恋のキッカケ探してます

青樹空良

恋のキッカケ探してます

 みんな、どうやって人を好きになるんだろう。

 あの先輩がかっこいいとか、クラスの男子が気になるとか、みんながよく話してる。

 私にはその気持ちがわからない。漫画で恋愛の話を読んで、いいなぁなんて思ったりはする。だけど、それって、お話の中だけのものだと思ってしまう。


「おっす、なに見てんの?」


 教室の自分の席からぼんやりと外を見ていたら声を掛けられた。顔を上げると、人なつっこそうな笑みを浮かべた男子が立っている。片山かたやまくんだ。

 高校に入学して、最初に隣の席になったせいで今でもよく話す。


「ちょっと考え事してて」

「ふぅん、壁でも見てるかと思った」

「は? なんで壁?」


 何を言っているんだ? と思って聞き返す。

 確かに隣の校舎の壁は見えていて、目に入るともなしに入ってはくるけれど、積極的に壁を見ていたわけじゃない。


「いや、ほら、登れるかな~とか思っちゃうじゃん?」

「思わないよ!」

「え~」


 不満そうな声を上げているあたり、片山くんは本気で登ろうと思っていたみたいだ。


「危ないから止めときなよ」


 我ながら的確なアドバイス。


「いやぁ、最近ボルダリング始めてさ、どこでも登りたくなっちゃうと言うか」


 あはは、と片山くんが笑う。

 ボルダリング、なんとなく聞いたことがある。

 そうだ、壁を登るやつ。

 テレビで芸人なんかがやっているのを見たことがある。


「ああいうの、ほんとにやってる人いるんだ……」


 身近でそんなことをしている人がいるなんて思わなかった。


「あ、何、その馬鹿にしたような言い方。楽しいんだぞ」

「へ、へ~」

「楽しいんだって、ボルダリング!」


 片山くんが大きな声を出す。

 おかげで、周りにいたクラスメイトが数人こちらを向いた。


「なになに? ボルダリング?」

「片山そんなのやってるんだ」

「え、私もやってみたい!」


 みんなが集まってくる。

 いつの間にか、今度の休みにみんなでボルダリングに行く話になっていた。


「本当に楽しいから!!」


 片山くんの熱意に負けて、私まで行くことになってしまった。




 ◇ ◇ ◇




 そして、当日。

目の前には、カラフルな取っ手のようなものがたくさんついている壁がある。あの石みたいな取っ手はホールドと言うらしい。

 すでに慣れているらしい片山くんは、すでに壁を登り始めている。こうして近くで見ているとなんだか簡単そうに見える。

 運動はそんなに得意じゃないけれど、これなら出来るんじゃないかと思えてくる。

 けれど、現実は簡単にはいかなかった。


「そこに石あるよ。もうちょっと右~」


 私にも出来ると思ってチャレンジしたのだが……。

 まずホールドにつかまっているだけで、精一杯。そして、次のホールドに手を伸ばそうとしても、どこにあるやらわからないのだ。

 ぶんぶんと手を振り回しているだけの情けない人になってしまっている。


「大丈夫、大丈夫。落ち着いて~。今、手に触ったよ」


 片山くんが声を掛けてくれているんだけれど、正直全然耳に入ってこない。もう、どこに手を伸ばしていいのかわからない。いつの間にか、手がクロスしている。

 どうしてこうなった?

 手、というか指を引っかけていられなくて落ちることを選択した。ぽてっと、後ろへ転がるように、落ちる。

 体を包み込んでくるマットが意外にも気持ちいい。天井が見える。落ちたのが低い場所からでよかった。上の方まで行ける気は全然しないし。


「大丈夫!?」


 片山くんの心配そうな声。

 私以外は結構うまく出来ているみたいだ。なんというか、私には体力もバランス感覚も無い。

 やっぱり、来なきゃよかったかな、なんてため息をつく。と、首筋に冷たい感触。


「ひゃ!」


 思わず声を上げる。後ろを向くと、スポーツドリンクを持った片山くんがいた。


「ほい」


 私に渡してくれる。


「ありがと」

「ごめんな」


 お礼を言ったのになぜか謝られる。


「何が?」

「つまらないかと思って」

「そんなことはないけども」


 ちゃんと見ていてくれたんだなと思う。


「慣れたら絶対楽しいから!」


 確かに片山くんみたいにすいすい登れたら楽しいだろう。


「俺も最初は全然出来なかったんだけど、続けてたら出来るようになってきてさ。むっちゃ楽しくなった」


 うわぁ、なんて楽しそうに笑うんだろう。

 渡されたスポーツドリンクを飲みながら、再び登り始めた片山くんを見る。さっきはなんとなく眺めていただけだったけれど、今は彼のすごさがわかる。

 私だったら絶対に掴めないな、というホールドを掴む。あんなところによく足が掛けられるなと、感心する。

一番上まで辿り着く。

 自分が登ったわけでもないのに、嬉しくて声を上げそうになる。

 それより一瞬前に、一緒に来たクラスメイトたちが声を上げた。

 するするとホールドを使い、少しだけ下に降りてきてから、ポンと飛び降りる。私みたいに無様に後ろにひっくり返ったりはしない。見事な着地だ。

 目が離せなかった。

 んん? と、自分の中で引っかかる。


「どうだった? どうだった?」


 片山くんが、私のところへ走ってきて問いかける。


「登れるようになると楽しそうだろ?」

「う、うん」


 不覚にもその通りだと思ってしまった。そして、キラキラした目に見つめられて、なんだか恥ずかしくなる。

 そうか、好きなことをしている男の子ってこんなに輝いているのか。

 あれ?

 人を好きになるなんてわからなかったはずだ。

 なのに、なのに。

 どうしたことか、さっきまでなんとも思っていなかった片山くんが、今はかっこよく見える。なんということだ。

 お話の中だけ、じゃなかった。現実にも、こういう気持ちはあったんだ。

 今まで、取っかかりがなかっただけ。

 私の中のホールドに、まだ何も引っかかっていなかっただけ。

 やっとわかった。

 この、何かを掴んだ感じ。

 気付いた途端に、片山くんを見るのが恥ずかしくなってくる。さっきまでなんともなかったのに。顔が熱い。

 彼は、私の視線なんか全然気にしないでクラスメイトの男子とハイタッチなんかしている。


「片山くん、今日は友達と来たんだ」


 その時だった。知らない女の人が片山くんに話し掛けた。ここのインストラクターの人だろうか。さっきカウンターにいるのを見た気がする。健康的な美人だ。


「大勢連れてきてくれて、ありがとうね!」

「あ、あのっ、いえ、みんなにもボルダリングの楽しさを知って欲しいな、なんて思って」


 目に見えて、片山くんの態度が違う。緊張しているみたいだ。顔も赤い。私と話しているときは全然そんなこと無いのに。

 片山くんを見ている私みたいというか……。


「嬉しいな、そんなこと言ってくれて。片山くんも上達したよね」

「あ、ありがとうございます!」

「あはは、楽しんでってね」


 明るく笑って、女性がぽんぽんと片山くんの肩を叩いた。そして、立ち去る。

 片山くんは、その後ろ姿をずっと見ていた。


「片山。お前、あの人か?」

「美人インストラクターがいるとか言ってたよな」


 男子たちが片山くんをからかうようにひそひそ声で話し掛けている。

 片山くんは真っ赤になって下を向いている。


「女目当てとか不純だな~」


 その言葉に片山くんは顔を上げた。


「最初は不純だったけど、今はボルダリングも好きだから!」


『も』


 その言葉だけで、理解するには充分で。さっきの態度にプラスして考えれば恋愛初心者の私でもわかる。

 私は、がっくりと肩を落とした。

 人を好きになるっていうのがどういうことか知った日と、失恋した日が同じなんて。

 初恋にして最短記録ってどうなんだ。

 だけど、と目の前の壁を仰ぐ。

 そこには、色とりどりのホールド。

 私は運動音痴で不器用で、ボルダリングでは次のホールドさえ簡単には掴めなかったけれど。

 きっとまた、恋にも次のきっかけがあるはずなんだ。

 もう、私はこの気持ちがお話の中だけでは無いと知ったのだから。

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恋のキッカケ探してます 青樹空良 @aoki-akira

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