第5話 後日談 あるカウンセラーと警察官の話
「あれ?貴女は……」
白い髭と髪の皺にまみれた男が、来店してきた同じく白髪に顔にまだらに皺の入った女性に声をかけた。
「どうも。」
二人は旧知の仲であったのか、軽く挨拶をすると男の誘いにより女は相席を承諾した。
女が注文を伝えると店員はさがり、白髭白髪の男が両肘をテーブルについて指を左右交互に絡ませてため息をひとつついた。
「あの件はやるせなかったなぁ。」
昔を思い出すように語り始めた。続いて女も思い出すかのように、しかしまるで最近の事のように話し始める。
「私も後悔と無念と残念で……」
「少年院でカウンセリングを受けていた時、彼は本当に立ち直ろうとしていたのよ。それなのに。」
「もう俺達は引退した身だ。こうして話す分にはいいだろ。彼のノートと妹の供述が事実だとしたら。」
「家庭環境が与える影響は大きいという事だ。過去の事や未熟な少年という事を鑑みれば、あのサプライズパーティーとやらはやるべきじゃなかったんだ。大事な人間を失うサプライズを招いてしまったんだからな。」
「そうね。大人がいかに寄り添えるかが大事だ思います。それも恩着せがましくではなく、上から目線でもなく、きちんと家族として。一人の人間として向き合わないと。それが難しいというのは、カウンセリングの仕事をしていると理解出来ますが。」
「その後の妹の件もなかった可能性が大だからな。」
「妹も、あの動画が出回ったせいか、世論の風向きが少しだけ変化があったしな。」
あんな事を目の当たりにしたら殴りたくもなるとか、異性に絶望したくなるとか、一生独り身でも良いやとか騒がれていた。
妹が兄と同じように飛び降りた後に発売された小説、「愛と憎の行方」は、兄が自殺するまでの前編と、妹の勝手な復讐劇の後編と、妹が主観で描かれた人生の完結編と合わせて、200万部を超えるヒット作となった。
そして事件から20年近く経った今頃に、ついには映画化も果たしていた。
妹は一命を取り留め、胸の内を脚色なく文字に起こして残していた。
兄が生きていた証として。
自分の想いを生きた証として。
喫茶店「Amor y Odio」
スペイン語を日本語に直訳すると、「愛憎」
二人がいるのは、その妹が営む喫茶店であった。
五体不満足な女が、カウンターでコーヒーを挽いていた。そして、二人を見る事もなく一人呟く。
「お兄ちゃんの歴史も、血も、ちゃんと残ったよ。」
そして……妹が没した際、彼女の墓では華を持った子供や孫、曾孫達が囲っていた。
それは、映画版では奇しくも没となった、小説版完結編のラストシーンと同じであった。
愛と憎の行方 琉水 魅希 @mikirun14
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