クリスマスにケーキを万引きしようとする話
ガビ
クリスマスにケーキを万引きしようとした話
初めて万引きしたのは、小学3年生のクリスマスだった。
幸せな日を過ごせるはずのその日、家から追い出された私は、街を彷徨っていた。
昼間に見慣れているはずの街は、深夜帯では全く違った。
こんな寒い中、出歩いている人達は、自分みたいに家から閉め出された同志達なのだと、私は勝手に親近感を覚えた。
弛んだ面をした同年代のガキも、それを甘やかす親もいない、ストレスフリーな世界は私を夢中にさせた。
だから、一種の興奮状態だったのだと思う。
その日、私はコンビニでチロルチョコを万引きした。
理由を説明するのは難しい。
ただ、やれそうだからやった。
小学3年生といえど、万引きが立派な犯罪であることも、親や学校にバレた時のリスクも分かっていながらもやってしまった。
近くの公園のベンチで、私は絶望していた。
(やってしまった。きっとすぐに警察がきて、牢屋に何十年もぶち込まれるんだ。やっと外に出てこれても、犯罪歴はあっても学は無いオバさんなんか、雇ってくれるところなんかあるはずない。昨日読んだ『闇金ウシジマくん』みたいな悲惨な目にあって、最後は道端で野垂れ死ぬんだ)
と、一晩中妄想していたが、お巡りさんは現れなかった。
9歳の私は、世の中の正義が思っていたよりも万能ではないことを学んだ。
それから、毎年クリスマスは甘いものを万引きする日になった。
お饅頭・クリームパン・エクレア・シュークリームときて、14歳の今年はついにケーキに挑戦する。
幸せの象徴である、ホールのショートケーキを万引きする。
大きいは目立つはで、全く万引きに向かないこの商品をターゲットにしたのは、世間に迷惑をかけたかったからだ。
クリスマスに笑顔でケーキを食べる家族を、1組でも減らしたい。
我ながら、酷い八つ当たりだとは思う。
でも、少しでも社会的に抵抗する真似事をしなければ、生きていけないという強迫観念によって、私は今年も罪を犯す。
\
万引きの経験がある人間は、普段の買い物でも万引きがしやすい店か否かを考えてしまう。
駅前のコンビニはダメだ。無駄に店員さんが多く、どのスペースにも店員さんがいる。
やっぱり、万引きするなら図書館の近くにあるコンビニだ。
深夜帯はお爺さんとギャルの店員さんしかしないあの店は、接客そっちのけで大学や彼氏の話をしているギャルにお爺さんが穏やかな表情で相槌を打っているという、ユルい空気が流れている。
リアルなお爺ちゃんと孫なんじゃないかとも思ったが、お互いを名字にさんづけで呼んでいるので他人っぽい。
「白井さん、聞いて聞いて!昨日彼氏の誕生日だったから、メッチャ頑張って準備したんだけど、あの人自分の誕生日忘れてたの!ヤバいよね!?」
「ハッハ。女性と違って男性はイベントに疎いですからね」
「つっても、自分の誕生日だよ!?私の誕生日は覚えてくれたのに自分のは忘れるとか!可愛すぎるよ!」
「優しい方なんですね」
「うん!」
昨日ってことは、ギャルの彼氏さんは12月23日生まれか。
おそらく、クリスマスと一緒に祝われていたのだろう。クリスマスという特大イベントのついでに歳をとるという感覚だから、自分が主役に据えられた経験が少ないのだろう。
しかし、クリスマスイブ当日に、こうしてバイトしているギャルは、クリスマスよりも彼氏の誕生日に価値を感じた。
(いいなぁ)
そんな、余計なことを考えていたから、ケーキを大きいカバンに入れる手が滑ったんだ。
盛大にホールのケーキが床に叩きつけられる。
ビビった私は、その場ですっ転んでしまった。
穏やかな会話をしていた2人の店員の視線が、私に集まる。
あーあ。
終わった。
お母さんを呼ばれたら、いよいよ暴力を振られる。
やっぱり、世の中悪いことするとバチが当たるんだ。
「お客様!大丈夫ですか!?」
「怪我ない!?」
しかし、万引きしようとした上に、商品を台無しにした私にかけられた言葉は、優しい言葉だった。
アワアワした様子で怪我を確認するギャルと、キビキビとした動きで事務室から絆創膏を持ってきてくれるお爺さん。
やめてほしい。
こんな私に、優しくしないでほしい。
普段、溜め込んでいたものが溢れ出してしまうから。
「うわぁアァァァあぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
14歳にもなって、赤子のように泣いてしまった。
\
私が落ち着くまで、ギャルさんは背中をトントンしてくれていた。
一定のリズムで感じる人の温もりのおかげで、段々冷静さを取り戻すことができた。
マシになった頭で考える。
おそらく、この2人は私が万引きしようとしていたことに気づいていない。このまま、情緒不安定な女子中学生として乗り切ることは可能だ。
でも、それはあまりにもダサい。
私なんかを心配してくれたこの2人には、正面から向き合うべきだ。
その結果、優しいこの人達に嫌われることになっても、自分の罪を告白する。それが最低限の礼儀だ。
「あ、あの‥‥‥」
情けないことに、声が震えている。
「ん?ゆっくりでいいからね」
ギャルさんが穏やかに言う。
「わ、私、実はま、万引きしようとしてまして‥‥‥。もう3回くらいやってて‥‥‥。警察呼んで下さい」
「‥‥‥」
沈黙が痛い。
罪を裁くという、大きな負担を強いてしまって申し訳ない。優しい彼女にはキツイだろう。
「もうやらない?」
「‥‥‥はい」
「じゃあ、いいよ」
何の根拠もない、空っぽな約束。
しかし、この約束を破った時、私は本当のクズになると思うと、とんでもない効果があった。
万引きを繰り返した時、私はギャルさんの信用を裏切ったことになる。自分だけが汚れるならまだしも、私なんかを信じてくれたギャルさんの判断が間違っていたことにはしたくない。
「ケーキ、まだ食べれそうですよ」
事務所に引っ込んでいたお爺さんが、グチャグチャになったケーキを持ってきてそう言った。
プラスチックの蓋が仕事をしたらしく、形は崩れていたが、確かに食べられないことはない。
しかし、商品として機能しないことは変わらない。
弁償したいが金がない。
金がないと誠意を見せることもできない。
早く、自分で稼げるようになりたい。
「お!じゃあウチらで食べちゃう?」
ギャルさんが嬉しそうにしている。
「はい、そうしましょう。私がお代を払いますので、お嬢さんも如何ですか?」
お嬢さん。
ギャルさんのことは名前で呼んでいた。そうなると、この場にいる女は私しかいない。
「そ、そんな!申し訳ないです!」
「大丈夫大丈夫!このお爺さんね、若者にお腹いっぱい食べさせるのが大好きだから!」
何故かギャルさんが答える。
「はい。一緒に食べましょう」
ここまで言われたら、断るのは逆に失礼にあたる。
「は、はい。お言葉に甘えさせて頂きます」
会ったばかりのコンビニ店員達とケーキを食べるという非日常に困惑と緊張。そして少しの高揚を感じた。
\
「さむっ」
さすがに事務所に部外者を入れるのは問題だったようで12月の極寒の中、店内から出て駐車場の片隅に身を寄せ合う年齢層がバラバラの3人。
ド深夜のクリスマスは、人気が少ない。
賑やかさを象徴するカップルは、暖かい部屋で愛を育んでいる時間帯だ。そんな中、私達は凍えながらケーキを食べる。
小さいホールケーキなので、3人分には丁度いい量だ。お爺さんが切ってくれたケーキを口に運ぶ。
「‥‥‥美味しい」
生クリームをこんなに贅沢に食べれるなんて、人生で初めてかもしれない。
暴力的なまでの甘味を噛み締める。
「この歳になると、この甘さにはビックリしますねぇ」
「白井さん、全部食べられそう?」
ケーキを食べて苦笑いを浮かべるお爺さんに白井さんが気遣いの言葉をかける。
「大丈夫です。やっぱりクリスマスはこの味ですよね」
「だよね!ウチら女の子は甘けりゃ甘いほど美味しく感じるから、もし食べきれなかったら言ってね!」
私と肩を組むギャルさん。
「あ、あ、はい」
分かりやすく狼狽える自分が情けない。私も、いつかこういう魅力的な女性になれるかな。
私はほぼ喋れなかったけど、お爺さんとギャルさんの会話は聞いていて楽しかったし、私の存在を忘れていないことが伝わるように笑いかけてくれるので居心地が良かった。
もうすぐ、ケーキを食べ終わる。
この優しい人達と一緒にいられるのも、これで終わりなんだ。
そう思ったら、また涙腺が緩んできた。
ダメだ。もう情けない顔はたくさん見せた。少しはマシな表情を見せたい。
そう思っているのに、ポジティブな顔が作れないでいる私に、ギャルさんは言う。
「あのね、もう1人くらい夜勤募集してるんだって」
夜勤。
その2文字に、まだ働いたことがない私には大人な印象を感じた。
「全然募集ないんだって。もしかしたら、1年ちょいくらい経っても新人さんこないかも」
1年ちょいという数字に、ギャルさんが言いたいことが分かった。
現在14歳の私がバイトできる年齢である。
「そうですね。夜勤の女性は相田さんしかいないから、歳の近い女性がいたら助かりますね」
お爺さんも追随してくれる。
「あ、はい。そうなんですね」
そう答えて、2人に改めてお礼を言ってコンビニを後にした。
万引きをしなくて済んだけど、依然として家には帰りたくないし、学校に友達がいない事実も変わらない。
でも、16歳になったらあの人達と働ける可能性があれば、こんな人生も頑張れそうな気がする。
\
「ありがとうございましたー」
高校生が夜勤に入ることはNGらしいのだが、このコンビニの店長はテキトーな性格で、人出が足りないという理由で、夜勤で働くことを許してくれている。
バレたら店長の首が飛ぶけど、その時はその時だ。
労働という荒波に飛び込んだ私は、店長と同じようなテキトーな人間になっていた。
「美優ちゃん、レジ変わるよー」
品出しが終わったカヤさんが言う。
あのクリスマスに出会った時よりギャルメイクは薄くなっている。
少しずつ大人に近づいているカヤさんは、元の良さを引き立てるメイク術を覚えていた。たまに、酔っ払った男性のお客さんにナンパされているが、そのいなしかたも上手い。
私の目標の女性だ。
その整った顔に見惚れそうになっていると、来客を伝える音が響き渡り、反射的に声が出る。
「いらっしゃいませー‥‥‥なんだ、白井さんか」
入ってきたのは、お爺さんこと白井さんだった。
この人は、全く変わっていない。
もう65は超えていそうだけど、仕事の手際は私よりもよっぽど良い。
そんな白井さんだが、今日は休みのはずだ。
「これ、みんなで食べましょう」
手にぶら下げているレジ袋から出してきたのは、あの日も食べたケーキだった。
「わー!白井さんありがとー!3人で食べようか!」
私と白井さんが静かだから、カヤさんみたいに明るい雰囲気にしてくれるのが、すごくありがたい。
もう、私はこのコンビニに店員の1人だが、私達の足は自然と駐車場に向かう。
今でも、私にとってのご馳走はケーキだ。
いつ、どこで食べても美味しいが、寒い中でこのメンバーで食べるケーキの味は中々超えられない。
でも、もしかしたら今日更新できるかもしれない期待を感じながら、2人の後に続いた。
クリスマスにケーキを万引きしようとする話 ガビ @adatitosimamura
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