序章:育児の際はほんの少しでも目を離すと、とんでもない目に合うという一つの例・下
今から一〇年以上前の話。僕には異世界に召喚された経験がある。
クラスメイト全員もれなくご招待! みたいな団体様御用達系召喚魔法に巻き込まれた形で、僕は異世界に招かれたのだ。
割とブラック環境な王国に呼び出されたクラスメイト一同に対し、国の代表である王様は世界の敵である魔王の討伐を僕たちに依頼した。対価は望むものを――という話だったで、クラスの誰かが「元の世界に返してくれ」という至極当然の要求をしたのだが、ここで理不尽案件待ったなしのご返答。
「――申し訳ないが、元の世界に帰る方法はない」
この返答によって、僕の中でこいつら絶対ヤバい奴らだ認定が下ったのである。
さて。そうなれば何をするべきかというと、僕は一緒に召喚された親友と相談し、元の世界に帰る方法を独自で探すしかないという結論に至った。
さてこの異世界。なんでも召喚された者は、召喚されると同時にギフトなるものを手に入れ、そのギフトに由来する様々なスキルを習得できたのだ。
我が親友はまあお見事、戦闘職の花形〈勇者〉の持ち主だったのに対し、僕の手に入れたギフトは〈開拓者〉なる、一見戦いにはなんの役にも立たないものだったのも幸いし、僕は親友と仲違いして出奔する――という体を装って元の世界に帰る方法を探すことになったのだ。
親友がクラスメイトたちと共に魔王討伐に奮闘する裏で、僕は一人こそこそ旅をして元の世界に帰還する方法を探したのである。ちなみに、ラノベやゲームでよくある美少女とパーティを組んで仲良く――なんて展開はなかった。臨時でパーティを組んだとしても、もっぱいらむさ苦しいけどベテランなオッサンたちばかりだったので、僕の冒険譚は本にしてもまったく売れないのは間違いないから割愛する。
まあ、そんなこんなの紆余曲折を経て、僕らは元の世界に帰還することに成功した。今も活躍するスキルっていうのは、この頃頑張った所謂昔とった杵柄――というやつである。
あのくそったれ王様を筆頭に王国の騎士さまたちに冷笑されたギフト〈開拓者〉は、レベルカンストまで育てた結果便利なスキルを多数習得したので、今もこうして役に立っているわけなのだが……因果というのはめぐるものらしく。
そんな異世界に召喚され、無事帰還を果たした僕の息子である綴くんは、なんとまあ生まれながらあるギフトを持っていた。
〈異世界の
これがなかなかのとんでもギフトだった。
このギフト、持ち主である我が子、
そしてこのギフトが与えるスキル効果により、送喚された世界の最も脅威度の高い相手を上回るステータスを獲得する――という、最早ギフトの能力だけではなく、与えられるスキルもバグってんのかと言っても過言ではないレベルの理不尽仕様。
しかもこの〈異世界の救世主〉の効果、一回とかじゃなく結構な頻度で異世界に呼び出されるんだよ。
それこそログインボーナスみたいな気軽さで。この日は当たり。この日は外れ――みたいに。
多くの異世界を渡り歩いて救い続ける、救世主と言うか巡礼者のような、そんな存在を生み出すが如きこのギフト。
ギフトがどのような方式で与えられるのかは知らないけど、こんな理不尽ギフトを赤子に与えるんじゃないと一言物申したい。
うちのかわいい息子になんて
本人はいまいちピンときてないようだけど、どう考えたって年齢一桁の幼子が持っていいギフトではない。
少なくとも、自分の子供に与えられて喜べるものでは断じてない部類だ。
「いやホント、ギフトなんていらないって」
言っちゃあなんだけど、これは本当に、心の底から本気でそう思う。
だというのに。
「ぱ~ぱっ!」
にぱっと笑ってと僕に手を振っている息子の、なんと愛くるしいこと。これがひっくり返ったドラゴンさんの腹の上でなければなお良かったなぁとしみじみ思う。
ちなみにあの後のドラゴンが迎えた結末は無残の一言。あらゆる攻撃は息子の
その後はもう、右に左にびったんびったんされて何度も何度も地面に容赦なく叩きつけられ、ボール遊びさながらに地面を延々と転がされ続けて「ぎゃぎゃーん!!?」と泣き喚いていた。
ドラゴンって涙流すんだぁとか場違いな感想を抱きながら、僕は我が子がドラゴンさんとの遊ぶに飽きのを待ちぼうけするだけだった。
最後には必死の抵抗でなんかすごい威力のありそうな魔法を発動しようとしていたっぽいのだが、息子の所有する自動防御スキルっぽいのが発動したのか、これまたなんかすごそうな光に呑み込まれると、聞いてるこっちが可哀そうになるような悲鳴を上げて大地にひっくり返って動かなくなってしまったのだ。
綴はぴくりともしなくなったドラゴンの肌を何度も手で叩いたが、反応がないのを見ると「うぅぅ~……」と獣が威嚇でもしてるのかな? って疑っちゃうような呻き声を漏らすと、ドラゴンの鱗肌を器用に昇っていき、そのお腹の上に辿り着いて満足したらしい。
にっこにこで手を振って来る我が子に「すごいね~」って苦笑いしながら手を振る僕は、さて間もなく我が身に降り掛かるであろう災難に頭を悩ませていた。
だってこれ。
この光景。
しっかりと、あの素晴らしい仕事をしてくれるにっくき飛行機能付き自動追跡撮影端末さんがばっちり写真に収めているのだ。
つまり、これがどういう結末を迎えるかと言うと。
――ピリリリリリリ。ピリリリリリリ。
はい。来ました。僕のスマホが鳴っています。通話着信を知らせる無慈悲なアラートが僕を呼んでいる。
スマホの画面にはママの二文字。
これって気づかないふりしちゃダメかなぁ。
ダメだよなぁ。
僕は「はぁ……」と溜息を吐いて、通話ボタンを押した。
『――あ、パパ。出るのが遅いよ』
「ごめんなさいママ」
開口一番に謝っておく。兎に角僕は反省しています、という態度で臨む。これで状況を打破できるとは到底思えないけど、なにもしないよりはきっと良いはずだ。
『綴くん、すごくない? 写真見たんだけどほら。このドラゴンを振り回しているときのこの子の顔。すっごい笑顔! なにこれすごい! かわいい! 天使みたいにキュートでやばいね! 見て見て! 職場のデスクトップの画像にしちゃったの!』
そんな僕の心配を余所に、スマホのビデオ通話状態の画面向こうにいる妻は普段であればかなり聡明な部類の人種であるはずが、まるで何処に語彙力を忘れ去ってしまったのではないだろうかと言うくらいの勢いで話し出す。
そしてカメラで彼女の職場のデスクの上に並んだ三面デスクの画面をめいいっぱい使った我が子の雄姿がデカデカと設定されていた。
「いいなぁ。僕も帰ったらそれに変更しよ」
『そうしようよ! というかそうして!』
通話画面の向こうで喜々として両手を振る様子は息子に通じるものがあった。かわいらしさは母子同じらしいなぁなんて思ったのは、僕の油断だろう。
『――まあ、それはそれとしてだよ。ねぇパパさんや』
さっきまでと変わらない笑顔のはずなのに、通話画面の向こうからもヒシヒシと感じる
『今月、これで綴くんが異世界に行くの三回目だよねー。いやまあね、そのこと自体を攻めるつもりは全然ないんだよ。綴くんのギフトの性質上、仕方がないことだっているのはわかっているんだよ。
転移してから間を置かずにさ、我が子を追いかけてくれていることも重々承知しているんだよ。
でもさ。我が子を心配して追いかけて来たのに、追いついた後はドラゴンと戦っているのを観戦してるのは……どうなの?』
ねえ? と首を傾げる奥様。笑顔が怖いです。
「いやほら。綴のギフトを考えるとね。エンカウント前なら意地でも連れ戻すけどね。もう始まってしまったなら、いっそ終わらせてしまったほうがいいかなぁって思ったんだよ。それに僕が割って入ったらさ、僕もドラゴンと一緒にぶっとばされるんじゃないかなーって……」
『そこはもうちょっと強気になって欲しいんだけど。我が子の窮地だよ? もっと身体を貼って「僕が守る!」くらいの気概を持ってほしいね。それに綴くんにパンチされるなんてパパ冥利に尽きない?』
うーん、ごもっとも。って納得してしまいそうになる。我が子と戯れるのはいつだってウェルカムだよ。
でも僕、ドラゴンほど頑丈じゃないので、そういう我が子とのスキンシップはできれば僕の安全も保障される元の世界でがいいです。
『ギフトが齎す恩恵は計り知れないけど、その子はまだ小さいの。綴くんの普段の生活はパパが頼りなんだからね』
「判ってる。ママができるだけ心配しないで済むよう、頑張るよ」
『ホントだよ。写真がアップされるたびに、楽しみな気持ち半分、今日は大丈夫かなって不安半分なんだから。できるだけ健全なお写真をお願いします』
ぷりぷりと頬を膨らませるママに、僕は苦笑いしながら未だにドラゴンさんの上でびょんびょんジャンプしている息子を振り返る。
「……あれは不健全ですか?」
『綴くんの元気な様子は健全だけど、それ以外は全部アウト!』
「ですよねー」
まったく僕もそう思う。あれが公園の遊具とかだったら、なんら気を揉むこともないのになぁ。
『たぶん心配無用だと思うけど、気をつけて帰るように。私は今日も帰れそうにないから……』
頑張っても週末に休みがあるかないかの過労な環境で働くママだった。
役割分担は適材適所なのだとしても本当に申し訳なく思う。
それなのに数少ない休みを我が子のごはんづくりに費やしてくれるのだから、育児くらいしっかりやらないと駄目ですね。うん。
「うん、気をつけて帰るよ。ママも……まあ、倒れない程度に頑張って」
『私が倒れたらそれこそ世界の危機だと思ってくれていいから、その時は私の代わりに頑張ってね、パパ』
「もう世界の危機とか関わりたくないんだけど?」
『愛する奥さんを助けてくれるって信じてるよ』
「そりゃ助けますけどさぁ」
『知ってる』
僕の言葉に、にこりと微笑む奥様は、『じゃあね』と短い別れの言葉と共に通話を終えた。
通話終了と表示されたスマホを暫し見下ろし、ちょっと名残惜しい気持ちになりながらスマホをしまった。
そして今もまだドラゴンさんと遊んでいる息子を振り返――ったらあらビックリ。
いつの間にかドラゴンの上から降りて来たらしい息子が、とことこと僕に向かって歩いて来て、僕のズボンをくいっと引っ張って、
「――まんま!」
と少し眉間に皺を寄せて訴えて来た。そして早くしろと言わんばかりに裾を何度も引っ張って「まんま! まんまぁ!」と繰り返している。
そりゃまあそうか。
お昼の用意をしている最中に異世界に呼び出されて、ドラゴン相手に暴れ回ればそりゃお腹もすくでしょうとも。
僕は「まんまぁ!」と訴える我が子を抱っこして視線を合わせる。
「うん。ご飯だね。帰ってお昼にしようか」
「やぁ~た!」
僕の言葉に、途端に嬉しそうな笑顔を浮かべるその様子に、自然と笑みが零れるのを実感しながら、僕は我が子と共に元の世界へと帰還するのだった。
◇◆◇
そして二度目の帰宅を果たした僕ら親子はと言うと。
「ちべたい、や~っ!」
「理不尽!」
用意したままだったお昼ご飯口にした息子から、冷たくなったおにぎりを顔に叩きつけられたのだった。
息子を追っかけて異世界行脚 ~自動撮影アプリのせいで、嫁に息子が異世界を渡り歩いているがバレてます~ 白雨 蒼 @Aoi_Shirasame
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