第22話 奴隷売買の秘密
休暇の日、へディーとしての変装を解いたシャムスは騎士団からの給金を持って王都の外へ出た。街道から逸れると景色は草原から山岳地帯へ変わっていく。
シャムスが騎士団に入隊してから暫く経ち、季節は冬になっていた。雪がしんしんと降り積もり、吐く息は白い。
人気のない雑木林へ着くと、
『ご主人様』
「アブヤド」
胸元が白い毛に覆われた神鷹アブヤドは、指輪の所有者とだけ会話が可能な特別な従魔である。
魔宝具『神鷹アブヤド』はシャムスが持つ他の魔宝具と同様に、盗賊狩りの時の戦利品だ。アブヤドと主従契約を結ぶには、3度の知恵比べと3度の狩猟比べに勝たなければならない。知恵比べと狩猟比べのうち、どちらか1つでも敗北した者は、二度とアブヤドの主人になることができない。元々これを所持していた盗賊達は皆、アブヤドを従える事ができなかったので、持て余されていた魔宝具だ。
シャムスは、アブヤドを空からの偵察や祖父への手紙の配達を任せるのに使っていた。神鷹アブヤドや、神馬サビク、ラヒクのように神獣を従えるような等級の高い魔宝具は所有者に大きな負担がかかる。だから魔宝具は、個人が同時に所有できる数に限りがある。厳密には、精神力や、魔力といったいずれかのステータスを消耗し続けるので、所有者の実力に相応した数しか持つことができない。例え所持していたとしても扱えなければ宝の持ち腐れという事である。
今のシャムスの場合、同時に所持できる魔宝具は合計5つまでだ。
アブヤドは空中で旋回してからシャムスの腕に留まった。給金袋を渡すと、アブヤドは鉤爪で器用に握る。
「ここから北東にあるコーズリー村の人に渡してくれ」
『承知しました』
神鷹は雪空に羽ばたいて行った。
騎士団からの給金は"ジュリアンを知る者"という適当な名前を添えて全て村へ寄付することにしたのだ。シャムスは、騎士団の給金に手をつけるつもりがなかった。
アブヤドを見送った後、雑木林の奥の方からシャムスを呼ぶ声がした。
「シャムス〜、こっちだ」
斥候役のカフルだ。シャムスはブドゥールから知らせを受けてこの場所に来たのだ。二人はそれぞれ自分の馬に乗り、カフルの案内でローズメドウの北西部へと向かった。途中からは登山をする事になり、およそ1日がかりで目的地に到着した。
山の中の野営地にいたのは、タリーフとブドゥール、黄金の砂の臣下二人だ。そして今しがた戻ってきたカフルとシャムスを合わせて6人である。
「来たか、我が剣よ」
「王子」
厚着をして厚手のマントを羽織ったタリーフがシャムスを出迎えた。砂漠の国から来たタリーフ達にとってこの国の山岳地帯は身に沁みるほど寒い。
「む、少し背が伸びたか?まあ良い。貴様を呼んだのはまずい状況になったからなのだ」
ブドゥール達をその場に残し、タリーフはシャムスを連れて山を登った。
「貴様にも見ておいて欲しいものがある。着いてこい」
少し登った先で、木立に紛れながら山の麓を覗いた。そこには山間部の村があり、幾つもの鍛治
「この村は、騎士団の武器や防具を生産する工場だ。あの人工の穴から採れた魔石を鎧や武器と一緒に加工するのだ。だからこの場所にある。村の本来の入り口はあそこだ。そこから奴隷達が運び込まれる」
タリーフが指で示した方向にはあぜ道が見える。そこから視線を移動させ、村の工場全体を見渡した。距離が離れているので肉眼では見えづらいが、確かに各所で武具を生産している。時折、金属音が山の中で反響して聞こえてくる。その中で、シャムスは特徴的な鎧を見つけて驚いた。
「……!あれは、重騎士隊の鎧か。なぜだ……、隣国から輸入しているから貴重だと、重騎士隊の副隊長が説明していたぞ」
「……ならば、ここで生産されているという事実を知らされていないだけだろう。知っているのはごく一部の者だけに違いない。ここは秘匿された武具生産工場なのだ」
シャムスは嫌な予感がした。タリーフは普段よりずっと重々しい口調で、その表情はシャムスがこれまで見た事がないほど険しく歪められている。
「余が最も頭を抱えている問題は、あの人工的に作られた大穴の中にある地下工場の事だ。これからそこへ行く」
タリーフとシャムスは人工大穴の近くにある山の方へ向かった。歩いているうちに日が暮れて夜になり、山々は墨に浸したように闇に飲まれた。村の工場が消灯しても、人工大穴の中だけは溶岩の明るい光が煌々と漏れている。
人工大穴の近くの山へ着いた二人は、山の地下に向かって掘られた急拵えの穴の中に入った。タリーフは魔術で手のひらに火の玉を灯して、足元を照らしながら迷わず進んでいく。
「カフルのスキルで掘って貰ったのだ。すごいだろう、地下を通じてあの大穴の一部と繋がっている」
盗賊には[地下掘削]のスキルが存在する。スキルレベルを上げ続ければどんな場所でも効率よく掘れるようになるというスキルだが、シャムスは脱獄以外での用途を見出していなかったので、殆どレベルをあげていない。このような使い方ができるのかと感心した。
暫く進むと、樽や資材が置かれた倉庫のような空間に出た。出てきた横穴にはタリーフが許可した人間以外は通れないように魔術障壁が貼られている。二人は隠れながら、人工大穴を囲うように螺旋状に彫られた通路に向かった。工場の労働者や見張りは殆ど見当たらない。通路から下を覗き込むと底には溶岩が流れていた。
「こっちだ」
通路を下に降りていくと溶岩の熱気でどんどん気温が上がる。タリーフに続いて通路の横道に入ると、突き当たって開けた下の空間を覗き込んだ。採石場と天然の地下洞窟が合わさったような大きな部屋の中央には、溶岩の池がある。大穴の底の溶岩を少しずつ移動させて溜めているのだ。
溶岩の池をぐるりと囲うようにして、魔術らしき文字が地面に刻まれている。部屋の中にはいくつもの牢屋があり、その中には奴隷にされたグルデシェール人達がいる。それ以外にもローズメドウ人も何人か混じっているが、腕に犯罪者の刻印がされている。
「あの者達が、魔石を採掘させられているのか」
「……違う。あの者達が魔石になるのだ」
「……!」
嫌な予感が的中し、シャムスは怒りで震えた。タリーフはシャムスの肩に手を置いてから、この部屋の状況を説明する。池には一箇所だけ小さな穴が空いており、そこから出てきた溶岩を適度な大きさに固める鋳型のようなものが置いてある。
「あの溶岩の池に生きたまま人を落とすと、人の生命力と溶岩の石が混じり合い、人工的な魔石が生まれる。完成した魔石を村の工場で武具として加工するのだ」
「人工の魔石だと、」
「あそこに刻まれた術は、おそらく魔術と呪術の間に近いようなものだ。いつからここで生産しているかは分からぬが、刻まれた術の精度が低い……おそらく、外部から齎された技術なのだろう。……あまり言いたくはないが、この術を読み解く限り、術式を変えれば生み出せる魔石の純度を調整できるようになっている。だが、彼らはそれを行っていない。知らないのだ。もし知っていれば、純度の高い人工魔石を生み出しもっと多くのことに転用しているはずだ」
不純物が多く混ざるほど、魔石の力が落ちる反面、扱いやすくなる。使い捨ての武具を補強できるくらいの純度になるように調整されているのだ。タリーフ曰く、魔術士が用いる魔術式は、古代神話語の文字とは異なる言語体系を用いる。だから、魔術式は魔術士にのみ解読できる。
「この施設を破壊して、捕らわれている者達を助け出さないのか」
「……破壊したとして、根本的な解決にはならぬぞ。無論、民達は必ず助け出すつもりだが、今すぐにとはゆかぬ。山の中という立地と、この気温ではこれだけの民を一度に救い出すのは難しいのだ。……春まで、待たねばならぬ」
この技術がどこから齎され、どれだけこの国に広まっているか、他にも同じ施設がどれだけあるのか不明なままだ。
それに、タリーフの言う通り冬は救出の難易度が格段に上がる。十分な環境が整っていない状態で助け出そうとして敵襲に遭えば、想定外の被害が出ることもある。
「今は余達がボアズケレーの農場を押さえているため、奴隷が新たに供給される事はない。だからこの工場は次の命令がくるまで一時的に生産を止めている。今いる奴隷の使い道を吟味している最中なのだろう……春までは、動かぬさ」
タリーフは、シャムスの腕を引いた。
「シャムス、戻ろう」
腕を引かれながら、シャムスは牢屋の中に閉じ込められているグルデシェール人を見た。年寄りから子供まで、病人もいれば怪我人もいるだろう。ここにいる全員を、シャムスは一度に背負えない。悔しさで唇を噛んだ。
弱いままでは救える命の数が限られている。牢屋の鍵を開けただけでは、本当の意味で救ったとは言えない。マタルがシャムスに伝えた現実は、厳しくのしかかる。
「余達は彼らを見捨てたのではない、これから救うための準備を確実に進めるのだ。国を取り戻し、人工魔石の罪を世界に知らしめ、この技術そのものを完全に無くさなければならぬ」
二人は重い足取りで来た道を戻った。先頭を歩くタリーフは前を見据えている。シャムスもその背中に続く。
外へ出てから、ブドゥール達が待っている野営地へ戻る途中にタリーフが言った。
「あの村にいる職人達は、朝起きたら当たり前のように工房に届いた魔石を使って武具を生産していた。職人には、魔石が何で出来ているのか秘匿されているのだろうが、定期的に運び込まれる奴隷が乗った荷馬車を見て勘付かない者はおらぬだろう……工場に入ったきり誰も出て来ぬのだから」
気づいたとしても、ここで働く以上は秘密を守らなければいつ殺されてもおかしくない。職人達の中にはグルデシェール人も多くいる。生産職の啓示を持った奴隷は魔石にされず、ここで働いている。
祖国の仲間達の命を溶かした石を使い、敵の命を守る防具を作らされているのだ。
「……あまりに卑劣だ」
「そうだ。……どんなに過酷な労働でも、食べ物と寝る場所が与えられている奴隷はまだマシだ。だがあの施設だけは、余とて到底許す事ができぬ」
雪深い山道を進むタリーフが軽く手を振ると、雪が溶けて新たな道が生まれた。火の魔術で通り道の雪を溶かしたのだ。
「先日、貴様が誘き寄せてくれたアンリカイン男爵の動向を探り続け、漸くこの場所を知る事ができた」
アンリカイン男爵は警戒心が強く、なかなか尻尾を出さなかったが、男爵の悩みの種である三兄弟の末子ダライが起こした問題でようやく顔を出した。シャムスの模擬試合での行動は、徹底的に煽れというタリーフの指示である。
「存在が明確になっているボアズケレー伯爵はともかく、未だ謎なのがツァルバリー男爵という存在だ。いくら調べても確かな情報が出て来ぬ、……どうやらこの国の貴族ではないらしい」
「……どうするのだ」
「残念ながら、余達の力のみで突き止めるのは限界があるということだ。この国の自浄作用とやらに賭けてみるしかあるまい……」
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