第56話




「エルフィー先生、それはどういうことでしょうか?」


 それは純粋な疑問であった。

 シエル達は入学する数週間前にエルフィーから『もし受ける授業を自由に選べるとしたら、どの授業を受けたいか?』と授業の一覧を見せながら聞かれたことがあり――恐らく、その時から特待生クラスについて知っていたのだろう――、その時に選んだことがある。それも時間割付きで。

 ソロンも最初は訝しんだが、在庫の補充等でかなり忙しく、深く考える暇がなかった。

 ただし、それでも事前にどの授業が自分に合い、それが最も多いクラスはどこかを知るために、すべての授業とクラスについて調べていた――特待生クラスは過去に何回か存在していた程度で情報が少なすぎた――こともあり、シエルの予定を聞くだけで決定した。


「超絶過保護などっかの誰かさんは万が一の想定も考慮して授業を組むのよ。以前決めた授業とは変わらないのでしょう?ならば、そのままの方が良いと思うわ。・・・・・・私が用事を頼めるようにも調整してもらったから、変更しないでくれると嬉しいな?」


 ソロンがシエルに教えない理由は理解できたが、エルフィーとしては後半部分が重要らしい。

 その証拠にわざとらしく、シエルのことをチラチラと見ていた。


「変えるつもりはありませんよ。必修科目は勿論のこと。加えて皇族であれば帝王学や専門的・実践的な魔法学は外せませんし、魔導工学は自分の専属執事が行っている分野を知ることができる科目ですから。」

「そう、なら良かったわ。不器用などっかの誰かさん達と一緒に隠れて話し合った甲斐があるわね。」

「不器用な・・・・・・まぁ、誰とは明言していないだけマシなのでしょうが、本人に聞かれればえらい目に会いますよ。一部の者達以外に聞かれる場所では無関心、良くても冷たいように見える態度をとるから、そのような形容詞を付けるのは分からなくもないですが。」

「どういうこと?」


 エルフィーは、ホッとしたような態度をし、ソロンの時間割を自分の都合とシエルの都合を合わせるべくクライド皇帝と一緒に考えていた時のことを思い出す。

 ソロンは、誰とは言っていないが皇帝陛下への不敬とも捉えられるような『不器用』という発言に苦笑しながらも共感という形の同意を示す。

 それに対して、基本的にエルフィーが言った一部の者達以外の者がいない時しかクライド父親と会わないシエルは、稀にある父としてではなく皇帝としての話すクライドの態度は知っているが、それが無関心や冷たいとは結びつかず、『不器用などっかの誰かさん』が誰のことを指しているのか疑問符を浮かべている。

 三者三様の態度となった場を破ったのは、シエルがソロンに選択した授業を尋ねる少し前から人払いの魔術結界が張られていたのに、それを無視することができる2人の同級生であった。


「エルフィー先生!先生のことを学年主任の先生方と理事長先生が探していましたよ。」

「シエル第三皇女殿下。現在、クラス内で授業選択の用紙を回収しておられます。30分以内に持ってきていただければ、リアム魔導王太子殿下がまとめて提出してくださるとのことです。ついでにソロンも。」


 前者はメアリー、後者はアリアだった。

 メアリーは魔力の流れを見ることのできる『根元の魔眼』を持っているため、人払いの魔術の発動元であるソロンを辿れるし、人払いの魔術があったところで魔力を見れないわけではないので、エルフィー(の魔力)を見ることが可能である。

 アリアに関しては、そもそも偽装が付与されていた魔導具を使っていたため、今張っている簡易的な人払いの魔術は効かない。加えて、風の中級精霊の中でも上位にいる『名付け』された精霊と契約しているため、幻惑などの無意識・深層領域に作用する精神系に対する耐性が強い。

 そんな2人にとって、エルフィー、シエル、ソロンの3名を見つけることは容易であった。


「ならば、リアム魔導王太子殿下にこう伝えておいてください。『ソロンとシエル皇女殿下は、他の先生方が探しているというのに、私達相手に油を売って遊んでおられたエルフィー先生に手渡すので、私達のことは気にせずともよろしいです』と。」

「え〜、それは酷くない?」

「了解、ソロン。リアム様にはそう伝えておくわ。」

「・・・・・・あの〜、聞いてます、君たち?」


 ソロンはリアム魔導王太子に角が立たないような伝言をアリア達に頼んだ。

 その伝言の内容にエルフィーは抗議をしたが、メアリーやシエルがフォローするよりも先にアリアが同意をし、置き去りにされた感があるエルフィーはまたもや抗議をしたが、それが見えなかった・聞こえなかったとでも言うかのようにアリアが立ち去ってしまったので、メアリーは困惑しながらも追いかけるように、そして、シエルはそんな彼女らを苦笑しながらも見送った。


「では、エルフィー先生。この用紙をお願いしますね。」

「そういうことですので、私の分もよろしくお願いします。」


 シエルが仕方がないと思いながらも、笑顔で用紙を渡しに来たことが、エルフィーにとってさらなる追撃になった。

 ソロンは先程からにこやかな笑みを変えていない。


「やれやれ、まぁ、今の私は教師だから、これらは受け取らざるを得ないから良いけど・・・・・・。」

「加えて、あの年増エルフもといオーフェン理事長からの呼び出しですからね〜。何をやらかしたのやら?」

「・・・・・・まだ何もしていないんだけどな〜。」

「あれ〜、学園に運ばれる物資の検閲は誰の仕事でしたっけ〜?」

「あ、はい。すみません。」


 午前中に起きた神聖法皇国の法皇ローズからの寄贈品に関する不祥事。

 間違えれば他の国から来た生徒を殺しかけたこと。問題になった物は法皇ローズからの寄贈品であること。呼び出したのがソロンであること。

 様々な要因が重なったが故にこそ通用したローズへの責任追及。

 奇跡的に必要な条件が整ったからこそ、形だけのものとはいえ、その責任追及が他の国々からの非難を受けず、されたところで無視できるものであったのだ。

 この問題について、危険な物を学園に寄贈した法皇ローズ、寄贈品を詳しく検閲――鑑定しなかったエルフィー、知らなかったとはいえ、下手すれば他の生徒を殺すところだったソロンといった順に責任を負わされることになった。

 勿論、状況的に考えてソロンにはほとんど非はなく、それで怪我をした生徒に対して迅速かつ的確な治療を行っていたこともあり、賠償も罰則もない、注意だけという形だけのものでしかなかった。

 その代わり、他の2名は賠償金に加えて、3年間、法皇ローズはラメド魔法学園で講演を月に最低1回行うことが、宮廷魔法師筆頭のエルフィーは減給+仕事量増加が、それぞれ決定された。


「当然ですが、増えた仕事分に関しては手伝えませんからね?自分で何とかしてください。」

「分かっているわよ〜。」


 ソロンもこればかりは真面目に、やや同情的な態度と雰囲気であった。

 そして、そんなソロンの言葉に、エルフィーは悲しむような態度をしつつ、トホホと職員室へと向かっていった。






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皇女殿下の専属執事 山染兎(やまぞめうさぎ) @tsukahaya

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