第16話 冬日と暁

 紅葉は朽ちていき、随分と寒くなった気がする。

 僕は変わらず宝と同居生活を続けて、新しい年を迎えた。

 正月が過ぎていったと思えば、もう来月になるらしい。

 忙しさにめまいがする.......と本当に言いたいのは宝の方だろう。


「才、そろそろ家でないと予約の時間に遅れる!」


 宝に世話を焼いてもらっているのも変わらずだ。

 これは徐々に変えていかないとと思いつつ、病院の送迎をお願いしている。


「今回も薬の量減らしてもらえたね! えらい、すごい!」

「だから大袈裟なんだって」


 最近は以前よりも体調がいい。

 病院に通いながら心身の健康を整えている。

 担当の医師からは「もうしばらくすれば仕事に復帰できるかもしれない」とも言われた。

 少しずつではあるが、全てがいい方向に向かっている。


 病院で診察を終えて、薬局で処方箋の薬をもらう。

 その帰りに、スーパーで食材を選んでうちに帰る。

 病院へ行く日の、僕と宝のルーティンだ。


「やっと帰ってこれたー」


 僕は玄関で倒れこそしないものの、ふかふかのソファに飛び込んだ。

 テーブルに食材が詰まったエコバッグを置いた宝が僕を見下ろす。

 

「今から鍋の支度するけど、手伝ってくれる人はいないかな」


 僕はソファから起き上がって、キッチンに食材を運んだ。

 それを見た宝も、残りの食材を持ってキッチンに移動してくる。

 僕は米を炊く準備、宝は鍋の準備。

 冬の夕食は鍋が多くなるから、自然と役割分担が決まっていた。


「ごはんの準備してくれたらソファで休んでてもいいよ」

「大丈夫。鍋の準備手伝うよ」


 宝は食材を切っている。

 その間に、僕は食器を二人分リビングに持っていく。

 そうやって、ちょっとでも自立心を促していかないと。

 僕はずっと宝に頼ったままで生きていかないといけなくなる。


 ポン酢やごまだれを冷蔵庫から取ってきて、それらもテーブルに並べる。

 宝が食材を詰め終えた鍋を持ってきて、これで鍋の準備は整った。

 さすがに寒くなったから、リビングは冬仕様だ。

 テーブルは炬燵になっていて、中に入るとそれだけで落ち着く。


「あ、そうだ」


 宝が思い出したかのような反応を示した。

 僕はどうしたのかと怪訝けげんな顔をしてしまう。


「賞の選考結果。そういえば、今日が発表じゃなかったっけ」


 そういえば、そうだったかもしれない。

 小説を書き終えた後は燃え尽きていて、結果のことなんてどうでもよくなってしまっていた。

 前の件を思い出しそうになるが、今の自分にとってはさほど気にならないことだ。

 今回もし落ちていたとしても、それはそれで吞み込める。


「どうする?」


 宝なりの気遣いなのかもしれなかったが、今の僕には不要だ。

 僕は「また一緒に見よう」と答えて、スマホの検索画面を開いた。


「まあ俺も、そこまで気にしてないよ」

「どうだかな」


 本当に発表日は今日だったらしい。

 選考結果はすでに出ているようで、僕はためらうこともなくリンクをタップした。


「.......」

「.......どうだった?」


 僕はサイト画面を宝に見せた。

 宝の顔は、驚きに染まっていたがだんだん喜びへと変わっていく。

 その変化を見ていくうちに、僕の口角が上がるのも自分でわかった。


「賞金で何食べに行く?」

「王道なのは焼肉か寿司じゃない?」

「どっちもいいなー。旅行で美味しいもの巡りもありかも」


 炬燵の上で鍋がぐつぐつと煮えていく音がする。

 鍋の季節が終われば春が来るだろう。その頃になれば、何が美味しいんだろうか。

 賞金の使い道から食べ物に話題が変わった僕らは、「春の美味しいもの」について語り合った。

 

 もうそろそろ鍋が煮える頃だ。

 僕が鍋の蓋を開けると、白菜のくずが蓋の裏にへばりついている。

 菜箸でくずを取ってやり、自分の取り皿に入れてから二人分の鍋をよそった。

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【完結済み】宝物と屑 空峯千代 @niconico_chiyo1125

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