光景 〜《眺望》の緑のクチナシより〜
憂杞
XX.光景[フィカーナ]
私には三分以内にやらなければならないことがあった。虚空につくり出した窓越しに対峙する黒の
彼が目を見開いてこっちを
最悪
*
私は物心ついた頃から不自由なく生きられた。なにせ生まれながらに緑のクチナシと呼ばれる
クチナシの異能者はそれぞれ異なる色が
この力と
生きるのに必要なものはだいたい
生き延びる為と思えば
なんて思いつつ十分な
だからこそただ
でも、そんな時だった。私が黒のクチナシを偶然見つけたのは。
人けもなく草木も生えない池の畔に
でも当時の私には疑いを挟む余地なんてなかった。初めて目にしたその少年は、自分で自分の右手を喰らってた。左手でみしみしと音が鳴るほど右腕を強く掴んで、人差し指の先から噛み切って、中指、親指、薬指、小指、そして手首までを骨ごと噛み砕いて、何度も池に吐いて、蹲りながら溢れ出す血も啜り続けてた。少年の声で呻きながら。両目からは涙を流しながら。
化け物だ、と
だから私は、また彼の方を観てしまった。だいたい十秒もしない間のことだったけれど、少年の喰われた筈の右手はきれいに元に戻ってた。その異常な再生速度も
「早く、行かなければ」
私が
そんな私の山ほどの疑問をよそに、その日の少年はただ街の様子を窺うながら建物の陰を歩いて、しばしば膝をつきながらも歩き続けて、それから結局のところ特に何もなく、また誰もいない池に立ち寄って呻きながら右手を食べるだけだった。
訳が分からない。何がしたいのか
きっとそういう
それが、もう数年も前のことだ。この数年間、私は少年がまともな睡眠や食事をとる
彼の睡眠といえば、たびたび不意に起きる十秒足らずの
食事はというと、最初に観たのとずっと同じだ。人のいない水辺で毎度計り知れない苦痛に悶えながら、そういう
それで、いつだったか見かねた私は気付かれないように、小窓から少年に向けて木の実を幾つか転がしたことがあった。程なくして少年はすぐ傍に落ちた木の実に気付いて、拾うまではよかった。拾う前にわざわざ池の水で手をすすいだのもまあ分かる。でも、その先が理解できなかった。
少年は木の実を一つも口にしようとせず、珍しく明確な
信じられないものを見た、としか言いようがない。黒の少年はそれから子供が木の実を拾うかも見届けず、足早に来た道を戻った。それからはいつも通りに、知らない場所の陰だけ歩いて様子を窺って、結局何もなくまた水辺に行き着いて泣きながら右手を喰らった。
一つだけ私が分かったことは、黒の少年は
『俺がこうしている間にも、どこかで何人もの人が死んでいる』
『早く探せ。俺が救うべき命を』
『俺の在る意義を、死なない意味を……』
私の勝手な
もがき続ける少年を
だから、いつか私も与え返したいと思った。君に最もふさわしい
*
そして、つい先日のこと。君は
手で触れてる相手と自身との心を伝え合う《伝心》の力を応用して、
私は分かってるよ? 君は
だから私の《眺望》の異能で、
残された時間はもう一分もない。監視用に辺りに
君達の
右手首の花印を見せれば、君は目を見開いて私の
そして、どうしても伝えたかったことも言ってしまった。君と出会ったせいで私は壊れるほどに傷付いて、それでも今までで一番幸せでいられたことも。
ありがとう、少年。私を壊してくれて。
ぴしゃりと音が聞こえたのを最期に、私の視界は黒に染まった。
光景 〜《眺望》の緑のクチナシより〜 憂杞 @MgAiYK
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます