第23話 生贄の日



 ……6の月、生贄の日が訪れた。

 

 収穫した作物や家畜を女神に捧げる祭典で、3日間ほど開催される伝統の祝日だ。女神教を信仰する者にとっては特別な日になる。ローズメドウの国民も、家族や友人や大切な人と祝うのだ。

 シャムスが祖父や妹と暮らしてた頃は、その時期になると村に盗賊達が食料を狙って何度も襲撃してきて、祝うどころではなく、どちらかというと嫌な思い出しかなかった。けれど竜の寝ぐらの村ではささやかながらでも、マタルと村の子供たちにせがまれて準備の手伝いをする事があったのを思い出す。


 人々が祭日を楽しむなか、"盗賊アリババ"の予告を受けて騎士団には都市の警戒態勢を強めるよう命令が下されていた。


「ったく、こんなめでたい日に聖典を盗む予告なんてさぁ、くだらねえことするよな。"盗賊アリババ"って奴は」

「どうせ悪戯だろ〜俺はご馳走様が食いてえよ……」


 新兵達は任務で市街の巡回警備にあたっており、シャムスも4人1組の班になって決められたエリアを巡回していた。

 先頭を歩いているロドニーとマーカスの気の抜けた会話が聞こえてくる。騎士団の中でも盗賊アリババが聖典を奪いに来るのかどうかは半信半疑の者が多いといった印象だ。

 

「盗賊アリババって言ったら建国神話にでてくるあの大悪党アリババと同じ名前だよな……マジで来たらどうするよ?アリババの亡霊とか」

「じゃあ盗賊アリババが本当に襲いにくるか賭けようぜ!」

「乗った、俺は来ない方に賭ける」

「俺だって来ない方に賭けるぞ……!」

「おい、ケインとへディーはどっちに賭けるよ?」


 前を歩いていた二人が立ち止まってシャムス達の方を向いた。隣にいるケインが肩を竦める。


「来ないでくれと願う、俺だって弟達と祝いたい」

「じゃあケインもこっち側だな。へディーは?」

「俺が"来る方"に賭けなければ、勝負にならないだろう」

「だよなぁ」


 ロドニー達が笑い合い、再び歩き出した。シャムスは少し遅れて彼らの後ろを歩く。


 "アリババ"は砂漠の国グルデシェール王国の建国神話では英雄だが、永遠の国ローズメドウ教国の建国神話では世界に災いを齎した”大悪党”だ。

 2つの国の建国神話は、似ているようで大きな違いがある。『女神教ローズメドウ神書』に記されているローズメドウの建国神話『女神の鍵と聖典』の内容はこうだ。

 

 【女神"薔薇の蕾"は父である魔神ジンから5つの運命の鍵を与えられた。

『黄金の鍵』『白銀の鍵』『鉄の鍵』『鉛の鍵』『青銅の鍵』である。

 これらの鍵は決して無くしてはならないと魔神に言われていたが、話を盗み聞きしていた大悪党アリババは、女神から運命の鍵を盗み出した。

 黄金の鍵は悲惨の鍵、白銀の鍵は病苦の鍵、

 鉄の鍵は栄光の鍵、鉛の鍵は知恵と幸福の鍵、

 青銅の鍵は死の鍵である。

 そうとも知らず、アリババが黄金の鍵を使うと世界に"悲惨"が溢れ出した。

 次に白銀の鍵を使うと世界に"病苦"が溢れ出した。

 次に鉄の鍵を使うと世界に数え切れないほどの宝の山が溢れ出した。

 欲に目が眩んだアリババが次に鉛の鍵を使うと、伝説都市イルムが現れた。さらに欲に目が眩んだアリババはイルムにある黄金の城から女神の聖典シャハナーダを奪った。聖典には世界の理と平和が記されている。やがて聖典を盗まれたイルムは崩れ去った。

 最後にアリババが青銅の鍵を使うと世界に死が溢れ、死からは逃げられずアリババも命を落とした。女神は聖典を取り戻すと、鍵によって齎された世界の理の均衡を守る為に、降り立った地に住む人々に祈りの場所を建てさせた。この地がローズメドウである】


 このように、アリババの印象は国によって正反対で、グルデシェールが英雄として伝えられているのに対し、ローズメドウでは大悪党として伝えられている。どちらが本当に正しいのかは、この世界の誰も知る由もないだろう。シャムスがバールードから教わった5大王国の話もどこまでが真実か判明していないのだ。

 両国はそれぞれにとって都合のいい内容しか残していない。そして両国の民は、自分たちの信じる内容こそが正しいと思い込み、戦争をしていた。それだけが紛れもない事実だ。

 

 

「なんかさー……、減ったよな」

「何が?腹か?」

「違ぇよ」


 巡回中のロドニーが周囲を見渡しながらぼやいた。中心街から逸れたこの地区は薄暗く、治安維持の関係上必ず警備の巡回路に入れられる場所だ。

 

「ほら、この地区ってさぁ……前までは、居たじゃん。その……」

「奴隷?」

「そうそう……」


 王都のあちこちで働かされていたグルデシェール人の姿がすっかり消えていた。奴隷が国際法で禁止されているのはローズメドウ人もよく知っている。しかしこれまで彼らにとってその存在はあまりに当たり前で、奴隷商人が連れてきた労働力として、戦時中から至る所で目にしていた。戦争で負けた国の民族が奴隷として働かされているのは不自然でない、という認識が今でも消えていない。

 ロドニーは、近くの店で働く青果店の店主に尋ねた。

 

「なあ、おじさん。ここにいた奴隷達ってみんなどこ行ったんだ?」

「アァ?!……なんだ兵士さん達か。どこの奴隷達もいつの間にかみんな消えちまったんだよ……!いくら探しても王都のどこにもいねえって話だ。ったく、働き手が急にいなくなって困ってるんだ」

 

 ロドニー達は、顔を見合わせるがそれ以上何も口にする事は無かった。シャムスだけは、ひっそりと胸を撫で下ろしていた。


 巡回任務を別の班と交代するため、兵舎に戻ってきたシャムス達は運悪くあの男に遭遇した。

 

「おい!能無しの平民共」

「ゲッ……」


 ダライに呼び止められて、マーカスが露骨に嫌そうな声を出した。

 足音を立てて騎士団総本部の廊下からずかずかと歩いてきたダライは新兵達が着る鎧ではなく、近衛騎士隊が着る装飾の施され、マントがついた鎧を身につけている。

 勤務交代の間を縫ってわざわざ、シャムス達に見せびらかしに来たのだ。既に内定を貰っているダライは、他の新兵達とは違い、緊急時の人員配備のために城の警備を任されている。

 シャムスが近衛騎士隊からの推薦を断った事でダライは念願の近衛騎士隊に配属される事が決まった。ちなみにダライ本人は、シャムスが推薦を断ったのではなく身分が低いために近衛騎士隊に入れなかったのだと勘違いしている。貴族としての面子が保たれ、父親に見限られる事が無くなったダライは大層嬉しかったようで、快くダライを迎えた清廉騎士ペンブルトン卿に気に入られたと思い込み、それを新兵達に自慢している。こうしてシャムスに砕かれた自尊心を取り戻そうとしている。

 

「そんな見窄らしい鎧で巡回か?まぁ、俺はお前とは違うからな。平民がどんなに足掻こうが、最後は俺が勝つんだ」

「そうか、それは良かったな」

 

 得意気になるダライに対して、シャムスは適当に冷めた目で受け流した。二人は同い年であるが、シャムスがダライと同じ土俵に立とうとしないので、いちいちダライの逆鱗に触れるのである。

 マーカスは慌ててへディーに耳打ちした。

 

「へディー、こういう時はすごい!とか、羨ましい!とか言ってやるんだよ……それで全部丸くおさまるんだから……」


 近衛騎士隊の配属が決まってから、シャムスと差がついたと思い込んだダライは威張り散らすだけで無害になった。暴力沙汰を起こせば内定が取り消される可能性があるとヴァルター教官に釘を刺されているおかげだ。このまま余計な波風が立たぬようダライの機嫌を取ることを新兵達は徹底している。

 

「……ッ!いいか、俺はお前達平民には一生入ることのできない場所の重要な警備を任されたんだ!教王様の部屋の前を!あの精鋭騎士隊が護衛する!光栄にも俺は他の騎士を差し置いて同じ階層に配備されてるんだ!!だから俺は特別なんだ!」

「それって、ダライの事が信用できねえから隊長様がわざわざ目の届くところに配備したってだけじゃねぇの?」


 ロドニーが、またもや思ったことを率直に発言してしまった。


「あんだと?!?」

「おいロドニー……!」


 絶望して頭を抱えるマーカス。案の定激昂したダライからロドニーを守るようにケインが立ち塞がった。

 

「ダライ、そういう話は人前であまりしない方がいいんじゃないのか」


 警備に纏わる情報は騎士団内でも機密事項になるのは基本だ。ケインの指摘にダライはハッとなったが、すぐに鼻を鳴らした。


「お前達如きに言ったところでどうにかなるものかよ。俺が出世して隊長になったら、お前達平民を死ぬまでこき使ってやるッ!」

 

 ダライは鎧の音を立てながら、マントを翻して去っていった。

 

「あんな短気なやつを近衛騎士として面倒見るなんて、ペンブルトン隊長様は本当にすげー人だな」


 ケインの背中に隠れていたロドニーの言葉に一同は頷いた。

 

 

 生贄の日の初日は騎士団も警戒し、市民も不安が拭いきれないまま祭りを祝っていたが、二日目にもなると不安が薄れていったのか、より盛況を見せた。

 最終日になっても街は平和そのものであり"盗賊アリババ"の予告状はただの道化であったと既に笑い話にされ始めていた。やがて夜になると、祭りの飾り付けや店は徐々に撤収されていき、新兵達の巡回警備も全て別の部隊に引き継がれた。


 シャムスが兵舎の食堂で休んでいると、ロドニーとマーカスが陽気に肩を組みながらやってきた。

 

「やあやあやあ、へディー。忘れてないか?」

「何がだ」

「初日に賭けただろ〜?結局大盗賊アリババは来なかったから俺たちの勝・ち・だ」


 ロドニーがシャムスの前に手のひらを差し出した。

 

「まだ今日が終わるまで1刻と少し残ってるぞ」

「あと1刻で来るわけねぇだろ!ほら出した出した!」

「おっ、ケイン!いいところに!へディーにたかれるチャンスだぞ」

 

 マーカスが食堂に入ってきたばかりのケインを呼んだ。


「俺は別にいらないぞ」

「何言ってんだケイン!こいつは絶対に出世するんだからよぉ、貰える時に貰っておくんだよッ」

「……仕方のない奴らだな」


 シャムスがそれぞれにチップを渡していると、一人の兵士が慌てて駆け込んできた。


「おい!教官室の方から煙が出てるぞッ」

「火事か?何だ?」

「なあ、ケインあれ……」


 騒ぎを聞いた他の兵士達が立ち上がるが、いちはやく異変に気づいたマーカスが青ざめた顔でケインの肩を叩いた。

 食堂の厨房からも一気に白煙が立ち込め始め、あっという間に部屋の中を包んでいくのだ。白煙は視界を遮るほど溢れ、近くにいたはずのロドニー達はすぐに互いの姿を見失った。


「ゲホッ!なんだこれ……っ早く外に……」

「ロドニー!マーカス……!へディー!」


 ケインが手探りで探すが、煙を吸い込んだロドニーやマーカス、他の兵士たちも次々と倒れていく。シャムスもその場に倒れた。やがて仲間を連れて逃げようとしていたケインも煙にやられて意識を失った。


 食堂の中が静まり返った事が分かると、シャムスは薄目を開けて起き上がる。この騒動を起こした原因は"盗賊アリババ"だ。

 

 兵舎の施設内にとめどなく噴出している煙は催眠毒だ。実際には無色透明の催眠毒の煙と、目眩し用の白煙と二種類の煙を仕込んでいる。催眠毒は一定の時間になるまで目覚めないようにできているが、人体に悪影響はない。ただ、眠っている間は騒音や攻撃に気づかないほど深く眠りに落ちてしまう。

 シャムスは、催眠毒の効果を打ち消す毒を予め体に馴染ませてあるので活動に支障はない。これから限られた時間の中で、計画を遂行する。

 

 先ほど渡したチップでは詫びにもならないな、とロドニーやマーカス、ケインの寝顔を見てシャムスは目を伏せた。

 


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大盗賊アリババと女神の聖典 黄丹風来 @oniiro

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