黄泉でのカミングアウト

 直接幽霊に当てることができないなら先生に塩をまくしかない。そうすれば先生には手出しできないはず!

 

 もしかしたら攻撃ではなく、師に助力を請おうと赴いたのかもしれんが。


 何はともあれ塩の袋は先生の顔面にクリーンヒット。ばふっと弾けた。顔や髪の毛、しいては上半身が塩でまみれる。そこで貴婦人ゾンビがパチっと目を覚ました。


 数度まばたきを繰り返し、いつの間にか握られた白い薔薇を凝視。ふるえる指先で摘まむと頬を引きつらせてポイッと投げ捨てた。


 まだどこかぼんやりとしているように見えるのは寝起きだからか?


 しだいに覚醒してきたらしく、上半身に視線を落として現状を確認した貴婦人ゾンビは、わなわなと体をふるわせ目を丸くしながら両手で頬を挟みこむ。


「先生! 天上にゾンビがっ‼」


 あっ、ちげえ! つい言い間違えた!

 叫んだ俺を振り返り、貴婦人ゾンビはさらに目を丸くする。


「キィャァアアアアアア――……ッ」


 さすが朗読部の顧問。

 見た目も相まって見事な金切り声をあげる。

 先生、その叫びかた幽霊よりも怖いんですけど⁉ 

 ドン引きしたせいで一瞬、天井裏の幽霊を忘れかけた。


(なんで俺見て絶叫すんの⁉ この格好は寝る前に見たでしょうが! 寝ぼけてんのか? 完全にパニクってるわ‼)


「いつの間にわたしを霊界にっ⁉ 彰くんはどこ‼」

「ここ‼」

「彰くんはもっと格好良いわっ‼」

「ありがとう⁉」

「わたしの彰くんを返してえええっ‼」

「いや、だから……」


 なぜ自分が死んだと思い込んでるんだ⁉ 意味不明すぎて対処が追いつかねえ!


 慌てふためく先生は転がるようにして床に尻餅をつくとテーブルにあった花瓶をむんずとつかみ、問答無用で投げつけた。


「危ねえっ! 正気に戻れっ!」


 豪速球で飛んできた花瓶を身をよじって躱し、叫ぶ。


(敵は俺じゃないでしょうが‼ あなたの彰くんです⁉)


 なのに先生は親の仇とばかりに俺を睨みつけ、近くにあった本を次々と投げつける。


 彰くんを生き返らせろ、地獄から呼び戻せ、殺すなら結婚してからにして! なんなら子供を産んでから! できれば孫の顔まで見たい! せめて死ぬ前にもう一度、俺様を拝ませて‼ と欲望丸出しで長寿を願う貴婦人ゾンビに口もとが引きつる。


 俺様を拝ませてって何?

 俺、死んだあとは絶対に天国に行きますからね⁉


 ハチャメチャな物言いで手当たり次第にモノを投げつける貴婦人に突っ込みが止まらない。しかし、まずはパニクった先生を落ち着かせないと。本やお菓子、クッションなどを全身に受けながら俺は悠然と歩み寄る。


 こんな場合に備えて完全武装を整えたのだ。いくら物を投げつけようと俺にはノーダメージ。いや、うん。本当はポルターガイストに備えたものだけどな、たいして現状変わらんだろ。相手、ゾンビだし。


 ヘルメットやゴーグルに飲みかけのジュースが垂れ、視界を狭める。ひゅんひゅんと飛び交う小物を時に受け止め、時に振り払い。俺はじわじわと浅見先生との距離を縮める。


 ついに投げる物がなくなったようで、先生は怯えた様子で後ずさり、唇を噛みしめた。


「彰くんに……」

「俺に?」

「わたしのこと好きになって欲しかったのに……」


 足の動きがピタリと止まる。ゴーグルの中でキョトンとした俺の前で先生は悔しそうに涙を浮かべ、キッと睨みつけた。


「――その前に殺すなんて酷すぎるわ‼」


 一方、俺には安堵の笑いが訪れる。それは空息からいきを短く吐いたようなものだったけど。


 正直、俺は浅見先生が頑なに契約を守り続けていることが気に食わなかった。俺から言ったことだし、簡単に取り消すこともできなくて困っていたんだ。


 もしこのまま契約を守り続けていたら先生の気持ちが離れてしまうんじゃないかって、中途半端な想いを抱えたまま怯えていたんだ。けど、先生の想いはブレていなかった。それがとても嬉しくて、こんな状況だというのに顔が綻んでしまう。だから気づいてしまった。


 理屈なんて分からねえけど、俺は――。


「先生……俺さ、」

「幽霊だろうとなんだろうと、絶対に許さないわ!!」


 言いかけた言葉に怒号が重なる。

 え、と困惑する間もなく、すくりと立ち上がった先生は怒濤の勢いで床を蹴った。超絶ひじきと漆黒のドレスを靡かせ、鎌のように両手を掲げて飛びかかる先生に体が無意識に反応を示す。俺は瞬時に受け止める態勢を取った。


 そのまま真っ直ぐ飛びかかってきてくれたら、ご乱心が収まるまでがしりと腕の中で浅見先生を固定ホールドしてやるつもりだったのだが。


 ――つるっ。


 一歩踏み出した浅見先生が盛大にずっコケた。


 いつの間にか、ばら蒔いた塩が溶けて水ぽくなっている。水たまりとまではいかないが床に薄い膜が張ってあり、それに足を取られたのだ。床を蹴った足が天上を向き、振り子のように頭がガクンと落ちる。落下した先にはガラスのテーブル。


「あぶねっ……!」


 焦った俺は慌てて駆けだし、溶けた塩を利用しつつ床をスライド。ギリギリのところで先生の体に腕をまわし、共に倒れこんだ。それとほぼ同時に背後でガシャンッと盛大な音が聞こえて破片が辺りに散乱し、


――ゴンッ!


「あうっ」


 俺のヘルメットに激しく打ち付けた先生の頭が、ごきゅっと変な音を立てて後方に弾かれた。


 先生を抱きしめた俺の腕力はなかなかのもので、体はしっかりと密着しているのに首だけが90度くらいに折れた状態に。


(あ。死んだかも)


 ガラステーブルを背中から押し潰した俺は仰向け状態。その上に乗っかかり、天井を見上げたままフリーズする浅見先生を恐る恐る見つめた。


 浅見先生の首がぎこちない動きでゆっくりと下を向く。ふふっと不気味な笑い声をもらし、あるべき位置に顔を戻した先生の鼻からは鼻血が一滴したたり落ちた。

 

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女嫌いの俺は陰キャの皮を被ることにしたのだが、どうも上手くいかない。AV女優顔負けの小玉スイカ美人教師が食いついた。 一色姫凛 @daimann08080628

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