第5話 風土案内


夕暮れ時──教会の鐘が優しく鳴り響く中、修道女の声が礼拝場に響き渡った。


「シスター様?旅のお方はここにお泊りで?──今日はもう引き払いますが良いんですね?」


返事が無い事を訝しげに思いつつ、修道女はそのまま帰り支度をして去っていった。

教会は立派な外観だが居住スペースがやや手狭で、常在しているのは村に唯一の司祭のみである。

戸締まりを確認する役目の修道女が鍵を掛けて立ち去ると、もう外から出入りする事は出来ない。

教会の裏手には小屋があり、備え付けられた煙突からはモクモクと煙が流れていた。

その小屋の中には質素ながらも心地良さそうな風呂が広がっている。

教会は村の産屋も担っており、村で生まれた者は誰でも神聖な産湯で祝福を受ける事になっていた。


日々の労苦をいたわる意味で、シスターには教会の風呂を私的に利用する権利が認められている。

煙突の煙はいつもの日常に過ぎないが、この日普段と異なるのは、通常なら絶対にあり得ない──男女の声が神聖な風呂から響いている事だった。

寝所には風呂の湯気がユラユラと入り込み、寝台には誘うようにシーツが広げられている。


────


「つまりですね、これでもヒュームは一番マシなんですよ。強靭な種ほど男女比は女優位に傾くんです。ハイエルフなんか300人に1人と言われているんですから。」


「はぁ……。それって繁殖出来るんですか?希少な男が病気や怪我で亡くなったらその集団は一斉にどん詰まりになりません?」


「だから他の種族から男を連れてきて交配するんですよ。」


初耳だ。 異種族同士で交配可能らしい。


「僕の国じゃ"ヒューム"以外の人間はいなかったので……。交配ってどの種族とでも出来るんですか?」


一瞬驚いた様な表情をした後、子供に教えるように丁寧な口ぶりでシスターの講釈が始まる。


「えっと。この世界には大小合わせて数千とも数万とも言われる程たくさんの種族が存在するのですが……」


「一般的に良く使われる大分類は交配出来るグループをまとめた物なんですよ。例えばエルフの中にもハイエルフ、ダークエルフ、シャドーエルフと色々ありますが……いずれもエルフ同士だから異種族間でも子孫を残す事が出来ます。」


概ね理解出来た。


「なるほど、つまり大きな意味での種族を超えての交配は無理、例えばヒュームとエルフでは交配不可能って事ですね?」


「考え方は合っていますが、違います」


シスターは首を降って否定する。


「ヒュームのみあらゆる異種族と交配可能です。エルフどころか、魔人だろうが蛇鱗種だろうが、ヒュームとは子供を作れるんですよ。」


ウェッ!? なにその特別扱い。 引っ張りだこになるんじゃないか?


「正確に言えばヒュームと交配可能な種族が"人間"の定義なんですがね。例えばテルミィ魔導国ではホムンクルスという人造の生命が生み出されたのですが……彼らは見た目は人間そのもので頭が良く会話も出来る。それでも子孫を残せないから人間とは認められないのです。」


サラッとショッキングな事を聞いてしまった。 我々が未だに超えていない生命倫理を飛び越えてしまっている。


「……なんでそんなの作ったんでしょうか?」


「私は魔導国の人間じゃないから知りませんよ。錬金術で男を作る試みだったとは聞いていますが……。そういう無理は多くの場合望む結果を生み出してはくれないものです。こんな事は神の信徒でなくとも弁えておくべき道徳だと思いませんか?」


ちょっと暗い空気になってしまったな。 個人的にもその意見には賛成だが、取り敢えず話題を戻さないと。


「えぇまぁ、そうですね。それが実際にどんな物か僕にはまだちょっと想像出来ていないのでなんとも言えませんが……ところでええと、人間の定義について……。」


────


さて現在、俺は強引に風呂に連れ込まれる事になった。

お互いの裸を見せ合うとペタペタと体を触ってきたのでこちらもと触り返してみたら、

彼女はいとも簡単にニヤニヤと締まりの無い表情になった。

(俺も女の扱いに慣れてきたかな)などと思い返せば阿呆らしい事を考えながら、お互いにぎこちない手付きで体を触り合っていた最中、「ウッ」と呻いて彼女はそのままへたり込んだ。

……体が臭った?痛くしてしまった? 突然のトラブルに不安になってしまい上手く声も掛けられず、結局黙ったまま普通に体を洗う流れになってしまった。


そして湯船に入る折、赤らめた顔で「思い直したのですが、楽しみはお風呂上がりに取って置くことにしましょう?」と彼女に提案された。

その振る舞いが、子供が自分をタフに見せようとするかの様な、男が女に主導権をアピールするかの様な……

あからさまに威勢を張った態度だったため、「あ、この人は多分一人で達してしまって、しかもそれを知られたくないんだ」と直感的に理解した。

堪えようとして物じゃないからしょうがないけど、触ってるだけで暴発……は男として……この場合は女として、かなり恥ずかしい失態だ。

勿論こんなのは全くの当てずっぽうだが、俺にはこの推測に確信があった。


この世界の女性を推し量るには男性心理の方がむしろ当て嵌まるのではないか。 だからなんとなく、分かってしまう。

ここに来てから、女性の情緒が自分事の様に伝わってきて共感出来る事が多い。

モテる事や肉体を求められる事より、心理の相似が女性との会話を気楽な気持ちにさせる。

……思えばあいつらとも打ち解けるまでは本当に早かったな。


「それならお風呂入りながらさっきの続きを教えて下さいよ。」


何も気にしてませんよ、という風に俺も湯船に浸かる。


「え、えぇ!勿論、良いでしょう。というか、私の方こそとっくにそのつもりでしたけど。」


なんだその応え方。

この空気でエロいことをする流れにはもうならないだろう。

実際、彼女の可愛らしくも情けない動揺ぶりを見て、俺の中でセクシャルな気分は殆ど無くなっていた。

向こうも真面目な話をしているうちに気が紛れてきた様で、教会の風呂は一旦、学びの場となっていた。

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貞操逆転世界で異種族ハーレム @unonosasara

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