第21話 計画的な見学
アンリカイン男爵との一件があってから数日後、シャムスは教官室に呼ばれた。何かにつけて度々教官に呼ばれる新兵は今の所シャムスだけである。
ダライとの確執や総帥の前で虚偽の告発をして謹慎処分になった新兵の事は既に噂になっており、ダライは比較的に大人しくなったが、時々不満が爆発すると人ではなく物に当たるようになった。父親に失望された今は、問題を起こしても頼れなくなっているからだ。
訓練場の木人を叩きのめす姿は以前の通り凶暴そのものだが、怪我人が出なくなっただけマシといったところだろう。
シャムスが教官室に入ると、ヴァルター教官が後ろ手に紙を持ちながら暖炉の前を歩き回っていた。彼が敬礼をしたのに気づくと、教官は早速3枚の紙を手渡した。
「へディー、お前に今後の所属部隊に関する推薦状がある」
「はい」
「騎馬兵隊、重騎士隊、近衛騎士隊からだ。なかなか異例だぞ」
所属部隊は今後の出世に繋がる要だ。平民は兵士から騎士になり、さらに一定の武勲をあげた隊長、副隊長クラスまで昇格すると、騎士爵と土地が与えられる場合がある。平民がのぞめる最高地位だ。
「騎馬兵隊は私からの推薦だ。……必要ないかもしれないが、念のために用意しておいた」
体重が軽いシャムスは馬との相性が良い。それに魔宝具の神馬のおかげで乗馬の戦闘には慣れているので、悪くない配属先である。
「それとまさか、重騎士隊からも推薦があるとはな。……しかし……ふむ、」
教官はじろりとシャムスの体を見た後「なんでもない」と首を振った。
「そして最も重要なのが近衛騎士隊だ。先の訓練で一位を取ったものは伝統的に近衛騎士隊の推薦がもらえるのだ。腕の立つ者は優先して猊下の身をお守りする決まりだ。ただ……」
教官は自分のヒゲを撫でながら言葉を選んでいた。
「言わずもがな貴族の子息達が中心となっている部隊だ。平民の出にはなかなか厳しい環境である事は間違いないが、お前の実力を示すにはこの上ない機会だろう」
アンリカイン男爵とダライがああまでして欲しがっていた推薦状だ。出世をするには一番の近道に違いないのだが、シャムスには関係のない話だ。それに、正式に配属されるのは聖典を盗む計画の後の事なので、計画に利用する事もできない。シャムスはキッパリと断った。
「近衛騎士隊には興味がありません」
「……そう言うなへディー。例の一件があって気が引けるのも分かるが、無視をするのも良くない。本来、首席の者はここへ配属される決まりなのだ。総帥も理解してくださるだろう……」
シャムスは肯定せずに、少し間を置いてから尋ねた。
「教官、いくつかお尋ねしたい事があるのですが」
「何だ」
「グルデシェールに派遣されている部隊はどこの部隊なのでしょうか」
「確か今は第4〜6部隊が派遣されている。どうしてそんな事を聞く?」
「実は同郷で……昔お世話になった人がグルデシェールで任務をしていると聞きました。コーズリー村のジュリアンという騎士を教官はご存じですか?」
「ジュリアン……、もしかして、あの飲んだくれの風来坊か?」
飲んだくれの風来坊。確かに初めて会った時にも、騎士のくせに随分酒を飲んでいた。
「……おそらくそうだと」
「お前、あやつと同郷だったのか……!あのジュリアンという男は……!」
一体何を思い出したのか、教官は込み上げてくる怒りを抑えているようだった。
「啓示のおかげで腕が立つのをいい事に、隠れて酒を持ち込んで飲むわ、ふらりと消えてサボるわ、実にけしからん男だったぞッ」
「……」
シャムスの脳裏に、ジュリアンがヴァルター教官に叱責されている様子がありありと浮かんだ。ハメを外す騎士がいても黙認されがちだが、こうして騎士団に属してみると、ジュリアンの風変わりさがよくわかる。
「私が教官を務める10年前、ジュリアンは2年ほど所属部隊の部下だった。酒にだらしが無いが、情と人望に厚く、憎めない男だった。慕われているのは不思議では無い」
教官の怒りはおさまったようだ。
「お前の言いたい事はわかる。所属先に同郷のジュリアンがいれば心強いのかもしれんが、遠征中の部隊に入るのは、部隊の再編成が行われない限り不可能だ」
「そうですか」
所属部隊にかこつけて、グルデシェールへ堂々と帰れる機会を狙っていたが、この方法は使えない。シャムスが所属先で思い悩んでいると思ったのか、教官は提案した。
「へディー、隊長からの推薦状は無碍にできない。近衛騎士隊長に断りを入れておくのだ、立派なお方だから挨拶をしておいて損はない。加えて許可を出すから、推薦のある他の部隊にも見学を申し入れるのだ。それから決めても遅くはないだろう」
「ありがとうございます」
(親切な人だ。)
シャムスは素直にそう思った。もし本当にへディーとしての人生を歩めたのなら、この人に自分の活躍を見届けて欲しかっただろう。絶対に叶うはずのない微かな妄想をすぐに掻き消して推薦状を受け取り、敬礼をして部屋を後にした。
シャムスはヴァルター教官が勧めてくれた騎馬隊の見学が済んだ後、重騎士隊の兵舎に訪れた。騎士団本部から兵舎まで、施設内を堂々と歩きながら建物の構造を知れるのは有り難い機会である。
重騎士隊の士官室を訪ねると、1人の大男が目の前に飛び出してきた。バールードに引けを取らない大きな騎士だ。
「ようこそいらっしゃいました!私は重騎士隊副隊長のグレイリー・ブリストルです!」
遠くの野山にまで響き渡りそうなほど大きな声であった。のけぞっていたシャムスは姿勢を戻して敬礼する。
「推薦状をいただき、見学に参りました。新兵のへディーです」
「へディーくんですね!お待ちしておりましたッ」
少しの乱れもない敬礼、整えられた栗色の髪と凛々しい眉。いかにも騎士らしく真っ直ぐで、さっぱりとした印象のある男で、新兵を相手にしても見下すことなく朗らかだ。絵に描いたような好青年ぶりに、シャムスは少し気後れした。
「重騎士隊は魔物や魔法兵からの攻撃を引きつけ盾となり、味方を守る重装備部隊です。通常任務の際は5〜10名の分隊が他の歩兵部隊や騎馬部隊に同行する形で……」
ブリストル卿は重騎士隊の兵舎を周りながら丁寧に説明をした。一通り話を聞き、戻ってきたところで彼はひどく残念そうにシャムスに伝えた。
「本当は隊長にお会いして欲しかったのですが、あいにく隊長は今、魔物の討伐任務で不在でして。隊長は模擬試合の後から、どうしてもあなたとお話してみたいと前から仰っていましたよ」
もしこの場に重騎士隊長がいたら、熱意に負けて強引に入隊させられていたかもしれない。そう思うと、シャムスは命拾いをしたような感覚であった。
「重騎士隊には身長制限があると聞いたのですが……」
「そうなんです……ッ。他の部隊の鎧とは違い、魔法も弾く特別性の鎧のため、他国からの輸入品です。個人の体格に合わせた鎧を大量生産できないので、鎧の大きさに合わせて一定の体格基準を満たす方に入隊していただいています。しかし!」
ブリストル卿はぐっと拳を握ったあとに親指を立てた。
「へディーくんはまだ成長期でしょうから!なんとかなるかもしれませんッ」
(本当になんとかなると思っているのだろうか。)
「よく寝て、よく食べ、訓練に励み筋肉をつければ何とかなります!」
(思っていそうだ。)
良くしてくれたブリストル卿には申し訳なく思うが、シャムスはここに入隊するつもりはない。この部隊には体格や筋力、忍耐力が優れているケインが向いていそうなので、自室へ戻った折に伝えることにした。
シャムスはブリストル卿に礼をいって最後の目的地へ向かった。近衛騎士隊のある詰所は、ローズウッド城内の一階部分にある。
近衛騎士隊は教王の住まう城に常駐し、警備をする部隊である。近衛兵騎士隊の中にはさらに精鋭部隊があり、貴族の中でも最も優れた選りすぐりの12名の騎士が教王の側に控えている。
騎馬隊や重騎士隊とは違い、近衛兵部隊の詰所は随分と煌びやかだ。シャムスは詰所の入り口付近にいた騎士に声をかけた。
「推薦状をいただいたのでご挨拶に来ました。へディーといいます。隊長殿はおられますか」
推薦状を差し出すが、それをよく確認もせず、目の前の騎士はシャムスの姿を見るなり訝しそうに首を傾げた。その一挙一動が優雅で、ローズメドウの上位貴族の子息となれば容姿までも煌びやかだ。
「挨拶?へぇ、君はどこの家の者だい?」
「いえ、私は平民ですので」
「……?では、推薦状は何かの間違いでは無いかな?ここは君のような者が入れる部隊では無いよ」
「そうですか」
これが貴族社会における普通の反応だ。先ほどの重騎士隊のように、素直に受け入れられる方がおかしいのだ。隊長に取り次いでもらうどころか、相手にもされない事は明白なので、一礼してその場を後にしようとした。しかし、部屋の奥から呼び止められる。
「君、待つんだ」
背の高いホワイトブロンドの髪をした男が颯爽と現れた。
「オルランド卿、ちゃんと確認もせず門前払いをするのは無礼ではないかな。私が彼に推薦状を出したのだ。彼はあのヴァルター教官のお墨付きなのだぞ」
「ペンブルトン卿……」
諌められた事で手前にいた騎士、オルランド卿は気まずそうに顔を顰める。今し方現れた男、シルバス・ペンブルトン卿こそが近衛騎士隊長と精鋭騎士隊長を兼任している、現教王の甥子である。
オルランド卿は反論した。
「しかし、このように見るからに貧弱そうな者が訓練で一位をとるなどあり得ません。それに、猊下の身の安全の為にもここへ入隊できるのは身分が保証された貴族だけです」
「入隊規則に出自の制限はないぞ。それに騎士団は今も昔も実力主義だ。人は見かけによらないと言うだろう」
「ですが……ッ」
「出自が平民というだけで、一体何が不服なのだ。我々の日々の生活は彼らの労働のおかげで成り立っているのだ、そのように人を見下すのは卿の悪いところだぞ」
雲行きが怪しくなってきた。シャムスは入隊を断る挨拶をする為に来たのだが、ペンブルトン卿はシャムスを受け入れるつもりで庇っている。彼の清廉さは評判通りであった。
「非常に申し上げにくいのですが、先ほどオルランド卿からご指摘があった通り、未熟な私には分不相応だと判断し、入隊を辞退させていただきたくお願いに参った次第です」
シャムスは思いつく限りの丁寧な言葉を並べた。もしバールードから教わっていなければ、このような言い回しは到底できなかっただろう。
「平民の分際で、ペンブルトン卿の推薦を断ると言うのかい?」
名前を持ち出されたオルランド卿は眉根を寄せてシャムスを批判した。先ほどは追い払おうとしたばかりなのに言動が矛盾している。
ペンブルトン卿は少し困った表情を浮かべたが、機嫌を損ねる事なくシャムに優しく尋ねた。
「もし君が辞退すると言うのなら、一体誰が近衛騎士隊に入るというのだ?近衛騎士は実力が伴わなければ入れない名誉ある部隊なのだよ」
「私と実力が
「拮抗……?まさか、アンリカイン男爵のご子息を言っているのか?」
ペンブルトン卿とオルランド卿は顔を見合わせ、お互いに微妙な顔をした。貴族達の間で、アンリカイン男爵家がどのような評判であるのか、シャムスは興味がないが二人の反応を見逃さなかった。
「先日、アンリカイン男爵様が総帥に直訴なさったのです。ですから、私は推薦状をいただいても入隊できる立場にありません」
「なんと……」
ペンブルトン卿はシャムスの境遇を察して悲しそうな顔をした。先ほどまで批判的に見ていたオルランド卿さえも同情を浮かべている。
正直すぎる言い方をしてしまったが、回りくどい断り方をするより、事実を述べたシャムスの判断は効果覿面であった。二人の騎士はそれ以上引き留める事をしなかったので、深々と敬礼をした。
「貴重なお時間をいただき恐縮です。それでは失礼いたします」
回れ右をし、去っていくシャムスの背中に彼らの会話が聞こえてきた。
「アンリカイン家の次男とは貴族学校で同期でしたが、あれほど横柄な男は見たことがなかったですよ。奴の弟が入隊するくらいなら、貴卿の言う通りあの平民の方がまだマシです」
「オルランド卿、それ以上は……」
「分かっていますよ、あの家を敵に回していい事など1つもありませんからね」
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