とある雨の日


…ザアザア

…ビュウビュウ

…ゴロゴロ…


「雨であるなぁ…」


激しく降る雨を安全な屋内から眺めながらそう呟く。

ここのところ快晴続きだったこともあり、急な雨はどうしても気が滅入ってしまう。


「空が…泣いているな…」


バチバチと窓に当たる雨はまるで空が泣き声を…


「ポエミーですね部長」

「なっふ!!!!」


気が付くと景君が部室に入ってきていたようで、私の恥ずかしい独り言を聞かれてしまった。


「い、いやいや!今のは違うのだよ!ほら!雨がね!ね!」

「大丈夫ですよ分かってますから」

「分かってるって何がだい!?」

「部長がそういう人間だって事です」

「ち…千影君まで…」


更に後ろから千影君も現れる。


「それを分かったうえで慕われてるんだからいいじゃないですか」

「ですがあまり人前ではしないほうがいいかと」


コポコポとお茶を淹れながら千影君にチクリと言われる。

先程のジメジメとした寂しい空気から、いつもの居心地の良い空気に変わるのが分かる。


「今日は雨のせいもあり少々肌寒いですから、温かいお茶と…お茶請けはこちらです」


千影君が珍しく少々勿体ぶって出したお茶請けは…


「今川焼きではないか」

「大判焼きですね」

「ふふふ…そうです、回転焼きです」


三者三様にその物体の名を呼ぶも、どれも一致しなかった。


「ふむ、そういえば千影君の地元は大阪、景君は九州、私が東京、ちょうど呼び方が分かれる地域だね」

「はい、関東では今川焼き、関西では大判焼き、大阪では回転焼きと呼ばれる事が多い傾向にあるようです」

「へーそうなんですねー」

「今はクリームやチーズなんかが入った物も多くあるそうですが、今日はスタンダードに粒あんの物を用意させてもらいました」

「うむ、美味い!千影君の見る目に間違いはない!」

「うん、あんこも甘すぎずでいいですねー」

「よかった」


出されたお菓子に舌鼓を打ちながら、話題はやはりこの部ならではの物になっていく。


「地域差のある都市伝説とかってあるんですかね?」

「んーむネーミングなんかが地域によって違うというのは結構あるはずだがね」

「あー、ジェットババアとかですか?」

「そうそう、ジェットババア、ターボババア、100キロババアなんていうのもあるそうだね」


ジェットババア、全国的に有名な都市伝説のうちの1つである。

深夜の高速道路を走っていると、急に辺りから車の気配が消える瞬間がある。

不思議に思っていると後方から謎の笑い声が聞こえてくるのだ。

その笑い声はどんどんこちらに近付いてきて…そしてついには真横にまで迫る。

恐る恐る横に視線をやるとそこには…車と同じ速度で走る生身の老婆がいたのだ!


「というやつだね」

「それ最後はどうなるんですか?」

「これも色々と説があるね、ただそのまま笑いながら抜き去られただとか、抜かされると首を刈られるだとか…」

「差がありすぎですね…」

「それも地域差なんかがあるだろうね、こうだったらより怖い!より強い!というのが話に肉付けされて行くケースも多くあるだろう」

「へー」

「実際にある地域では口裂け女も時速100kmの速度で追いかけてくると言われているからね」

「とんでもないですね…」

「被害者でもあるはずの我々が、敵である都市伝説をより強固な物にしているというのは…なんとも皮肉な話であるね」


コトリ、と千影君がお茶のおかわりを淹れてくれる。


「ただそれも時代背景によるものが大きかったかもしれないね」

「時代背景ですか…」

「都市伝説の流行った昭和という時代、情報化社会と呼ばれるには程遠いあの時代だからこそと言ったところだね…あの当時はまだテレビとラジオくらいしか情報元と呼ばれる物がなかったし、そのテレビやラジオも面白さ重視で嘘か本当か分からないバラエティショーをよく流していたからねぇ…」

「オカルト番組なんかもそうですね」

「そう、だから人は信じたのだよ、オカルトを、恐怖を!故に爆発的に広がったのだ、話に尾ひれをつけながら全国的にね」

「なるほど…」

「だが今ではああいった物も「嘘をつくな!」だとか「怖いからやめろ!」なんて苦情の声でどんどん無くなっているね」

「今はどんな情報でも携帯の操作1つで手に入りますから…」

「全く寂しい話だね」


ズズとお茶を一口。


「もし今『てけてけ』の話が出ても一笑に付されて終わりだろうね」

「てけてけですか」

「うむ、これも口裂け女同様に有名な都市伝説だね」


場所は北国、冬のとてつもなく寒い日にそれは起こった。

ある女生徒が電車に轢かれてしまうという痛ましい事故が起こってしまう。

その女生徒は上半身と下半身を両断されてしまうも、あまりの寒さにより傷口が凍ってしまい、なかなか絶命できず…痛みと苦しみで全てを呪いながら死んでいった…

以降、その場所には下半身のない彼女の霊が現れるようになり…

通り掛かった人間を肘だけで這いずって追いかけてくるのだ!

追いつかれた人間は勿論、彼女の元に連れて行かれる…だがこの話はこれで終わりではない…

この話を聞いた人間の元にも彼女が現れるのだ…それも3日以内に。

彼女を追い払うには呪文を唱えるしか無い…


「これがてけてけの概要だね」

「ほー」

「きっと今この話が発信されても「それくらいの寒さで人間の血管は出血しなくなるほど凍りつかない」とか「そもそも電車に轢かれて綺麗に両断されない」とか言われておしまいだろうね」

「なんか…それも確かに寂しいですね」

「だろう?」

「何も考えず全部を信じろ!とは言いませんが…」

「なんというか…『決して必要では無いが大事な物』をなくしてしまったように感じるのだよ」

「ポエミーですね」

「なっふ!!!」

「景君それ以上言うと、空ではなく部長が泣いてしまいます」

「千影君まで!!」


ザアザアと雨は降り続いている。


「それに…全てを嘘と切り捨てていたら…俺の話も信じて貰えなかったですし」

「くねくねとも遭遇しませんでしたね」

「…であるな!」


なんとなく部室にあるくねくねの卵に視線を移す。

それはコトリと揺れたような気がした。

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都市伝説けんきゅうかい!! 腹ペコ @evernever

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