第5話 キミの知らない戦争
日本の海深くでは様々な国の潜水艦がパレードをしている。
戦後しばらくは特に酷かったようだ。海自の潜水艦へ対する戦闘能力が向上するに従って、徐々に『普通の国』の海へと戻っていった。
けれど、昭和も終わりかけという時代にあってもなお、かの国の原子力潜水艦は日本の海を自分たちの庭と考えていたようだ。
──
潜水艦への監視任務を行う護衛艦は四六時中この号令が艦内に木霊する。
国際法では潜水艦は海中へ潜没したまま他国の領海内を通航してはならない決まりになっている。だが、そんな約束事は『守らなければ意味がない』のだ。
そして、この当時存在した強大な共産国家ソ連は、約束を守らない代表格でもあった。
自衛艦隊の第2護衛隊群に所属する最新鋭護衛艦「やまゆき」と「まつゆき」は潜没したまま日本の港湾へ接近を試みるソ連の原子力潜水艦を追尾していた──近年になってようやく耳にする『海上警備行動』という警察力を伴う強力な命令は、この当時の官邸からは一度も発令されなかった。
政治的配慮というやつだ。
海自はそんな手枷足枷の状態で、ただ『敵』を追う。
補給艦『はまな』の機械室は位置的に海中になる。
そこで死にかけの海水ポンプに詰まったクラゲを排除していた飯沼茂雄は奇妙な音を聞いた。
ピコーン、ピコーン、ピコーン……
「なんですか、この音」
一緒に作業をしていた海士長の先輩は手を止めることなく、当たり前に答えた。
「パッシブ・ソナーだよ」
「……そなー?」
──やまゆきが近接する、総員洋上給油用意ッ!
星が降るような夜空のした、甲板が傾いた。
足の速い潮流が護衛艦の急接近に波を荒らし狂ったように補給艦の船体を揺らす。
梶田浩二は船酔いには強かったが、濡れた甲板のうえで足元に力を入れて立たねばならない状況は恐ろしかった。
すぐ目の前は地獄へのダイビングスポットだ。
真っ暗ななか、不気味に波音だけが響いている。
「護衛艦やまゆき、まもなく近接する」
「了解」
機関士は短く呟くと、傍で待機する電機員へ命令した。
敬礼とともに甲板に設置された補給装置が野良犬のうなり声をあげて動き始める。灯火管制が解除されると甲板上にいくつもの照明が炊かれた。
視界が明るくなる。
精鋭1分隊の隊員が戦闘服装で艦上を駆けはじめた。
やがて夜の闇を破って護衛艦は現れた。
「!」
梶田浩二は思わず空を見上げる。
それを気にした機関士は「どうした」と問いかけた。
「飛行機の音がします。きーんっ、ていうジェット機の音」
機関士が一瞬目を丸くして、そして腹を抱えて笑った。
「なんですか!」
「いや、その音は……ほら、その護衛艦のエンジン音だよ」
護衛艦やまゆきの発する音はディーゼルとは違った。
「ガスタービンだ」
「がすたーびん?」
「ジェットエンジンのことだ。最近の護衛艦はジェットエンジンの推進力でスクリューを回して進む。イギリスが開発したテクノロジーだ」
他にも耳をすますと、潜水艦映画で聞いような音もした。
「パッシブ・ソナーだろ。原子力潜水艦が、どこに潜んでいるか音をぶつけて探す。また、こいつは音響兵器としても転用出来る。潜水艦の外壁へガンガンぶつけてやると、むこうのソナーマンの耳が使い物にならなくなる。結果、潜水艦は撤退するしかなくなる」
さすが京大のインテリだ。話が分かり易い。
というか、「なにそれ、うちのフネと全然違うじゃん」梶田浩二はこの日、次は護衛艦に乗るぞと心に誓った。
やまゆきに続いて、まつゆきが給油に訪れる。
梶田浩二が立ちっぱなしの苦痛にも慣れ始め。眠気が襲い始めた頃、空は薄く明るみ始めていた。だが、しかし──
「まもなく本艦上空をソ連の爆撃機が通過する。全乗員は警戒せよッ!」
無電池電話から眠気を吹き飛ばす緊迫した声。
機関士へ「なんかソ連の爆撃機が爆撃に来るとかいってんですけどどーなるんすか」と喚いた。
「落ち着け、なんだ、どういう意味か」
その問いに答えるより前に、補給艦はまなの上空へ旅客機ほどの大きなプロペラ機が悠然と飛んできた。
「ひっ!?」
そこへ稲光のごとく登場したのは、
「航空自衛隊のファントムだっ!」
誰かが叫んだ。
爆撃機の両翼に一機づつ、さらに後方から追いかけてきた一機。
計3機のFー4ファントム戦闘機がソ連の爆撃機を追い払う。
甲板上は拍手喝采だ。
隣の機関士がぽつり、呟いた。
「航空自衛隊ってかっこいいなぁ」
梶田浩二は聞かなかった事にしてあげた。
戦線復帰した護衛艦の後ろを、再びもそもそついて行く『はまな』だったが不思議なことに2艦は走ることをやめ停泊していた。
梶田浩二は水平線近くにいる巨大な軍艦に気づく。
「なんか、デカいのいますね」
「ソ連のミサイル巡洋艦だな。これ以上、追いかけるなという警告だ」
そこへ突如、日本勢と巡洋艦の間に大きな軍艦が割って入った。星条旗がはためいている。世界最強にして最大の軍事大国さまの仲裁である。
どうやら「ゲームオーバーだ」機関士が少し悔しそうに呟いた。
その後の話……
梶田浩二は『はまな』に別れを告げ、新たな部隊へ赴任した。
「おっしゃあ、気合い入れていくぞ!」
蛮カラを地で行くような隊司令の命令一下、6隻の小型掃海艇が洋上へ繰り出す。
これから行うのは『不発弾処理』だ。
前の大戦で遺棄された
「おかしい。俺は護衛艦でハイテクの極みを堪能しているはずなのに」
地響きをたてるVツインのディーゼルがガンガン吠える機械室で梶田浩二は運命を呪っていた。
……紙面も尽きたようで、この話はまたの機会に。
完
【自衛隊小説】蒼海の誓い【実話】 猫海士ゲル @debianman
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