ガチ異世界料理の店はここからスタートする。

海猫ほたる

ガチ異世界料理の店はここからスタートする。

 ガチ異世界料理をご存知だろうか。


 最近では、この国でも異世界から帰ってきた所謂つうしょう〝異世界還り〟なる者たちが増えてきている。


 彼らが異世界で食べた味はこの国ではまあ、珍しい味だった。


 異世界で食べた料理の味をなんとか再現しようと、さまざまな思考を巡らせて開発された料理——それが異世界料理だった。


 異世界から還ってくる者が増えるに従って、この国に異世界料理屋が増えて行った。


 今や異世界料理はどこの街にもある、手軽に食べられる料理になっている。


 だが、手軽になった事で、問題も生まれた。


 今の町異世界料理は、日本人の口に合うようにアレンジが施されたものだ。


 異世界に行った事がない人でも美味しく食べられるように、日本人向けにアレンジが加えられて行った結果、それはすでに元の異世界の料理とは別物に進化してしまっていた。


 それはそれで美味しいから、この町異世界料理屋は、今やどこも繁盛している。


 だが、本場の異世界で食べた物は、もっと全然違う味だったんだ。


 確かに、俺も最初に異世界で食べた時には、なんだこのへんてこな味は……と思った物だ。


 だが、不思議なことに人間、ずっと食べているとだんだん慣れてくるんだ。


 俺が異世界から還れるようになる頃には、もうすっかりあの味に慣れてしまっていた。


 こっちに戻ってきた俺は、久しぶりの日本の料理に感動した。


 やっぱり日本人はご飯と味噌汁。


 米と醤油と塩、これが最高だ。


 だが一方で、あっちの世界でずっと食べていた、あの味をまた食べてみたい……という欲求も生まれてきてしまった。


 あっちの世界とは、食文化もだが、そもそもの食材が根本的に違う。


 カオスオークの肉は豚肉とは全然違うし、カオスコカトリスの肉は鶏肉とはかけ離れている。


 カオスラビットの肉なんて、こっちには全くない独特の臭みがある。


 カオスゼリーに至っては、本当に食べて良いものか疑うレベルだ。


 おそらくこっちの世界の人が生で食べれば、腹を下すに違いない。


 だが、不思議なことに、そんな料理達でも、こっちに戻ってきてしまうと、また食べたくなってくるんだ。


 それは、俺だけじゃなく、この世界に還ってきた他の人にも同じ属性の人間がいたらしい。


 ネットで検索すると、どうやら本格的に異世界の料理を再現した〝ガチ異世界料理〟の店というのが出来ているらしいと分かった。


 しかも、最近ではこの〝ガチ異世界料理〟の店が、少しずつ増えてきているらしいのだ。


 それは、都内のある繁華街を一歩入った所にある。


 その区画に足を踏み入れると、そこは〝ガチ異世界料理〟の店で溢れていた。


 しかも、街を歩く人たちは普通の日本人ばかりなのかと思いきや、見渡すと、ちらほらと、あっちの世界の住人と思われる種族がいるではないか。


 どうやら、このエリアの近くに異世界と繋がっているポータルがあるらしく、人々が頻繁に出入りしているのだ。


 なるほど、それなら、本場の異世界食材が手に入るに違いない。


 久しぶりに本場の異世界料理が食べられそうだ。


 俺は、早速一つのガチ異世界料理屋の扉を開けて、中に踏み入れた。


 そこはまさしく、異世界だった。


 よくある町異世界料理屋の雰囲気ではない、まさに向こうの世界の店の中って感じの雰囲気だ。


 俺は早速椅子に座り、メニューを取る。


 メニューに書いてある文字には、日本語が一切書かれていなかった。


 全てがあっちの世界の言葉で綴られている。


 懐かしい。


 俺はもちろん、あっちの世界の文字は読めるようになっている。


 転生した時に向こうの世界の両親に教えて貰ったからだ。


 メニューには、こっちの世界には無いメニューが並んでいた。


 俺は、久しぶりにが食べたくて、メニューから探してみた。


 あった!


 カオスゼリーの青菜炒め。


 こっちの世界の、日本人向けにアレンジされた異世界料理屋には、絶対に無い、カオスゼリーの肉を使った料理だ。


 さすがはガチ異世界料理屋。


 またカオスゼリーが食べられるなんて、思ってもいなかった。


 これこれ、この独特の臭み。


 これが、くせになるんだよな。


 涙を流して咽び泣きながら喰ってた俺に、猫耳で尻尾の生えた獣人の、異世界服を着込んだ女の子の店員さんが話しかけきた。


 お客さん、なんで泣いてるんですか?


 何でだろうな。


 向こうにいた時には、こんなの食べたいと思って食べた事なんてないのにな。


 ずっと白米とラーメンが食べたくて仕方なかったはずなんだけどな……と答えると、店員さんは、わかります。


 と頷いていた。

 

 わたしも異世界からこの日本に留学に来たんですと言った。


 それは、見ればわかる。


 獣人なんて、この日本には、元々いないからな。


 時々、故郷の料理が懐かしくなるんですよね。


 だからわたし、この店でアルバイトしてるんです……店員の女の子は、そう言って笑った。


 ありがとう、美味かったよ……カオスゼリーの炒め物を平らげたい俺は、満足して家に帰った。


 それから俺は、ガチ異世界料理屋にすっかりハマってしまった。


 月に何度かは食べにくるようになっていた。


 このあたりには、ガチ異世界料理だけでなく、ガチ異世界居酒屋なるものもあって、そこでは日々、向こうの世界から還って来た俺のような人たちが酒を飲んでいた。


 俺は、ガチ異世界料理だけでなく、ガチ異世界酒の方にもハマって、よく飲みにくるようになっていた。


 そんなある日、いつものようにガチ異世界料理で腹を満たし、ガチ異世界居酒屋で一人でチビチビと異世界エールを嗜んでいると、一人のおっさんに声をかけられた。


 きみ、よくこの店に来るね。いつも向こうの料理を美味しそうに食べているよね。


 話しかけてきたのは、一見、普通の日本人に見えた。


 だが、話してみてわかった。


 男は、このあたりでガチ異世界料理の店を何軒も経営しているという、オーナーだった。


 俺と同じく、向こうの世界に転生して、女神に貰ったスキルでひと暴れして、向こうでひと財産築いたそうだ。


 そして、こっちの世界にもどって来て、俺たちのような転生出戻り組のために、ガチ異世界料理屋を開いたのだ。


 それがこっちでも当たって、良い感じに金を稼いでいるらしい。


 食材は、向こうの世界で自分の持っている土地から、ポータルを通して直輸入しているらしい。


 店員さんは、向こうからの留学生を雇っている。


 ガチ異世界料理は、こっちの世界の日本人の口には合わないが、俺たちのような出戻り組や留学生たちには好評らしく、店はそれなりにやっていけているようだ。


 なかなかのやり手経営者……と言ったところだ。


 俺は男に礼を言った。


 酔った勢いだったから、若干、からみ酒になっていたかもしれない。


 男は、喜んでくれて何よりだよ……と言っていた。


 そして、俺にこう言った。


 なあ、あんたも、そんなに好きならやってみないか?……と。


 そう、俺にガチ異世界料理の店の店長を任せると言って来たのだ。


 俺は、一週間悩んだ結果、男の誘いを受ける事にした。


 それから俺は、男の店の一つで下働きをして、ガチ異世界料理の作り方や、店の経営の仕方を学んで行った。

 

 先輩の店長から直に教わった。


 そして、半年経った。


 俺はついに、念願の自分の店を持つ事が出来た。


 ガチ異世界料理の店だ。


 どうだい、あんたもそろそろ、ガチ異世界料理を食べてみたくなってきたんじゃないか。


 だったら、うちの店に食べに来てくれ。


 いまなら開店セールで安くしておくぞ。


 本場のカオスゼリーの肉、味わってみてくれ。

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ガチ異世界料理の店はここからスタートする。 海猫ほたる @ykohyama

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