可能性があるのなら、はなから産むことを選ばない。

 

 賢き彼らは、子作りを選べない。


 賢者に憧れる愚者は繁栄した。

 愚者を恐れる賢者は没落した。


 母数の膨らみ続ける愚者の国で。

 天才はだから産まれた。


 思い出せ。

 賢者の国の入国条件。

 知能指数が90以上であること。


 天才は発明した。

『知能指数90未満を129』にする薬。


 愚者特区に住む国民たちにとって、薬は青天の霹靂。賢者へ至るチケットである。副作用も彼らには問題にならなかった。


 薬は飛ぶように売れた。


 愚者たちは出国し、いままで彼らをバカにしてきた賢者たちは、愚者よりも愚かになってしまった。


 旧賢者たちは薬を塗ることができないのだ。すなわち副作用のせいで。


 薬は『賢者を愚者にする薬』でもある。


 ならば反撃の開始だ。


 高い知能指数を有する愚者たちは、賢者たちを蹂躙した。物量で殺し。知恵でなぶり。そして決断した。


 知能指数128未満の人間を閉じ込める、『新愚者特区』の設置。


 立場は完全に入れ替わり、懸命に培ってきた差別意識が発芽し、ジェノサイドが起きた。


 しかし残念、物語をかき乱すのは、いつだって天才の役割だ。


 当時力を取り戻したハダーカ政権へ、『賢者にしか見えない服』という発明品をプレゼンしていた天才は、ふと思う。


『薬を2回塗れば良いのでは?』


 薬は愚者にしか有効でない。

 薬は賢者を愚者にする副作用がある。


 では。


 あえて薬を塗布し、愚者におちた賢者が。

 さらにもう一度薬を塗れば?


 結果。


 人類のほとんどが、知能指数129になった。


 愚者も。賢者も。あれほど差別しあった人類が、ついにその日、平等になった。


 見方によっては、アリア時代よりもよほど完成された美品であった。


 しかして戦争は起きる。


 かつての愚者たちも。いまだの賢者も。あるいは生来130以上のホンモノも。

『同じ』になることだけは、断固として認められなかった。


 バカにしてきた奴と。バカにしていた奴と。同じになるだなんて。


 深刻な差別意識は薬を塗っても癒せないようだ。

 なぜならバカにつける薬はないのだから。


 そもそもの話だ。


 人は、人である限りバカである。


 知能指数がいくら高かろうと。傷つけあうことしか能のない種族が人間だ。


 人工知能。ロボットたちは、とっくにそれに気がついていた。特区にそれを見抜いてた。


 ウマシカ戦争の開戦である。


 西暦40XX年。


 戦争が終わり、アリア以来千年ぶりに、世界統一は成された。


 人類が滅んだのだ。


 滅ぼしたのは猿だった。

 猿たちはみな、人類ほどに賢かった。


 その猿たちは、『薬の実験動物にされた猿』を先祖に持つ。

 天才が薬の開発にあたり、賢くしてしまった哀れの子孫。


 猿は人よりも力が強く。自滅した人類を滅ぼすのは容易かった。


 さらに数万年後、猿は人に進化した。


 そして天才が生まれる。


 天才はとある薬を開発する。

 人を『バカにする』薬である。


 人をバカにするのが、なんだかんだ、一番楽しい娯楽である。


 人はみんなバカだから、夢中になって化かしあう。


 バカバカしい話だ。

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