別れの終わりに

ナナシリア

別れの終わりに

「この夏から冬までお世話になります、日野澄香です」


 生徒たちの目の前に立った転校生の少女は、不可解な自己紹介をした。


 転校してきたというのにお世話になりますというのもおかしな話だし、次の転校を既に見据えているのも珍しい。


 だがそんなことは好奇心に囚われたクラスメイトの目には留まらず、彼らは欲望通りに好奇を爆発させた。


 ねえねえ、どこから来たの。澄香って呼んでいい。好きなアーティストは。


 自身にまとわりつく質問を振り払うように、澄香はたった一文告げた。


「先に言っておきますが、私はあなた方と仲良くするつもりはありません」


 澄香の話題で賑わっていた教室は、たった一言で水を打ったように静まり返った。


 満はその光景を他人事のように眺めていた。




「植田満。あの教室で、あなただけ無関心そうにしていたのはなぜ?」


 休み時間、満が廊下を歩いて教室へ戻っていると、澄香が突然彼に話しかけた。


「そりゃあ、無関心だからだよ。俺らと仲良くするつもりはないんじゃないの?」

「必要な情報だから。あなたとは、関係を築いても悲しまずに済みそう」


 澄香はひねくれた言い方で仲良くしたいと言った。


 そんな澄香をやすやすと受け入れる満ではない。


「嫌だよ、興味ない。消去法で関係を持つなんて消極的なのも気に食わない」


 澄香は悔しさで唇を嚙んだが、悔しさよりも満への興味の方が強かった。


「じゃあ、私と仲良くしてくれない……?」

「よろしく」


 仲良くしたいと直接言った澄香に、満は笑って手を差し出した。


「それじゃあ、LINEとか交換する?」

「申し訳ないけれど、私はスマートフォンを持っていないの」


 満が話を聞くと、どうやらこれまでスマホが必要になるということが無かったため、未だに持っていないとのことだった。


「それは残念だ。じゃあ、基本的に会うのは学校ってことになるのか?」

「そうね。でも、学校では仲良くしてほしいと思っているわ」


 これまでの澄香の態度とは打って変わって素直になった澄香の様子を見て、満は嬉しそうに微笑んだ。


 そんな平和な光景に、クラスメイトが割り込んできた。


 クラスメイトの方を見て、一歩身を引いた澄香を庇うように、満は一歩前へ踏み出した。


「植田、日野と仲良いんだ?」

「日野さんは君のことがあまり得意ではないようだったから、少し距離を離してくれないか」

「はあ、鬱陶しいな。植田は日野の何なんだよ」


 クラスメイトと満の間に、一触即発の雰囲気が蔓延った。


 そんな中で、澄香が突然口を開いた。


「友人よ」

「日野さん?」

「植田君は、私の友人」


 満もその見解に相違なかったが、澄香が自ら言葉を発すると思っていなかったため、少し驚いた。


「あっそ。まあいいや、勝手にしてろ」


 澄香の言葉を聞いたクラスメイトは興を削がれたといった雰囲気でその場から立ち去った。


「日野さん、ああいうこと言えるんだな」

「澄香」

「え?」

「私の名前は澄香よ」


 素直に言えばいいじゃん、と思った満だったが、今回は従うことにした。


「澄香、自分で言えるんだな」

「いや、私はいつもあんな感じ……」

「強がらなくていい、怖いんだろ?」


 自分のことを見通したような満の目を見た澄香は、圧倒的な安心感を感じて、視界を滲ませた。


 でも素直に頼るのは抵抗感があって、強い自分を守ろうとする。目に溜まった涙を零すまいと堪える。


「満になにがわかるの?」

「うーん、なにもわからないかもしれないな……。せいぜい転校が多いことと、昔何度も辛い別れを経験してきたこと、それとクラスメイトに冷たく接するのは澄香の優しさが原因だってことくらい?」


 不思議なことに満の予想は全て当たっていた。


 自分のことを理解してくれる人を見つけたようで、澄香は目に溜めた涙を零した。


 それから、クラスの中で満と澄香はカップルという認識が生まれていった。実際は付き合ってるわけではなかったが、それにしては距離感が近すぎたからだ。


 そんな状況の中で、満も澄香も互いのことを想う気持ちが強まっていった。


 だが、満も澄香も、別れる時に自分と相手が傷つくのが怖くて、それを言い出すことは出来なかった。


 なにも進展がないまま夏が終わり、秋が終わり、そして――


「冬の終わりに、日野さんはまた転校して行ってしまうそうです。なのでお別れを言いましょう、日野さん前に」


 満は、澄香との別れを直視したくなくて、『なので』を文頭につけることは出来ないなどと頭の中でどうでもいい突っ込みを入れた。


「私の予想通り、あなた方と仲良くすることはありませんでした」


 クラスメイト達との関係は、最初の尖った澄香から大きく変わることはなかった。だから、なにも起こらずにお別れは済まされた。




「なんで……お前なんか好きになっちまったんだろうなぁ……」


 満は周囲に誰もいないと思って呟いた。


「私のこと、好きになっちゃったんだ」


 そこには、澄香が立っていた。


 澄香は、満に個別で別れを告げようとやってきていたのだった。


「満なら、傷つけずに別れられると思ってたんだけどなあ」


 そう言った澄香は苦笑した。


 満はなにも言えなかった。


「私も、満のこと好きだよ」


 普段と違う口調だったが、違和感は感じなかった。


「それが、澄香の素だったんだな」

「そうだね、でもこんな人格を晒してると、別れる時に皆傷ついちゃう。なら、嫌われるのは私だけで良いかな、って」

「澄香は、強いな」


 満は澄香から目を逸らした。


「好きになるつもりは、なかったんだけどな」

「不思議だね、人間って」


 満はなにを言えばいいかわからず、黙り込んでしまった。


「澄香」


 返事はなかったが、空気の揺らぎを感じ取って満は続きを告げることにした。


「また、いつか」


 満は俯いた。


「満……!」


 名前を呼ばれて顔を上げると、涙に溢れた澄香の顔があった。


「またね」

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別れの終わりに ナナシリア @nanasi20090127

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