第4話

 通夜や葬式が終わると、遺骨は妹が終始抱き抱えて運んでいた。


 小柄な女の子には重いであろうに、彼女は頑なに他の物には触れさせたくなかったようである。


 自宅に着くと、位牌と遺骨が置かれ、それぞれ線香をあげていく。


(お兄ちゃん……)


 その遺骨を納めた骨壺の箱の結び目が、日によって変わっていた事に家族の誰もが気付かない。





「ねぇ。お兄ちゃんを裏切ったのはなんで?」


 妹が兄の元彼女である幼馴染を呼び出した。


 呼び出したといっても家の軒である。


 妹からすれば、兄の件の真実を知る外野で唯一の存在である。


 毎日のように線香をあげにくる幼馴染に、うんざりしているかのような口調で問いかける妹。


 

「う、裏切ってなんか……ない。た、ただ怖かっただけ……」


 その怖いという対象が何なのかを語らない幼馴染。


 カタカタと微かに身体を震わせ、右手で左の二の腕を押さえつけていた。


 その理由はなんとなく察している妹はさらに視線で問いかける。


「他の男に股を開いて、ありもしない事実を話して、真実はその胸の中。?」


 歳が下だというのにも関わらず、妹からは敬語が一切ない。


 妹からの幼馴染に対しての感情が良くないというのは瞭然であった。


 兄が暴力を振るった事は紛れもない事実。


 それは妹も知っている。兄が嘘を言っていなかった事はわかっていた。


 ただ、周りが聞く耳を持たなかっただけで、前科的なものがあるため信用の面で他者からは薄かったというだけで。


 あまりにも相手の男の有様が酷かったため、兄の言い分は自分を正当化するただの言い訳に取られていたのだ。


「ひっ」


 何に対して怯えているのか。


 幼馴染は小さく悲鳴を漏らす。


「お兄ちゃんはも渡さない。」


 それがどういう意味なのかは幼馴染にはわからないし伝わらない。


 妹は自身が理解していればそれで充分であった。


 後々落ち着いて考えれば簡単な事だ。


 家族であれば……


 毎日線香をあげていれば……


 その小さな違和感に。


 毎日違う……骨壺を結んでいる紐の様子が違う事に。



 幼馴染が感じた恐怖は、亡くなった元彼氏に対してのものか、それとも別のナニカか。


 小さい頃から感じていた妹のブラコン気質は、あの時はっきりと理解出来ていた。


 デートの殆どの陰に潜む一つの影。


 件の暴行事件の時にも見えた一つの影。  


 射殺すような二つの光が、幼馴染の目と脳裏にはっきりとこびりついていたのである。







 49日を迎え、兄の遺骨は先祖代々の墓へと納められる。


 ここに至るまで、終始骨壺は妹が抱き抱えていた。


 それは誰にも触れさせたくないという思いともう一つ。


 その重さの変化に気付かれないようにするためである事を知る者はいない。


(お兄ちゃん……これで一つになれたね。)


 49日法要が終わり、一同は帰宅する。


 妹が大事に抱えていた骨壺は今は先祖代々の墓の下に置かれ、兄は今はそこで眠っている。


 法要が終わり帰宅すると、戒名の書かれた位牌が仏壇にポツンと置かれた。


 新たな名を得た彼の位牌は、今日がスタートとばかりにそれぞれが線香を添えると、全員が目を閉じた。






 翌日、喪服のままの、妹以外の家族達が遺体として発見される。


 そこには、家族以外に、幼馴染で元恋人であり妹にとっては諸悪の根源である女の姿もあった。



 お兄ちゃん、ごめんね。


 私、お兄ちゃんの人生の軌跡を追うよ。




 そして、服役を終えた妹は、兄と同じくケーキと蝋燭等を盗み、しかし鉛筆とノートは兄がかつて使ったものを使い、この世への呪いと兄への愛を綴って遺した。


 同じように数枚の写真を撮影し、ノートの横にそっと置いた。


 兄と違うのはその写真の枚数と、映っているくらいか。


 そこには、ぎこちない笑みの妹を、後ろからそっと抱きしめている、生前の兄のようなものが写っていた。



 さらに次の写真には、腫物や憑き物が落ちたような、泣き止んだ後の笑顔の写真が写っていた。


 兄との違いは、この最後の一枚があるかの差異だった。


 


 世間からみれば、一家と隣人の惨殺者。


 兄からみれば、唯一の理解者で救い者。


 幼馴染の恋人に裏切られ、犯罪者とされ少年院入り。


 実際暴力は振るっているので、ある程度は仕方ないのだが。


 裏切りについて知っているのは兄妹を除けば、当事者の幼馴染と間男のみ。


 もっと根幹については間男は知らない。


 ただ単にヤれてラッキーくらいにしか思っていない。


 そんな時に殴られ蹴られされてるのだから、ラッキーでもないのだが。


 しかし、世の中はやられた方の意見が通る、女の言い分こそが全てだと悟った兄。




 世界に絶望を感じたのである。


 それならばせめて、自由になった時には真っ当に生きよう。


 家族や周辺の人達ともまともに接しようと誓って少年院を後にしていた。


 それなのに、出てすぐのあの仕打ち。


 絶望に追い打ち。


 この世界は彼には優しくなかった。


 もう少しだけ早く気付けて実行出来ていれば違った未来になっていたのかもしれない。


 しかし彼には遅すぎた。


 微かに残った妹への希望を遺し、世界と別れを告げる選択肢を選んだ。



 そして、妹はその希望を理解する事はなく。


 このような結末にしたを終わらせる道を選択した。



 愛が憎を生み、愛を貫いた。



 ほぼ同時刻、動画サイトにはある卑猥かつ暴力的な動画が流れた。


 そこにはとある重大な真実が収められていた。


 彼氏彼女でもないのに交わっている男女と、怒って問い詰め感情的になった男が暴力に訴えている一連が。


(あの時、これを出していたら変わっていたのかな。うぅん、そんな雰囲気にはなかった。そんな事をしても何も変わらないだろうと決めつけていた。これは私の罪。) 


 



 あの当時から約二倍の年齢にはなった妹は、兄が旅に出た屋上から、同じように来世に向かって……








 妹の兄大好き愛ブラコンとヤンデレが、幼馴染に恐怖を与え、幼馴染はその妹の狂気に耐えきれなくなり他者と交わる事で兄との別れを選んだ。


 その結果が関係者全員の死で幕を閉じる。


 世間からすれば、毎日流れる悲惨な事件の一つにしか過ぎない。



 ただ一つ。どこかで誰かが何かを言っていれば、何かをしていればこのような結末を迎える事はなかった。


 兄がやきもちのようなものを焼かなければ、問題になる程のヤンチャをしていなければ、妹が素直に言っていれば、幼馴染が身体を許す事無く相談していれば、家族が歩み寄っていれば……


 どの駒も、遅かった、遅すぎた。


 ただ、それだけの事だった。

 

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