最終話 告白当日
そして、ついに告白の日がやって来た。
白銀に景色が染まる中、アンジュの自宅であるカエストラ伯爵家にはたくさんの馬車が停まり、煌びやかな広間には、友人を中心とした貴族たちが集まっている。
「さて、ミエル。とうとうこの日が来たね」
繊細な刺繍が施されたクロスを
給仕が運ぶ何種類もの紅茶の香りは客たちを楽しませ、あちこちで笑い声が上がっている。
そんな柔らかな空気を演出する大広間の――すぐ近く。
ひと通りの挨拶を終え、すぐに彼女を呼び止めたアンジュは今、誰もいない窓辺でミエルと向き合っていた。
窓の外では小雪が舞い、微かな風に煽られて近くの蝋燭がゆらりと揺れる。
「うん。お誕生日おめでとう。アンジュ」
「ありがとう。じゃあ、改めて言わせてもらうよ」
普段と比べるとどこか緊張した面持ちを見せた彼は、青色のドレスを纏い、頬を染めるミエルの手を握りしめた。
そして、予告通りに愛の言葉を語り出す。
「ミエル、心からあなたを愛しています。どうか俺のものになってください」
「……っ」
ひんやりとした
覚悟を決めて臨んだはずの告白に、ミエルの頬がさらに熱を帯びた。
だけど結局、彼女は答えを出せていない。だから……。
「……!」
答えを出すため、彼に一歩近付いたミエルは、
分からないときは、唇を重ねてみればいいのよ。
嫌な人とはできないこと。自分の気持ちも
従姉のリム姉は昔、そう言っていた。
そして、確かに答えは分かった。
嫌じゃない。嫌じゃない、けど……。
(わああぁぁ……私、なんてことを……。絶対に順番を間違えた気がする……!)
「……これがきみの答えかな」
今さら照れたように顔を覆い、羞恥で爆発するミエルに、アンジュは少しばかり間を開けると、彼女を抱きしめて言った。
突然の口づけに、流石のアンジュも照れた様子だったが、すぐに執り成した彼の表情には笑みが浮かび、腕を離してくれる様子はない。
爽やかな
もういっそ、今すぐ雪の中に埋めてほしい気分だ。
「ミエル、俺を好きになってくれた?」
しかし、湯気が出るほどの羞恥で
耳元で囁く甘い声音に、ミエルはどきどきと胸を高鳴らせていたが、やがて彼女は、覚悟を決めたように、小さく答えを絞り出す。
「……そう、みたい」
「フフ。そうか」
窓を震わす雪風に負けそうなほどの小さな声で、それでも確かに答えを告げるミエルに、アンジュは笑みを深くすると、抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
想い続けて十数年。彼女の鈍さに泣かされ続け、それでも好きで挑んだ告白。
これでダメなら諦めるしかないと覚悟していた告白は、ついに実を結んだんだ。
ようやっと自分を見てくれた。そのことが嬉しくて、アンジュは小さくなる彼女を見つめると、つい声を弾ませて言った。
「それにしてもミエルは狡いな。答えの代わりにいきなり口づけるなんて。俺を本気にさせたいの? もちろん本気だけどね」
「えっと……、これはその……」
「フフ、言い訳はいらない。俺のお姫様。きみはもう俺のものだ」
照れた顔で自分を見上げるミエルのはちみつ色の瞳を見つめ、アンジュは仕返しのように口づけた。
ミエルの唇は柔らかくて、もうそれだけで心がいっぱいになる。
今年の誕生日はおそらく、人生で最も幸福な誕生日だろう。
何十年経っても忘れられない、思い出の一日――。
「……っ!?」
そのくらいの幸福をかみしめ、冷えた空気に漏れる白い吐息ごと奪うように唇を重ねていると、不意に近くから動揺した声が聞こえてきた。
「おや父上」
何事かと思い振り返ると、そこにいたのは目を丸くした父・カエストラ伯爵。
細面の
「あー。主役が会場を離れて何をしているかと思えば、こんなところで逢瀬とはな……。すまん」
「いいえ。それより父上。あなたの言う通り、俺は自分で相手を見つけましたよ。これで文句はないですよね?」
徐に目を逸らし、声を上ずらせて弁明する伯爵の、明らかに
その一切恥じらう素振りもなく平然と告げる息子に、伯爵はしばらく言葉を失くしていたが、やがて彼は何とも言えない表情で絞り出す。
「うむ、そうさな。では私は、会場にいる子爵と話して来よう。折り合いがつけば、うむ……」
そう言って、すぐさま踵を返した伯爵は、息子の逢瀬を目撃したことがよほど気まずいのか、ブツブツと呟きながら大広間へと戻って行った。
途端この場を包むのは、静寂と、突然現れた伯爵に声も出せずにいたミエルの微かな吐息だけ。
顔を真っ赤にして固まる彼女は、羞恥に表情を引き
「……さて。ミエルの父君と話がつくまで、俺たちも会場に戻って仲良しアピールでもしてようか」
微動だにしない彼女の手を握り、当たり前のように歩き出す。
幼馴染み改め恋人となった愛しい彼女を、みんなの前で堂々と愛でたいと思うから。
「は!? いやっ、そんなの恥ずかしいわ……!」
それが許される関係に、アンジュは宝物をもらった子供のような笑顔を見せていたが、一方、彼の言葉にようやく我に返ったミエルは、思わず握られた手を引きながら抵抗した。
だって、告白からまだ数分。
このたった数分で、ミエルは一生分の羞恥を味わったのだ。お化粧が台無しになるほど赤くなった顔でなんて、戻れるわけがない。
「じゃあミエル」
すると、必死に抵抗する彼女の心情を悟ったのか、不意に距離を縮めたアンジュは、わざとらしい綺麗な笑みを浮かべた。
そして、嫌な予感を募らせるミエルの耳元で、
「二人きりでもっと甘いこと……する?」
「……!??」
そっと囁く。
自分を見つめる彼の声音は、冗談とも本気ともつかなくて……。
「……え、遠慮するっ!」
間近に見える彼の顔面をミエルは両手で押しのけた。
負けじとアンジュは彼女を抱きしめ、また押し問答が始まる。
大広間のすぐ傍で、人目も
はちみつと天使(エンジェル) みんと@やや不在気味 @minta0310
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