第2話 あなたにあいたい

知らなかった。サンタさんて、本当にいるんだ。……なんて、そんな事思った事なかったのにな。特に、に想い知ったから。でも、その夜に、私はサンタクロースに、もう一生分のクリスマスプレゼントをもらうことになる。












「どうしたんですか?」


「……え……」


貴方は、そっと私に微笑みかけた。


「なんか、泣きたいのに、泣きたくない……みたいな顔をしていらっしゃる」


「……そ、それは……」


貴方は、まるで、見るからに紳士で、着ている服は高そうで、センスも良くて、私が、彼氏だとより、100倍格好良くて……。私は、『また、私を騙そうとしてるのか……』と苛立った。


「貴方には関係ありません。失礼します」


トン……ッ!


「!?」


貴方は、いきなり私に壁ドンをした。壁……ンかな?


そして、そっと、私にキスをしたんだ――……。


その夜の事は、絶対に、永遠に忘れない。


貴方は、キスをすると、スッと私の手を引き、路地裏へ招いた。誰の目にも留まらない、暗い裏路地。街の灯りも、クリスマスソングも、他人の視線も、何も届かない。クリスマスの空気は、もう何処にもない。何をするのだろう?何をされるのだろう?


私は、恐怖と……そして、何だか訳の分からない期待を抱いていた。


「貴女はは綺麗ですね。そんな、悲しい顔をしないで」


「……」


「ちょっと、寒いけど、我慢してね」


そう言うと、貴方は私のコートのボタンを1個ずつ丁寧に外し始めた。外し終えて露になったのは、胸元が大きくハダケ、普段の私だったら、絶体着ないミニスカートのドレスだった。私は美人じゃない。身長も高くない。地味で、平凡で、つまらない女。だからか、彼氏……あの人は、私を抱こうとはしなかった。それも、私には辛かった。



なのに――……。



貴方は、これがと言うキスなんだ……と言うキスを重ねてくれた。少し、体をこわばらせながら、私は、貴方の指や、くちびるにすべてを任せた。


指が、太ももに触れる。後ろのファスナーを下す。くちびるは胸元に近づいて行く。


「あ……の……!」


「ここじゃ……嫌ですか?」


ホテルに行こうとでも言う事だろうか?


その時、私はそっと大通りの方へ目を向けた。すると、目を丸くしてあの人が、私と貴方を見ていた。


「良いです……ここで」


私は、こんな事を言う女だったろうか?


でも、今の私は、きっと――……。


「綺麗だよ。光」


貴方は、私のすべてを見透かしたように、あの人が目を丸くする真ん前で、大胆な程の姿勢で私をキラキラ輝かせるように、抱いてくれたんだ。


そのまま、コートの下はほぼ全裸にされた私だったけれど、全く恥ずかしくなかった。本当に、貴方はセックスが上手で、気持ちよかった。卑猥な声も出てしまうほど、気持ち良すぎて、こんな寒空の下なのに、熱いほど体が火照った。


ポカーンと、あの人は最初、『いこーよー。何してんのー?』と言う女の声も聴こえないと言った感じで、私の唯一自慢できるボディに、生唾を呑んだ。


「……君には、この女性は勿体ないですね。三流の男が抱くには、その隣のお嬢さんくらいがちょうどいい」


フッと、切れ長の目で笑うと、また、その唇は、私の乳房を舐めた。それすら、もう、恥ずかしくもなんともなかった。言いたい事……イヤ、それ以上の侮辱的な言葉を、貴方はあの人に並べてくれた。私は、もう、何の未練もなかった。




全て、終わった後、貴方は、私をレストランに連れて行っていくれて、美味しい美味しいフレンチのフルコースをご馳走してくれた。




とっても、楽しい夜だった――……。




「なんで……私を助けてくれたんですか?」


「助ける? これは、れっきとしたナンパです。貴女が魅力的だったから。それだけですよ」


「……私は……、綺麗じゃないです。彼にも……」


「……貴女が振ったんです。そうでしょう?」


「……ふふふ。そう……かな……。そう……ですね」


「そうですよ」


「もう……会えないですよね?」


私は、もう、当然だと分かっていて、聞いた。


「……私は、明日、NYに発ってしまうので……」


予想通り……いや、NYか……、もう、本当に遠い人に……まぁ、サンタさんだったと思おう……。


「そう……ですか……。でも、貴方に会えてよかったです。みじめな夜が、今までで1番素敵な夜になりました。ありがとう……」



私は、少し、泣いてしまった。それを、少し、後悔している。あんなに素敵な夜を、もう、2度と訪れない夜を、涙で終わりたくはなかった……と。でも、そんな私さえ、貴方は見透かして……、


「綺麗な涙ですね。シャンパンに、入れたいくらいです」


「ふふ。ありがとう。なんて、お礼を言って良いのか……」


「それは私のセリフです。こんなに素敵な女性と、クリスマスを過ごせて、本当に楽しかったですよ。ありがとうございます」


「こちらこそ……」


「月光が綺麗ですね。こんな夜は、男はみんな、狼になります」


「それは、満月ですよね?」


「ははは。申し訳ない。下手な事を言ってしまいました」


「……でも、本当に綺麗な月光……。ツリーより、明るいみたい……」


「えぇ。貴女を、照らしているんですよ」







貴方と交わしたとても上品で、とろけそうなキス。痛いと、覚悟していたのに、ゆっくり、丁寧に、でも、気持ちよくさせる所は忘れずに……みたいな完璧なセックス。あの人がバージンじゃなくて良かった。





通りすがりの、貴方で本当に、良かった……。
























ただ、隣に、大好きな人がいても、貴方とのことは一生、秘密。このくらい、良いよね。だって、貴方は、きっとサンタクロースなんだから。


あれ以来、月光が綺麗な夜は、あの魔法を、幻を、私は想い出して、はしたないけど、貴方のセックスを想い出す。余りに格好良すぎた貴方。気持ち良すぎた、キスとセックス。美味し過ぎた、フレンチ。楽し過ぎた会話。



でも、本当に、貴方にもらったものは、『自信』。



あの日以来、私は自分を卑下する事を辞めた。メイクも勉強して、髪も伸ばして、大胆な服も着た。そうしたら、急に会社でも、街でも、盛んに声がかかるようになった。


「貴方は、今どこにいるの?」


「? 俺ならここにいるけど」


那智なち(彼氏)じゃないの! 私のサンタクロース!!」


「はぁ? 光、大丈夫かよ。今7月だぞ」


「うっさい! ほら!会社行く時間でしょ?私、今日は式場の下見、少しずつ進めておくから! 行ってらっしゃい!」


「行ってきまーす!」



「「チュッ」」



「……、本当、光って、キス上手いよな……これから、しない?」


「馬鹿! 良いから行きなさい!!」


「へいへい!!」
















 『あなたにあいたい』


それは、もう、捨てなければならない想い。私は、那智と3ヶ月後に結婚する。でも、忘れる自信はあるんだ。決して、全てを忘れる訳じゃないけれど、今の私が在るのは、間違いなく、貴方だから。


そう、お礼が言いたい。もう一度、それだけ。只、それだけ。







いつか、私がおばあちゃんになって、那智をちゃんと見送る事が出来たら、少し渋くなった、毛量は多めの白髪で、そして、たっぷりの白髭のかっちょいいおじさまの貴方と再会出来たら嬉しいな。






そうしたら、お願い。もう一度、キスをしてください――……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月光 @m-amiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ