最終話 ひ・み・つ

        

        ――― 次の日 ―――




 もう、あの夢を視る事は無いだろう。


 昨夜視た夢を思い出しながら、青葉は職員室を出た。


 昨日の放課後の件で生活指導の天野先生に呼び出され、事情を聞かれていたのだ。どうやらあの人を膝枕して泣いていた姿は、大勢の人に見られていたらしい。

 多くの電車や人が行きかう駅のベンチで、高校の制服姿のままそんな事をしていたら当然と言えば当然だろう。自分の前にはあの人も呼ばれて、同じく事情を聞かれたらしかった。


 

 職員室の前の廊下を歩きながら、青葉は夢の中で視続けたシアンと呼ばれていた日々を想った。


 彼が仲間と共に駆け抜けたあの日々は、あの人の言葉を借りれば幸せだった。と、思うのだ。


 仲間を愛し、あの女性ひとを愛し、そして…… 精一杯生き抜いた。






 

 「あ…青葉ちゃん大丈夫だった?」


 私が職員室の前を歩いていると、いずみちゃんが心配そうな顔をして待っていてくれてくれました。


「はい。何とか分かってもらいました」


「そう、よかったよ~!」


 その時、彼女がみせた笑顔はね。夢の中で一緒に過ごした、あの金髪の青い瞳が美しい冒険者と同じ、太陽……みたいでした。



 それから私は、いずみちゃんの車椅子を押しながら、オカルト研究部がある旧部室棟へと向かいました。だけど…… 足取りは、重かったんです。


 だってもう、きっと駄目です。


 ……もう、何もかも。


 あの人に、あんな姿を見られてしまいましたから。


 きっとあの人はもう、部活に来ることも自分に話し掛けてくることも無いと思います。当然と言えば、当然ですよね? だって…… こんな化物みたいな私、誰も相手になんてする筈ないんですから……



 今まで、あの姿をみて受け入れてくれたのは父と姉だけだった。現に昨日、迎えに来た姉と三人で乗った電車の中で、あの人は一言も喋らなかったではないか。


 深い溜息をつきたかったが、そんな元気もなかった。目の前の親友も何か察しているのか話し掛けてはこなかった。会話も無く部室まで重い足どりのまま歩いていくと、話し声が聞こえてきた。


 ……どうやら中で、誰かが話しているらしい。


 その声は姉と、 ……あの人だ。


 青葉といずみは顔を見合わせると、そっと扉に近付いて聞き耳を立てた。


「……ちょっと!押さないで青葉ちゃん!」


 いずみに小声で、怒られてしまった。緊張と不安で、ついつい力が入ってしまう。




「……ねえ先生。昨日、青葉先輩の目を通して視えた世界は、俺にはとても美しかったです。先輩には、いつもこんな世界が視えているんだなって、思いました。先輩のお陰で自分には視ることが出来ない、あんな素敵な世界があることを知れて嬉しかった。……もちろん良いことばかりの世界じゃないってのも、その後に十分過ぎるくらいに、分かりましたけど…ね。

……もしお二人が許してくれるなら、俺はあの世界をもっと視てみたい。


 もちろん怖い気持ちもあるけど、それ以上の何かが俺はあの世界にあると思う。


 出会ったばかりの俺には、二人が抱えている問題をどうにかしてあげる力も資格もないけど、この部の仲間として一緒に活動してもいいですか?」



「あれだけ怖い体験をしたのに……仲間でいて……くれるの?」




 姉さんの声は震えていました。


 きっと姉さんは泣いています。この扉の向こうで……


 幼い頃から、あの化物から私を守り続けてくれた姉さん。何度も生きることを諦めそうになった私を守り、支え続けてくれた姉さん。


 今まで、どんなに辛いことがあっても弱音を吐かず、決して泣く事など無かった強い姉さん。 ……その姉さんが、泣いています。



 そして……


「もし先生や先輩が俺のこと、そう呼んでくれるなら……」


「……バカね。呼ぶに……決まってる。ありがとう如月君。あの子の……視ている世界を……美しいと言ってくれて……」


 二人の会話が青葉の胸を震わせて、眠らせていた想いが目を覚ましていく。




 ……また、集まったんです。


 遠く遠く離れたこの世界で、長い長い時間を乗り越えて……


 あの人の側に、皆が集まることが出来ました。



 私は…… ずっと不安でした。


 私は…… もう皆に、仲間と呼ばれることは無いんじゃないかと不安でした。


 大罪を犯した私が、許される筈ない。


 そんな不安が、私の胸の中でいつも渦巻いていました。




 そしてもう一人の自分が、青葉にそっと伝えてくる。


 矮小でも精一杯生き抜いた、夢の中のもう一人の自分が背中をそっと押してくる。


 

 そうですか……


 大きな罪を犯しても、あなたが守りたかった大切な人達と、その人達への想い……



 その想いは……



 今、報われたんですね?




 その時です。扉がゆっくりと開いて、怒った顔をした姉さんが顔を覗かせました。



「黒木先輩!?金森も!?二人共、今の話聞いていたのかよ!?」



 部屋の中からは、あの人の驚いた声も聞こえてきました。



「二人共ごめん!盗み聞きをしていた訳じゃないんだけど、入りづらくて、つい!本当にごめんね!」



 隣には頻りに謝っている、いずみちゃんがいます。



「二人共、趣味が悪いわ。せっかくの如月君との良い雰囲気が、台無しになってしまったじゃない」



 姉さんは、本当にそう思っているんだと思います。顔が怖い……



「ちょっと紅葉ちゃん!?いい雰囲気とかじゃないよね!?」



 いずみちゃんが、すかさずツッコミを入れています。ふふっ慌てている様子が可愛いです。



「ふふっ、どうかしら? ね~え、如月君?」



「……で、二人はいつから盗み聞きしてたんだ?」



 姉さんの意味深な笑顔を、あの人はあえて無視したみたい。



「ぬ、盗み聞きとかじゃないし。ねえ青葉ちゃん、違うよね?」



「……私たち、仲間がどうたらってとこら辺から盗み聞きをしていたんです」



 そして…… 私は、ね。


 そんな皆とのやり取りが嬉しすぎて、思わず素直に答えていました。……ごめんさい、いずみちゃん。そんなにガックリ、肩を落とさないで下さい。


「黒木先輩もちょっとは反省して下さいよ。確かに趣味が悪いっす」


「……ごめんなさい」


 そしたらね。ちょっと強い口調で、あの人に注意されちゃいました。私は思わず、シュンとしてしまいます。



 でも……!


 でもね、私のことはね……!



「でも、私のことは青葉でいいんです」


「……はあ?」


「ユウはこれから私のこと、黒木先輩じゃなくて青葉って呼ぶんです。……だから私も、あなたのことユウって呼びますね?」




 ……私は、引っ張られ過ぎていたのかもしれません。


 確かにあの夢は、私の前世の記憶なのかもしれません。


 物心付いた時からずっと一緒にいてくれた姉と親友は、夢の中のあの二人の生まれ変わりなのかもしれないし、四日前に出逢った彼は、あの人の生まれ変わりなのかもしれない。それから…… いつも彼の側にいる、あの大きな彼も……ね。


 前世の私は、大きな罪を犯しました。


 私の中にいる化物にだって、いつ連れていかれてもおかしくないです。



 だけど……


 だけどね。 そんな事より……


 そんなことより、大切なことは……


 

 今の私がこの人達のことを大好きっていう、 ……この気持ち、なんですよね?



 三人の驚いた顔を見つめながら、青葉にはそれが分かった気がした。

 

 


 ……ですから、皆さん。


 私の物語に最後までお付き合い頂いたあなたに、お願いがあるんです。


 あの夢の中の物語。あの英雄たちのこと……なんですけどね。


 私とあなただけの……  ひみつ、にしませんか?





 心が、生まれて初めて生きている喜びに震えている。


 そして……!


 これから始まる日々を想い、青葉の胸はワクワクと高鳴ってゆく。

 

 



         ❀おしまい❀






 


 ☆☆☆ 関連する作品のご紹介コーナー ☆☆☆



 この物語に関連する小説をご紹介させて下さい。



 ・「虹恋、オカルテット」


 作品へのリンク:https://kakuyomu.jp/works/16817330668484486685


 🌼あらすじ🌼


 如月ユウ、金森いずみ、黒木紅葉、黒木青葉の四人が奏でる青春ラブストーリーです。


 交通事故で記憶を失ってしまった高校二年生の如月ユウは、真っ白な青春を過ごしていた。

 しかしそんな日々の中で、ユウはある車椅子の少女と出逢う。そしてその少女…金森いずみの紹介で知り合ったのが、「城西の魔女」こと黒木紅葉と、その妹「氷雪の女神」こと黒木青葉だった。

 記憶を取り戻す為に魔女と女神の所属するオカルト研究部に入部することにしたユウだったが、彼を待ち受けていたのは想像もしていなかったオカルトすぎる恋と青春の日々だった。


 この物語は、2024年6月2日現在も連載中なのです(*^^)v (^_-)-☆


 現在は、第65話を公開中です💕


 毎週木曜日と日曜日のAM:6時30分に更新していますので、ぜひ立ち寄ってみてください(^_-)-☆



 ・「初恋」


 作品へのリンク:https://kakuyomu.jp/works/16817330668508282055


 🌼あらすじ🌼


高校二年生の金森いずみには、最近ずっと気にかかっている人がいる。それはクラスメイトの如月ユウだ。彼に話しかけたくてもそれが出来ず、悶々とした日々を過ごしていたいずみだが、ある日学校の近くのバス停で偶然彼の姿を見かけたのだった。その時いずみは、彼に話し掛けようと決意をする。


 この一話完結の短編小説は、只今連載中の「虹恋、オカルテット」のサイドストーリーです。そして初めての恋に戸惑う一人の女の子の心の内を綴った物語なのです。

【完結済】




☆ 他の作品も、どうぞ宜しくお願い致します(*- -)ペコリ ☆


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「……秘密」 虹うた🌈 @hosino-sk567

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