第3話

 誰かは知らないけれど会いたくて仕方のない人がいた。暗闇に居続けるのはそこまで難しくはなかった。時折痛みに耐えるだけでよかった。慣れればその感覚も止むことがわかっていたから。涙は枯れたなんて嘘だった。耳鳴りも止まない。それでも「誰か」に会えないのと、また落ちる恐怖とを天秤に乗せた。


 私は走った。何度落ちてもいい、引き裂かれてもいい。全ての扉を開けばきっと出会える、そんな可能性に賭けることにした。

 何回飛び込んでいったかわからない。覚えていない。それでも目を開ければ暗闇で糸くずが散らばっていて、扉も減っていない気がした。消える傷と消えない傷があるのに気がついた。

 選択肢なんてなかった。糸くずをドアノブに固結びにして、開けて飛び込んだ扉をわかるようにした。

 いつの間にか「怖い」という気持ちが鈍くなったような気がする。痛いと思うことも減っていった。

 慣れたように瞼を開けると糸くずの線が張り巡らされいくつもの扉に伸びていた。

 次の扉が最後だった。正解を最後に残してしまったとは本当に運がないというか、鈍いというか、呆れるしかなかった。やっと、出られるかもしれない。硬直した顔が、口角が少し緩んだ気がした。習慣のようになってしまった、意味はないかもしれないけれど糸を繋いでドアノブに結んだ。


 最後の扉を開けると、目の前には一行の文章が書かれていた。



 「あなたの笑顔は本物ですか」






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糸結びと扉 藍錆 薫衣 @hakoniwa_oboroduki

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