第2話
あの扉は間違いだったのかもしれない。そんな仮説を描いていた。また、糸を繋いでいけば別の扉に出逢えるかも。そうやって糸を集めては繋いでいった。気が遠くなるほどそうやって過ごした。すると、また扉を見つけた。今度は前よりもそこまで光は強くなかったと思う。
今度こそ、と走った。また落ちてしまうかもなんて気持ちはなかった。ここまで来るのにたくさん時間がかかった気がするからどうにも待ちきれなかった。扉を開けた瞬間、そこには青が広がっていた。湖の青。放り投げられたように沈む身体。泳げなかった。大きく息を吸っていなかったから、たくさん水を飲んだと思う。とにかく沈んだ。水の中から見上げた向こうにきらきらとした光があったことは覚えている。
気づけば、また暗闇にいた。糸くずが散らばる真ん中にいた。前と違ったのは扉があちらこちらにあったこと。扉に辿り着くまで糸を繋がなくてもよくなった。でもまた、落ちるのが怖かった。どれが間違いで正解なのかわからなかった。間違えたくなかった。それでもまだ、諦められなかった。落ちてもいいように糸くずをありったけ集めて繋いだ。長く繋いで手に巻き付けて離さないように強く握った。
目の前の扉の向こうへ進んだ。なにもなかった。仄暗い場所だった。それでも糸を伸ばせる限りは、と歩いた。歩いた。歩いた。でも、何もなかった。手に巻き付けた糸の長さはそのままだった。戻ろうと思った。その瞬間に足元が割れた。時間がゆっくり流れているみたいだった。下に目を向けると小さな刃物がたくさん並んでいた。頭が真っ白になった時には皮膚に薄く切り傷が数えられないほどできて血が滲んでいた。
初めて叫んだ。痛かった。涙が止まらなかった。目を開ければ真っ暗な視界、変わらないであろう数の糸くずにいくつかの扉が目に入った。扉を開けようだなんて思えるわけがなかった。傷痕は何処にもないのに全身が、肌が引き攣っていた。痒い、くすぐったいとも言えようか、でもきっと痛かった。暗闇の中、ただ縮こまって震える身体を抱きしめた。突然襲いかかる切り裂かれる感覚に肌をつねっては掻きむしるしかできなかった。
涙も枯れた、気持ちも思い出も記憶も何もかも糸くずと同じ、千切れていた。それでもそこには私と散らばる糸くずと扉しかなかった。
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