第4話 登竜門④

 手元の時計には少し血がついている。自分の血か最後に散った仲間の血か、はたまた……


「おい、天……冷えるぞ……」


 おれと天は仕事せんそうの帰りにマフィアの首領と出会った彼の駅の正面にある牛丼チェーンに足を運んでいた。2人用のテーブルに席をついた。


 10分前に提供されたものだが天は一向に手を付けようとしなかった。


 それどころか……


「あの、槓子さん……ちょっとトイレ行ってきてもいいですか?」


少年はおどおどした様子で槓子に尋ねた。これで三回目である。


「だめだ、空嗚咽からえずなどしてもなんにもならん」


おれは冷たく、天を突き放すふりをした。もちろんこれは本心ではなかったが、天の今後を考えるとこうするしかなかった。


 いくら公の組織でもやっていることは暴力組織となんら変わりはない。おれはなんども組織改革を清十郎に懇願していたが聞き入られることはなかった。

おれの拳には少しだけ力が入っている。


「天……最後お前を殺そうとしたやつは……」


 おれは言葉を濁した。その言葉はきっと彼のトラウマを再燃してしまうだろう。どこまで行っても黒い仕事だ。戦場では友と飲みあかした酒よりもずっと苦い。


 コートから一本の煙草を抜いた。店内は禁煙だったがそんなことはどうでもいい、どうせ俺は人殺しだ。


 店員は遠くから俺たちを見るだけだろう。


 ラッキーストライク……女っぽい煙草だと馬鹿にされたことが何度かあったが独  特の甘い風味が育て親の顔を想起させていた。


 はぁ……なんでおれこんなことしてるんだろ……いっそこいつと……


「槓子さんはさ、なんでこの仕事やってんの?」


「なんで……か……なんでだろうな……」


 誰からも必要とされない仕事だ。おれたちがいなくても困る人はいないけど、おれたちがいることで困る人もいる。理由なんていらないんだ。


「おれはさ、決めたよ槓子さん」


「ん?」


 天は1人で喋り始めた。おれのことを置いてった清十郎あいつのように……


「おれはみんなを助けられるような人になりたい。おれはみんなを助けるんだ。ここも元々公安の組織なんだろ?」


 そうだ、その通りだ。だが今は見る影もない、清十郎が悪いわけではない。おれが来た時にはもうこんな状態だった。先先代がこの組織を作ったときには関東カントーの正義を司っていたらしいが、そんな時代は終わっている。


「おれはさ、人殺しは嫌だよ」


 何かを決意した少年の目は俺の心を突き刺した。


「ああ、おれも嫌だ。でもどうするんだ?お前にはそれを実行する力はないぞ。それにその時は……」


その時にはおれがこいつを……


「力ならあるさ」


登竜門……竜の力を宿したこいつの真言マントラ……


 だがこいつはそれをまだ操ることは出来ていない。


 こいつの力は精神がぶっ壊れた時がトリガーだ。元から操れる能力じゃない。だが、清十郎はそれを操作する能力を持っている。


「そうか……」


「うん……」


 一瞬の静寂がこの空間を包み込む。こいつが何を考えてるかは分からない、だがおれの望む組織ランズのためにはこいつが必須らしい。


「じゃあ、おれはお前を……」


 いや言うのはやめておこう、これはおれがおれに課す試練だ。こいつにその重荷を背負わすわけにはいかない。


 おれは養老 天をこの組織の王にする。そう心のうちにとどめるだけでいいじゃないか。



 この街には7つの組織とそれに付随する8つの伝説がある。この伝説を語れるのは俺だけだ。


 一匹の竜と7人の聖人の伝説


 一匹の竜はこの町に現れ、周辺を焼き尽くした。


 1人は周辺に豊穣の水を起こし、その怒りを鎮め


 1人はその旋律で知恵を起こし、その怒りを鎮め


 1人はその怒りで闘気を起こし、その怒りを鎮め


 1人はその優しさで幸福を起こし、その怒りを鎮め


 1人は団扇で風を起こし、その怒りを鎮め


 1人はその笑顔で宝物を起こし、その怒りを鎮め


 1人はその小槌で大地を起こし、その怒りを鎮め、それを封じた。


 時に1人は師を殺し、時に長となった。


 時に皆は道を違え、分裂した。


 1つの組織から3つの組織へ、そして3つの組織から7つの組織へ七福神はそうして生まれた。


 だからこそ争った。


 






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福福福福福福福神 1a @1a2ce1

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