序章:育児の際はほんの少しでも目を離すと、とんでもない目に合うという一つの例・中
「うわーお……」
切り裂いた空間の裂け目の向こうに辿り着いた僕を出迎えたのは、メキメキメキ……と音を立てて倒れてくる巨木だった。全力で地面を蹴って思い切り飛び退くと、一瞬遅れて僕の立っていた場所は巨木で埋め尽くされてしまう。舞い上がる粉塵を突き破りながら、僕は周囲に視線を走らせ、其処に広がっている光景を見て諦念交じりそんな情けない声を出した。
「……ゴ〇ラでも通ったのかな」
横幅十メートル超えの何かが地面を這いずったような地面の抉れた跡に、なぎ倒され、あるいは焼け焦げて炭化した木々の有様は、あれだ。怪獣映画で怪獣が街中を通り抜けたような跡そのまんまである。
そういえば、つい先日怪獣映画の最新作が公開されたっけ。結構評判がいいし、見に行きたいなぁ。なんて、現実逃避するように思考が脱線する。
しかし、現実はそれを赦してはくれなかった。
――ピコン。
――ピコン。
――ピコン。
通知音、再び。
僕は慌ててスマホを取り出した。そこには、最新の息子の様子が撮影された写真が続々とアプリ上にアップされてた。
「待って待って待って待って! 頼むから撮影しないで! いや、撮影しても良いからアプリにアップしないで!」
慌てるあまり相手もいないのにそんなことを訴えてしまう。しかしそんな僕のお願いなんて聞き届けられるはずもなく、最新の写真がその後も一枚、また一枚と家族共有アプリに追加されていき、最新の写真の中で楽しそうに大暴れしている息子の姿に、僕はその場に崩れ落ちて頭を抱えて叫びたい衝動を必死に抑え、右に左に視線を走らせてスキル〈
見る情報は勿論息子の足跡。
僕自身から息子との距離と位置を瞬時に視界に浮かび上がる追跡スキルによって、僕の視覚にあの子が何処にいるのかが見えるようになるのだが……それよりも先に、とんでもない衝撃が地面を揺るがし、遠くから響き渡る凄まじい咆哮が聞こえ、続いて遠くにの焔の柱が上がったのが見えた僕は、息子が何処にいるのかを確かめるまでもなく悟ったのである。
「くそっ、急がないと……マジで急がないと!」
判り易すぎる目印目掛けて、僕は全速力で走り出す。
距離を詰めている間も、熱線が走り抜けて熱波を放ち、巨大な竜巻がすべてをなぎ倒し、無数の稲光が地面を次々と貫いて粉塵が舞い上げている凄まじい光景が見えている。
それだけ、あの場所ではとんでもないことが起きているのだと嫌でも判ってしまう。そして、その場に我が子がいるのかと思うと、僕はもう気が気じゃなかった。
「急がないと……ママにどやされる!」
今月すでに二回も妻に怒られている僕にとって、三回目の説教は正直ゴメンこうむりたかった。正直、もう回避不可能なのはもう間違いないのだけれど、ならば少しでも説教される時間を短くするためには、どうにもこうにも急いで息子を回収するしかない!
その決意と共に、僕は出せる力の限りを込めて地面を蹴った。倒れている木々も聳える巨木も飛び越え、文字通り一足飛びで目的地へ。
中空に飛び出し、僕は眼下を見下ろす――見えた。
「――って、やっぱりドラゴンだよね!」
轟音の中心地には怪獣顔負けの巨大なドラゴンがいた。何やら怒り狂った様子で目を血走らせて凄まじい咆哮を発しながら、口から熱線を吐き出し、魔法のような技術で竜巻を起こし、稲妻を発生させて何かに向けて一点集中砲火しているのが判る。
何か――というか、うん。ドラゴンさん。貴方がその焔を吐いたり、竜巻叩きつけたり、稲妻を撃ち込んでるのってさ……
「――ウチの息子なんだよなぁ」
怪獣顔負けの巨大ドラゴンさんがお怒りのままに集中砲火している先には、ドラゴンさんからすれば豆粒サイズといっても相違ないであろう――僕のかわいいかわいい息子がちょこんと立ったまま、これまたきょとんとした表情でドラゴンを見上げていたのだ。
そして息子のすぐ横には、自動飛行追尾機能を搭載した撮影用端末が、ドラゴンを見上げる息子の斜め下後ろくらいの角度を位置取って息子の雄姿を撮影していた。
――ピコン。
と今まさに撮影したのであろう写真がアプリにアップされたらしい。
このクソ端末。毎度毎度状況判っているのか。お前が今まさに撮影している我が子、絶賛ドラゴンの攻撃に晒されているんだぞ。頼むから追尾して撮影する以外の機能を搭載してくれないかな。例えば危険を回避する機能とか、盾になる機能とか、あるいは犠牲になる機能とか。
「――
息子の名前を叫ぶと、我が子は「お?」と視線を僕に向けて手を振ってきた。かわいい! いや、そうじゃなくて。
「せめて避けるとかして!」
僕が訴えると、綴は「えー?」とでも言うふうに唇を尖らせた。そして僕に向けて振っていた手を今まさに綴を直撃しようとしていたドラゴンの攻撃に対し、
――パァンッ
ドラゴンの放った熱線が、竜巻が、稲妻が、綴に直撃する寸前にはじけ飛んだのである。こう、風船が割れるような、とても子気味良い音と共に。
これには、ドラゴンも目を丸くしている。すごいな。ドラゴンが「え?」とでも言うふうに目を何度も瞬きして、自分の見た光景を疑ってるぞ。
僕はその間に息子の背後に着地し、息子の状態を確認。うん、怪我はなし。お洋服が少し汚れているだけだ。僕は安心してほっと息を吐く。
それにしてもドラゴンさん。この程度で驚いていたらこのあと身が持ちませんよ。と、僕は心の中でドラゴンに警告する。
「うわぁ~あ!」
どうやら息子は、ドラゴンのそんな反応が甚くお気に召したらしく嬉しそうな声を上げている。横から覗き込めば、まあ我が子ってば。お目々キラキラしてるじゃないですか。スマホを取り出して思わず
かわいい我が子の写真を撮った僕を置き去りに、綴はトコトコとドラゴンに向かっていく。パチパチと上手に拍手をしながら近づいて来る息子の姿に何かを感じ取ったのだろう。ドラゴンが僅かに後ずさったのだが、それはもう手遅れというもの。
ドラゴンに向かって、僕は憐れみを込めて一言。
「――どんまい」
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