【短編】これは恋が原因です。

佐藤純

第1話

「花崎薫!」

ある日、授業中の教室に、熊井先生の野太い怒号が響いた。

「へ?」

ぐにゃりとゆがんだ景色が落ち着いてきたと同時に、僕の視界がぱっと開ける。そこには、鬼の形相をしたクマ先生が、教壇から降りてくる姿が見えた。

「寝ていたな?」

つかつかと歩いて僕の目の前まで来たクマ先生が、僕を睨みつけている。

「寝て…ましたね。」

僕は、うつぶせになっていた顔を上げて、ゆっくりと背筋を伸ばす。そして、少ししびれる手で頭を掻きながら、クマ先生の質問に答えた。机の横にかけているスクールバックから、僕の携帯のアラームがけたたましく鳴っている。その音に、全然気づかなかったくらい、僕は熟睡していたようだ。  

ゲームのオンラインイベント開始時に合わせてセットしたアラームの解除を、忘れていた。

「とりあえずアラームを切れ!」

クマ先生は仁王立ちをしながら、じろりとスクールバックに視線をやる。

「はい、すいません。」

僕は素直にカバンから携帯を取り出し、パスワードを解除してアラームを切った。

教室中に響き渡っていたアラームの音が止むと、クマ先生は僕の手からひょいっと携帯をとりあげた。

「あ、やっぱりですか?」

僕は、万が一の奇跡を願っていたが、それは叶わなかったようだ。

「当たり前だ、校則違反だろ。持ってくるのはかまわんが、授業中に電源を切っとかないと、没収だ。罰として一日預かっとくから、明日の放課後取りに来い。」

「そんなぁ〜。」

クマ先生の容赦のない取り上げ方に、僕は絶望の声を出した。周囲のクラスメイトたちは、同情の視線だったり、人の不幸を面白がるような視線だったりと、反応は様々だ。クマ先生は教壇に戻りながら、僕の携帯をズボンのポケットにしまった。

「自業自得だ。授業進めるぞ。花崎はもう寝るなよ。テスト出るとこだぞ!」

「はぁい…」

僕は一気にやる気のなくなった理科の授業を、苦痛に満ちながら受ける羽目になった。


************


「運が悪かったな、薫。」

理科の授業が終わると同時に、ニヤニヤしながら悪友が話しかけてきた。悪友の名前は高城光。今年のクラス替えが発表された日、僕はまた一年こいつと同じクラスなのか、と思ってげんなりしたくらいの悪友だ。僕はいつも、何かと光に巻き込まれている。

光は、僕の前の席に座り、後ろを振り向いて雑談をする態勢になった。

「光が昨日、イベントに誘うからだろ…。そのアラームだよ…。」

僕は、アラームを解除し忘れていた自分のことを完全に棚にあげ、すべて光のせいにした。それを許されるくらいには、いつも迷惑をかけられていると自負している。

「まぁまぁ、明日には帰ってくるんだしさ。」

「輝かしい未来ある中学生の一日に携帯がない事とかけまして、無能な泥棒ととく、だ。」

「どういうことだ?」

「どちらも『する(スル)ことがない』だよ。」

 僕は「お~、なるほどね。」と顎に手を当てて感心している光を無視して、机の引き出しをごそごそとさぐり、次の授業の準備を始める。次は確か、国語だったか、と思いながら、教科書とノートを探していると、光が脈絡もなく話題を変えた。

「そういえばさ、女バスのエースいるだろ、くるみちゃん。」

「それがどうした?」

 女子バスケットボール部のエース、藍沢くるみのことを知らない男子はいない。美人で誰にでも優しいため、男子生徒みんなからの憧れの存在だ。毎月誰かに告白されているだの、道を歩けば芸能事務所にスカウトされるだの、くるみ伝説がいくつかあるが、真偽は不明だ。

 光は机の上に組んだ腕を置き、ニヤニヤしながら前のめりになって、僕にしか聞こえないくらいの小さな声で囁くように言った。

「お前の事、好きなんじゃないか?」

「はぁ?」

僕は、突然光がとんでもないことを言ってくるので、声が裏返ってしまった。僕は自慢じゃないが、平凡な中学生だ。勉強も平均点、体育も平均点。ギターが趣味だが、特に部活はやっていない。高校で軽音部があれば、そこに入ろうかなと思っているが、松原中学にはギターが演奏できる部活はなかった。身長は百七十五センチと少し高い方だが、筋肉はない。運動部のキャプテンや、学年一位の秀才とかいうアイデンティティは持ち合わせていない、ただの一生徒だ。学年一のマドンナであるくるみちゃんが、そんな平凡な僕に好意を持っているなんて、天地がひっくり返ってもないだろう。僕は、なんでそんな突拍子もない説に至ったかの理由を続けるように、光をじっと見つめる。


「先週の金曜日の部活中に、体育館のそばいたんだけどさ、」

光は、少し上体を後ろにおこし、声のトーンを普通に戻して説明を始めた。

「その時に薫の名前が聞こえてきたんだ。それで、ちょっと耳を澄ましてみると、どうやら恋バナみたいでさ、告白とか、好きとか、そんなワードも一緒に聞こえてきたのさ。」

光は、ニヤニヤしながら、僕を見てきて、「お前もやるなあ。」といった言外の雰囲気をにおわせている。

「それだけだと、藍沢さんってわからないだろ。」

僕は呆れて光を見る。

「誰が話しているかまでは、わからなかったんだけど、その恋バナの中に『くるみちゃん』ってワードが聞こえてきたんだ。それで、体育館の利用申請のホワイトボードを確認しに職員室に行ったら、その日の利用申請がなんと女バスだったんだ。確定だろ!」

 光は、名推理だ、とでも言うように、えっへんと胸を張って、興奮気味に説明を終えた。

僕は今の説明を聞いて満更でもなかったが、言っているのは、あの光だ。あまり期待しない方がいいと思って、ふーん、と受け流した。

「つれないな、告白されたらどうするんだ。」

「その時考えるよ。その話が本当ならな。」

 その時、タイミングよくチャイムが鳴った。

光は「信じてくれよー。」と口をとがらせながら自分の席に帰っていった。


僕は国語の準備を終えて、先生を待ちながら、さっき光に言われたことを考える。「本当に告白されたらどうしよう」と一瞬頭をよぎったが、やっぱり「いや」と僕は頭を振った。 

こないだだって、体育館へ繋がる渡り廊下の前で、光と一緒に昼飯を食べていたら、妹の弁当と間違えて持ってきてしまったのを動画に撮られた。そして、いらないことするなよ、と釘を刺したにも関わらず、僕は「かわいい弁当を食べている男」として、SNSに拡散されたのだ。しかも、ご丁寧に僕のアカウントでときた。


気が付いた時には思った以上の再生回数と拡散回数が表示されていて、僕はまさか、と思った。そのまさかは、案の定勘違いだったようで、後ろの体育館に映っている女子生徒がかわいい、というコメントが散見されていた。そんなこんなで、僕はそっと動画を削除した。



くるみちゃんが僕に好意を寄せているなんていうバカみたいな話もきっと、蓋を開けてみたら光が僕をからかうために適当に盛った話かもしれない、と僕は思う。

逆に女子たちが僕の悪口とかを言っていたとか、そんなのだったらどうしよう、と身震いする。女子中学生の噂とは、かくも恐ろしいのだ。期待は最小限に。その方がダメージは少ない。


 もう深く考えることはやめておこうと、国語の授業に集中した。




「クマ先生! 携帯かえしてくださーい!」

僕は、携帯のない長い一日を過ごし、その日の放課後、意気揚々(いきようよう)と職員室に行った。クマ先生は職員室の入口から一番遠い机に座っているので、入口付近で大声で叫びながらクマ先生のもとへ直行する。

「花崎か。お前なぁ、校則違反をしたんだぞ。反省してるのか?」

「してるさ! もうアラームかけない。」

普段は比較的静かな僕の元気な声に、クマ先生は呆れ顔で反省を促すが、早く携帯を返してほしい僕は、適当に返事をした。

「まぁいいだろ。遺失物ボックスに入ってるぞ。南京錠の鍵はここだ。回収したらまた持ってこいよ。」

クマ先生はそう言って自分の机の中から小さな鍵を取り出した。どうやらクマ先生は、事前に鍵を用意してくれていたらしい。普段は怖いと有名なクマ先生が、なんだかんだと生徒から好かれているのは、こういうところだ。

「サンキュー、先生!」

僕はそう言って鍵をもらい、入口の扉付近に設置されている遺失物ボックスへと向かう。職員室は先生たちの机が所狭しと並び、それぞれの机にプリントやノートがピサの斜塔のように積まれているので、いつもごちゃごちゃしているように感じるが、その中でも入り口付近が一番ごちゃついている。何かのキーボックスや、体育館や運動場の利用申請に使うホワイトボードが、ぎちっと設置されているせいだ。

僕は、そのごちゃついている部分を壁沿いに進んで、アクリル板で作られた遺失物ボックスを見つけた。

「あれ?ない。」

僕の携帯は、遺失物ボックスの中になかった。

遺失物ボックスは、基本的には学校内で発見された忘れ物を入れておく場所だ。そのせいで、もはや腐海の森のような濁ったオーラを放っている。いつのものかわからない下敷きや、半分に折れている鉛筆、時代遅れのキャラクターのハンカチなどが、ボックスの六割ほどを占めて、びっしりと入っているせいだ。

透明なアクリル板でできているので、南京錠を開ける前に中身がわかるようになっている。携帯が没収されたのは昨日だから、それらの忘れ物らの一番上に、僕の携帯は置かれているはずだった。

クマ先生がいくら厳しい先生といっても、この遺失物ボックスの底を掘り起こし、一番下なんかに携帯をわざわざ隠すように保管する性格ではない。

僕は遺失物ボックスの鍵を開けて、上の方を少し手で掘り起こしてみたが、それらしきものは見つからなかった。

「先生、ないよ?」

僕は探すことを諦めて、先生のところへ抗議をしに行った。

「そんな馬鹿な。朝は確かにあったぞ?ちゃんと探したか?」

 クマ先生は、他のクラスのノートを広げて採点していたが、僕の声に顔をあげながら言った。クマ先生は立ち上がって、遺失物ボックスへ向かった。僕の言うことが本当か確認するためだろう。遺失物ボックスの中に、入れたはずの携帯がなくなっていることがわかり、クマ先生はおかしいな、と首をかしげるばかりだ。

「朝から放課後までの間に僕の携帯が消えたってこと?」

 僕は、遺失物ボックスの周辺をガタガタと探し始めたクマ先生を見ながら、問いかけた。

「そうなるな。でもおかしい。この遺失物ボックスの鍵の存在を生徒は知らないはずだが…」

「なんで?」

 一通り周辺を確認して、落ちてないことを確認し終わったところで、クマ先生が僕に向き直って解説してくれる。

「花崎はこの鍵が保管されている場所はわかるか?」

「わからない。」

「生徒があの遺失物ボックスを開ける時は、担任の先生から直接鍵をもらうんだ。花崎の携帯みたいに大事なものを保管する場合があるからな。」

「じゃあ先生達の誰かが犯人ってこと?」

「いや、それは…ないだろう。生徒の携帯だぞ?」

「まぁ、僕も別に先生たちを疑うわけじゃないけど…盗んだって何のメリットもなさそうだし。」

大人達はそれぞれ自分の携帯があるんだから、誰のかわからない、しかも親からちょっと制限のかけられた携帯なんていらないだろう。

「花崎、明日の放課後まで待ってくれ。他の先生達に聞いておく。携帯にパスワードはかけているな?」

 クマ先生は職員室をぐるりと見渡し、困惑したように僕にそう提案した。

「うん、それは問題ないよ。別に電子マネー決済もできないし、クレジットカードも登録していない。なくなったら、親に言って新しく買ってもらうよ。」

「すまんな、もし見つからなかった時は、一緒に親御さんに事情を説明しにいくさ。」

先生からそう言ってもらうと、最新機種に変更できるかもしれないという期待がむくむくともたげてくる。それも悪くないかもな、と思って、クマ先生の提案に了承した。



僕が携帯を取りに行っている間、職員室の外で待っていてくれた光に事情を説明すると、「それはミステリーだな。」と言って、興奮しはじめた。

 僕が、あの携帯がなくなることに関して、特に感情を持っていないことを伝えると、光は少し考えて、僕に詰め寄った。

「ちょっと待て、薫。あの携帯が行方不明のままだと、ゲームの引継ぎができないぞ?」

光の詰め寄り方が、少し怖くて後ずさりながら、それもそうかも、と僕は思った。最新機種に変更できるかもしれない、という期待の方に気がいってしまっていたが、言われてみればその通りだった。あのゲームは、光から誘われて始めたゲームだったが、無課金でコツコツと頑張り、今ではそこそこのレアアイテムが集まっていたのだ。

「あー、忘れてた。あのアカウントを無くすのは惜しすぎるな。」

「そうだろ?俺たちも探そうぜ?」

「僕たちで探すのか?」

「そうに決まってるだろ。俺たちで探したって別にマイナスにはならないんだから。むしろ情報がより集まるんだから、プラスにしかならないってことだ。そうと決まったら聞き込み調査だ!」

光はそう言って、くるりと振り向いたかと思うと。職員室に背を向けて歩き出した。

僕はやれやれと、思う。光が張り切る時は碌(ろく)な事がないのだ。




「俺、遺失物ボックスの鍵の場所、知ってるぜ?ていうか、生徒で知ってる奴、結構いっぱいいるんじゃないか?」

「え?そうなのか?」

僕は、職員室から教室に戻る途中の廊下で、さっきのクマ先生との会話の内容をそのまま光に話すと、意外な答えが返ってきた。

「あぁ、職員室の入り口横のキーボックスあるだろ?あそこ。別に遺失物ボックスの鍵としてわざわざ教えられないんだけどさ。鍵に名前が書いてあるから、わかる。」

「そうなのか?でもあのキーボックス自体に番号式の鍵がかかってるじゃないか。」

僕は、職員室の壁に設置してあるキーボックスを思い浮かべながら、鍵の場所がわかっていたところで、「誰でも鍵を使える状態」ではないことを強調する。だが、光の話はそれだけではなかった。

「休日に学校を使う部活のキャプテンだけ、先生からそのキーボックスの開錠番号を内緒で教えてもらうんだよ。」

そう言って、野球部のキャプテンでもある光が衝撃的なことを言った。

「そうなのか?!」

「あぁ、休日に学校を使う部活は、たまに顧問の先生より早くきて部活の自主練を始めたりするからな。野球部と女子バスケットボール部と吹奏楽部とバドミントン部のキャプテンが知っているはず。手芸部とかは平日しか活動してない。」

 光は松原中学の部活で、休日に活動している部活を指折り数えて教えてくれた。

「意外に少ないんだな。」

「あぁ、基本的に顧問不足だから、休日の部活動は強豪の部しか許されてないんだとさ。それに、鍵の番号は一年に一回更新されるから、当代のキャプテンしか開けられない。じゃあ、まずはそれぞれのキャプテンに話を聞きに行くか。」

 そういって光は、校舎の二階の二年生の教室に向かっていった。


今はちょうど三年生が部活を引退して、高校受験に専念している時期だ。多くの部活がキャプテンを二年生に引き継いでいるという。僕たちは、野球部のキャプテンである光を除いて、女バスと吹奏楽部とバド部の三人に話を聞くことした。




「練習中にごめん、知念さん。」

僕たちは一番初めに女子バスケットボール部のキャプテン、知念美幸(みゆき)さんのところを訪ねた。最初は二年二組を訪ねたが、もう部活にいったと聞いたので、女バスが練習している体育館に向かった。僕は正直、昨日光から言われたことを気にしていたので、女バスにはできる限り近づきたくないと思っていた。もし体育館で藍沢さんを見つけてしまったら、動揺が光にばれてしまうかもしれない。その動揺を気づかれて、またからかわれるかも、と思うと、できる限り近づきたくないと思ったのだ。

僕はそんなことを考えながら、光と一緒に校舎からの渡り廊下を通って、体育館を訪ねた。

「今は基礎練だから大丈夫。どうしたの?高城(たかしろ)くん。体育館なら今週はちょっと無理よ?」

ダムダムと、腰を落としながら足元でバスケットボールをドリブルしている知念さんは、ほがらかに答えてくれる。知念さんは体育館の入り口のところにわざわざ来てくれた。その位置は体育館の中が見えづらい位置で、僕は正直ほっとした。

「いや、違うんだ。まぁちょっとそれもお願いしようとはしてたんだけど…。明日雨なんだよね。体育館ダメかな?」

 光は、キーボックスの質問をする前に、知念さんがふってきた話題を継続することを優先した。体育館の利用申請は、キャプテン同士の交渉によって、その権利が得られるらしい。

「実は先週の金曜日もバドミントン部に譲ったのよね。それで全然練習が足りてなくて。週末に練習試合があるから、本当に、明日は、ダーメ!」

知念さんはそう言って、バスケットボールを胸の位置に持ってきて、光に向かってパスをした。

「そっか、じゃあ仕方ないな。次は賄賂を持ってくるよ。」

そういって、光がボールを知念さんに返しながら、嫌味のないウインクをすると、知念さんは、ボールを受け取りながら「それは楽しみ!」と言って、くしゃっと笑った。

「で?この用事がメインじゃないんでしょ?」

 知念さんは、光の後ろにいた僕をちらっと見ながら、本来の目的へと話を戻してくれた。光は、僕を振り返ったあと、知念さんに向き直り、質問をした。

「うん、職員室のキーボックスの事なんだけど…。あのキーボックスの番号って、先生に教えてもらった?」

「え?えぇ…。」

知念さんは、僕を再度ちらっとみて、歯切れ悪く肯定する。おそらく「部外者にそんな事教えていいのか?」という視線だろう。光が慌てて事情を説明している間、僕はいたたまれなくなって、視線を外した。少し立ち位置を変えると、遠くの方に藍沢さんがシュート練習をしているのが見えてしまい、慌てて知念さんと光に視線を戻す。

「なるほど。私が携帯を盗んだかって聞きたいのね?」

 知念さんは、冗談交じりに笑いながら事情をくみ取ってくれた。

「まさか知念さんがそんな事するはずはないと思うけど、何か知ってたらと思って。」

「ふふ、ありがとう。結論から言うと盗んでないけど、今日の昼休みの時にキーボックスは開けたわよ。」

「そうなの?」

「うん。ちょうど新品のバスケットボールが届いたんだけど、部活の開始までに運ぼうと思って、体育館横の用度室の鍵が必要だったのよ。それで昼休みにキーボックスを開けて取り出したってわけ。」

どうやら、休日くらいしか開けることがないと思っていたキーボックスは、顧問の先生によっては、結構ゆるく管理されているようだ。

「その時に遺失物ボックスの鍵はあった?」

知念さんは、今度はバスケットボールを指先でくるくると回しながら、開けた時のことを思い出しているが、うーんと難しい顔をしながら、考えている。

「遺失物ボックスの鍵って地味だから全然気にしてなかったけど、開けた時に違和感がなかったからたぶんあったんじゃないかな?でも、自信ないかも。ごめんね。」

「遺失物ボックス自体は見た?」

「わからないんだよね…あそこごちゃごちゃしてるからさぁ…携帯あったかなぁ…なんかマジックとかハンカチとかあったのは覚えているのよ…。」

「そっか、ありがとう。」

「どういたしまして。あまり力になれなかったかも。見つかったら教えてね。」

 知念さんはそう言って申し訳なさそうな顔をしながら、部活に戻っていった。


「とてもいい子だろう?女バスの部員だけからじゃなくて、運動部全員から人望が厚いんだ、知念さんは。俺も大助かりさ。」

そういって光は、体育館から音楽室に向かう間、知念さんがいかに素晴らしい人かを力説してくれた。


次は吹奏楽部のキャプテン、剛(ごう)田(だ)雷人(らいと)くんを探した。

音楽室に行ったが、今日は部活自体が休みだということを、自主練習に励んでいる部員が教えてくれた。剛(ごう)田(だ)くんのクラスである三組に行くと、ちょうど部室へ移動するところだった。そんな剛田くんを引き留めて、そのまま教室で話を聞くことにした。

「どうしたんだ?光?」

光は知念さんの時と同様に、剛田くんにも説明する。運動部同士でのつながりはなんとなく理解できるが、文化部である吹奏楽部ともつながりがあるのか、と思って部活同士の関係性に思いをはせていると、剛田くんは、驚くことを言った。

「あぁ〜どうだろうな。実は今日の二限と三限の間に遺失物ボックス開けたんだよ。」

「え?そうなの?」

 僕と光は同時に驚いた声を出した。

同じ日に、あの腐海の森のような遺失物ボックスが二回も開けられたのか、と思うと、なんだか運命的なものが働いたのか、と疑いたくなる。

「あぁ、でもその時にはたぶんその携帯、あったぞ?」

「ちょっと待ってくれ、なんで剛田くんは遺失物ボックスを開けたんだ?」

僕はそのちょっとした驚きから戻ってくると、光を押しのけて質問した。クマ先生が『朝にはあった』と言っていたから、それより後に開けた剛田くんの証言は、現状携帯の行方が確定する最新の情報ということだ。もし剛田くんが僕の携帯を持っていたら、理由はどうあれ、見つかったことになるんだから、万々歳だ。そんな期待がでてしまったのか、剛田くんは僕の剣幕に少し面食らってしまったので、あわてて説明した。

「あ、ごめん。僕、一組の花崎薫だ。その無くなった携帯の持ち主で、光と一緒に探しているんだ。」

 もう一度時系を追って携帯がなくなった経緯を説明すると、「なるほど、俺の話は重要な情報だな」といって剛田くんは続きを説明してくれた。

「最初に言っておくと、俺は携帯を盗もうと思って遺失物ボックスを開けたわけじゃない。遺失物ボックスを開けたのは、間違えたんだ。」

「間違えた?あのわかりやすい透明なクリアケースなのに?」

「間違えたのは、箱じゃなくて鍵だ。あの遺失物ボックスの隣に、音楽室の利用申請を提出するボックスがあるのを知っているか?。」

 剛田くんはそう言って、鞄の中からクリアファイルを取り出し、間に挟まっている利用申請書を見せてくれた。

 そこには、音楽室や家庭科室、多目的ホールといった、校舎内の部屋を〇で囲む項目や、申請部活名を記名する項目などが書かれていた。

「文化部は、この利用申請書を提出ボックスに出すんだけど、来週の申請予定をまとめようと思って、鍵を開けようとしたんだ。俺、吹奏楽部の部長でもあるが、文化部連合長でもあるんだ。だから、文化部のそのあたりの調整は俺の仕事なんだよ。」

 剛田くんはへへっと笑いながら鼻の下を指でなでた。部活のキャプテンたちは、それぞれ何かと忙しくしているようだ。僕は、話を聞きながら尊敬の念を覚えた。剛田くんは、それで、と説明を続ける。

「それで、本来なら月曜日にその作業をするはずだったのが、忘れてて今日になっちゃってさ。焦って取り出そうと思ったら、利用申請ボックスの鍵と遺失物ボックスの鍵を間違えたんだ。利用申請ボックスが開かないから、あれ、おかしいなと思って試しに遺失物ボックスを開けてみたら、開いたってわけだ。それで、『あ、これは間違えたな』と思ってまた利用申請書の鍵を取りに行ったよ。」

「あー、鍵って全部似てるもんな。」

光がうんうんと同意する。キーボックスにかかっている鍵は、よくある見た目に、プラスチック製のラベルが付いており、そこにマジックで鍵の種類が書かれているようだ。音楽室なら『音楽』、多目的ホールなら『ホール』といったように。ものによってはマジックがはがれており、見にくくなっているものも多いと言う。

「それで、剛田くんが遺失物ボックスを開けた時は、僕の携帯はあったんだな?どんなやつだったか覚えてる?」

「あぁ、覚えてるぞ。iPhoneで、黒いケースに地下アイドルのシールが貼ってあっただろ?」

剛田くんは、ニヤニヤしながら、僕の方へ視線を投げかけた。

「それだ!」

僕は自分の携帯のケースに、大好きな、今をときめく地下アイドルバンド『めちゃ☆美少女革命』のロゴステッカーを貼っているのだ。地下アイドルを応援していることは、特に隠していないし、なんならそのバンドのギター担当、エイミちゃんの指さばきは、ぜひ一度見てみるべきだと、力説したいくらいなのだが、剛田くんのニヤニヤとした笑顔の真意を探りかねて、僕はさらっと受け流した。

すると、机の上に座って話していた剛田くんは、立ち上がって僕に握手を求めてきた。

「花崎、俺も『めちゃ☆美少女革命』、好きなんだぜ。今度一緒にライブ行こう。」

思わぬ方向に話がいって僕は面食らったが、じわじわと手汗が広がり、嬉しさが抑えられなくなった。そして、もちろんその提案は、すぐにでも実現したい、ということを伝えて、がっちりと握手をした。

それを見ていた光は、とりあえずぱちぱちと拍手をしていた。


「話を聞かせてくれて、ありがとう。」

 僕と光は、そういって剛田くんと別れようとしたが、剛田くんは一度興味を持ってしまった手前、携帯の行方が気になるようだ。

「いや、俺もちょっと気になるし、バド部のキャプテンから話を聞き終わったら合流してもいいか?部室で文化部の利用申請のシフト組をするから、それが終わったら職員室に行くよ。どちらにせよ、先生にシフト表を提出しなきゃいけないからな。」

「あぁ、いいよ。職員室に集合だ。」

僕と光は、そう言って剛田くんと別れた。


次に話を聞きに行ったのは、バドミントン部の清水久美さんだ。

清水さんは僕たちと同じクラスで、二年一組だ。まずは教室に行ったが、清水さんはいなかったので、軽く周囲を探しながら体育館に向かう。すると、トイレから出てくるところを見つけたので、そのまま廊下で引き留めた。トイレから出てくるところを男子から引き留められるという状況が恥ずかしかったのか、清水さんは怒っているような表情でしぶしぶ立ち止まって話を聞いてくれた。今度は僕が、さっきの二人の時と同じように事情を説明すると、清水さんは少しぶっきらぼうにこたえる。

「キーボックスは開けたけど、遺失物ボックスの鍵があったかどうかは覚えていないわ。遺失物ボックスに花崎くんの携帯も、たぶんなかったわね。」

清水さんは、短いけれど、きれいに手入れのされた自分の手の爪を触りながら、こちらを見ようともせずに答えた。

「いつ開けたんだい?」

光が清水さんの機嫌など意に返さずに質問すると、爪からようやく目線を上げて答えてくれた。

「今日の五限目終わりよ。ところで、先週の木曜日に体育館を使ったのは野球部よね?」

 清水さんは、こちらの質問にはもう答えたわよ、と言いたげな表情で、逆に光へ質問を返した。

「そうだけど…。」

「体育館の床はちゃんと掃除してよね。少し砂が残っていたわ。野球部は普段グラウンドで練習しているんだから、備品を体育館に入れるときは、ちゃんと土を入れないようにして欲しい。体育館の床が傷つくと良くないと思う。」

「ああ!ごめん。最終チェックが甘かったかもしれない。体育館を適当に使っているわけじゃないんだ。次からは気をつける。」

清水さんの怒涛の勢いに、さすがの光も申し訳なさそうにしていると、しょうがないわね、というようにため息をついて清水さんは教室の方へ戻って行った。

清水さんに対して僕たちは、それ以上に詳しく話を聞けなかったので、剛田くんと約束した職員室へ向かった。もう一度三人で遺失物ボックスを確認するのだ。


「さて、情報は集まったぞ。」

光は、いかにも探偵風に腕組みをして、職員室の端にある小さな応接スペースのソファに座っている。簡単な用事の訪問者に対しては、先生たちがよくこのソファを使っているのだ。たとえば、学校内の備品を取り扱ってくれる卸業者さんだとか、特別授業の先生だとかが来ているときだ。パーテーションで簡単に区切られ、対面の二人がけソファと、真ん中にこじんまりしたローテーブルが設置されている。その横にある、これまたこじんまりした棚には、湯沸かしポットとティーバックのお茶が設置され、休憩時間には先生たちの休憩スペースとしても利用されている。職員室に抵抗のない一部の生徒たちは、たまに勝手に使用して、形だけの軽い注意を先生から受けているのをよく見かける。

 僕たち三人は結局、光にならってその応接スペースに居座った。

「携帯が盗まれたのは、今日の朝から放課後の間だ。そして、遺失物ボックスの鍵が保管されているキーボックスを開けたのは、吹奏楽部の剛田くん、女バスの知念さん、最後にバド部の清水さんの三人で、開けた順番もその通りだ。」

 光が、今までわかったことを、つらつらと説明し始めた。

「そして、俺が遺失物ボックスを開けた二限目終わりの休憩時間には、その携帯はまだあった。」

 光に触発されたのか、剛田くんも探偵気取りで足を組み、それっぽく語りだした。

「あぁ。それで、昼休みにキーボックスを開けた女バスの知念さんの時も、五限終わりにキーボックスを開けたバド部の清水さんの時も、携帯が遺失物ボックスにあったかどうかは曖昧だ。おそらく、携帯が盗まれたのは、昼休み以降だな。」

僕は、二人の言葉に続けて、残りの情報を整理する。

「問題は誰がってとこだけど。あれ?」

「どうしたの?剛田くん。」

「いや、なんか、遺失物ボックスが、朝見た時と違うんだよなぁ…」

「携帯がないからじゃない?」

「いや、携帯じゃなくて…」

 剛田くんは、ソファから立ち上がり、遺失物ボックスへと近づいていく。そして、上からや横からなど、いろいろな角度からぐるっとアクリル板の中をのぞき込んで確認した。そして、剛田くんは、何かを思い出したようにぽんと手をうった。

「あの変な形のマジックがないな。」

「マジック?」

「あぁ、変な形なんだ。ボディが白でフタが黒の、あのよくある細めのマジックなんだが、あのマジックより少し太くて短くて…。」

 剛田くんは、指で大きさとロゴを伝えてくれるが、僕にはピンとこない。「お前はわかるか?」というように光の方を見ると、光は何か考え込んでいた。

「もしかして、それってこんなやつ?」

光は自分の携帯を取り出して何かを検索し始めた。そして、出てきた画像を剛田くんに見せた。

「それそれ!」

 剛田くんは、その画像が自分の見たものと、どんぴしゃだったことに感心しながら光を見た。光は、自分の携帯をポケットに戻しながら、その画像の代物がなんであるかを説明する。

「俺、高校生の姉ちゃんがいてさ。姉ちゃんがよくこれを学校に持っていってるんだ。そんで、家でもその辺においているから、たまに間違って開けちゃって、怒られる。」

「これはなんなんだ?」

 僕と剛田くんは、そのマジックがなんなのか、まだ理解できていない。

「見た目がマジックなんだけど、フタを開けると実はリップグロスなんだって。」

「なんだそれ?」

「リップクリームみたいなやつだよ。女子が唇に塗るやつ。俺も塗られたことあるんだけど、変な味がするし、べとべとするから気持ちわるいんだ。でも姉ちゃんは、おしゃれは我慢、とかいって毎日これつけて学校いっているよ。これだったら筆箱に入れておけば先生にはわからないから、女子はみんな持ってるってさ。」

「へー!」

可愛くなりたい女子の執念はこんなグッズにもなるのかと、おしゃれに疎い僕たちは感嘆の声をだした。

「確かに、吹奏楽部の部員の女子が持っていたかもしれない。俺は化粧品なんてわからないから、全然気にならなかった。」

「でも、一度見たことがあったから、遺失物ボックスでも目に入ったのかもしれないね。」

「そうかもな。」

 そういって僕たちはさっきの応接スペースのソファへ戻った。



「消えたのが携帯とマジックの二つになったな。犯人は何がしたいんだ?」

 剛田くんが腕を組みながら、天井を仰いでうーんとうなった。

「僕、犯人がわかったかも。たぶん、盗んだ動機も。」

 今までの一連の情報から、僕はなんとなく、そうじゃないかな、という人物が浮かんできた。

「え?薫、犯人がわかったのか?」

「たぶん、だけどな。」

「誰なんだ?知念さんか?清水さんか?」

「清水さんじゃないか?知念さんがそんなことするはずないもん。」

光と剛田くんは、深く座っていたはずのソファから身を乗り出して、僕に犯人とその理由を話すよう詰め寄ってくる。

「いや、まぁ…。ごめん。ここまで付き合ってもらって悪いんだけど、僕一人でその犯人さんから返してもらって来てもいいか?」

僕は、犯人が分かると同時に、一人で行かなければと思ったのだ。

「いいけど、じゃあ今から薫は犯人のところに乗り込むんだ?」

「それ、俺たちもこっそり着いて行っていいか?」

わくわくした二人から、有無を言わさない勢いで迫られてしまった僕は、しばらく考えた後、「あぁ、いいけど、『遠くで』見ていてくれ。」と念を押した。


僕は、バドミントン部が練習しているグラウンドの端に向かった。今日は女バスが体育館を占領しているので、バドミントン部は外のグラウンドで基礎トレーニングと素振りをしているそうだ。

「ごめん、清水さんを呼んでくれないかな?」

僕は、近くにいた部員に清水さんを呼んでくれるように頼んだところ、呼ばれた清水さんはびくっと体を飛び上がらせ、こちらを振り向いた。

呼び出されると思っていなかったからか、焦りで口をパクパクさせながら、早足でこちらに向かって歩いてきた。

その後、清水さんと僕は、体育館裏の人気がない場所に移動した。そこにある大きな木の陰には、光と剛田くんが隠れている。ここなら会話は聞こえないだろう、というところで止まって、お互いに向き合いながら話をした。

「何かしら?」

清水さんは僕と目を合わせることなく、下をむいて答える。

「僕の携帯、持っていたら返して欲しいんだ。黒いケースに、アイドルのステッカーが貼っているやつなんだけど。」

 僕は、前置きもなく単刀直入に呼び出しの目的を伝えた。清水さんは、僕が携帯を探していることを知っていたはずだから、きっと何もかもわかっているに違いない。

「……。」

永遠に感じられるような数秒間の沈黙の後、ようやく清水さんが僕と目を合わせた。

「なんで、私が持っているってわかったの?」

少し震えるような声から、清水さんが勇気を絞り出しているのがわかる。もしかしたら泣いているかもしれない、と思わせるほど、小刻みに肩が揺れている。

「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだけど…。二限目に剛田くんが遺失物ボックスに僕の携帯があることを見ていたんだ。それで、盗んだ人は昼休みにキーボックスをあけた女バスの知念さんか、五限に開けた清水さんのどちらかに絞られた。それで…」

清水さんは、もしかしたら本当はそれを望んでいなかったかもしれないが、僕は推理を続ける。

「それで、遺失物ボックスから無くなっているのは僕の携帯だけじゃなくて、マジックに似たリップグロスも無くなっている、ということに剛田くんと光が気付いたんだ。知念さんは遺失物ボックスにマジックがあったかも、と証言していた。だから、清水さんが怪しいと気づいたんだよ。それに、さっき僕と光が一組の教室に行ったとき、もしかしたら僕たちの姿を遠目でみて、急いでトイレに駆け込んだんじゃないかな。そして、出てきた時には少し唇が光っていたように思ったんだけど…。」

「していたわ…トイレでグロスを塗ったの…。」

清水さんは観念したのか、真っ赤になりながら、消え入りそうな声で認めた。

僕は気にせずに推理を続ける。

「それで、その落としたリップグロスが遺失物ボックスにあるのを見つけた清水さんは、それを回収するときに僕の携帯を見つけて一緒に盗んだんだ。違うかな?」

「そうね…。ごめんなさい。返すわ。鞄に入っているからちょっと待っていて。」

清水さんは、少しふらふらしながら、ロッカーの方へ携帯を取りに行ってくれた。


「どうして僕の携帯を盗んだの?」

僕は、戻ってきた清水さんから携帯を返してもらいながら聞いた。

「それは…。」

どうしても言いたくないのか、言い訳を考えているのか、清水さんは唇をわなわなと震わせながら、考え込んでいる。僕は、清水さんが言葉を発する気がなさそうだ、と思い、また推理を続けた。

「ごめん、勘違いだったら申し訳ないし、とっても恥ずかしいんだけど、清水さんは僕のことが好きだったりする?」

僕は、自分の心臓の音が、バクバクと少し大きくなっているのを感じた。自分で言うのも恥ずかしかったし、もしかしたら自意識過剰かもしれない、というちょっとした心配もあったが、耳まで真っ赤になっている清水さんを見ると、よかった、間違いじゃなかったんだ、と安堵した。清水さんは、真っ赤になりながら泣きそうな顔を見せた後、その場にしゃがんで手で顔を覆い黙ってしまった。

「大丈夫?清水さん。」

 僕はしばらく清水さんがそうしているのを見ていたが、あまりに長いなと感じたので、声をかけた。

「………くん…です。」

すると、清水さんが顔を覆ってしゃがみながら、何かを離したが、僕は聞き取れなかった。

「え?」

 聞き返すと、清水さんが観念したかのようにゆっくりと立ち上がり、相変わらず手で顔を覆いながらだったが、今度は大きい声で話してくれた。

「花崎くんが好きです。」

顔が小さいのか手が大きいのか、顔をすっぽりと覆う手から、唯一見えている耳が真っ赤になっている。そうやって声を絞り出している様子は、文句なしに可愛らしいな、と僕はこっそり思った。


「言わせてごめんね、ありがとう。」

僕は清水さんの緊張をほぐそうと、できるだけやわらかい声でお礼を言う。

「なんで、私が花崎くんを好きだってわかったの?」

 清水さんは本日二度目の「なんで」を尋ねた。

「まずは、清水さんが僕の携帯を盗んだ理由なんだけど、こないだ光が僕のアカウントでSNSに拡散した、弁当の動画が原因なんじゃないかと思って。あの動画、体育館が後ろに映っていて、そこに清水さんがいたんだ。確かにあの時、昼休みに体育館使ってたから映っちゃったんだね。」

 僕は、清水さんが僕の携帯を盗んだのには、相応の理由があったはずだと思った。でなければ、遺失物ボックスを開けた時に盗む必要はないし、探している時に返してくれたらいい話だ。それはどんな理由だろうと考えた時に、清水さんと僕をつなぐものはそれしかなかった。盗んだ動機も当たっていたようで、清水さんは、そのまま自分の言葉で僕の推理の補足をした。

「その通りよ。私、バドミントンが大好きなんだけど、バドミントンをしてる時の自分は全然かわいくなくて…。好きな人の携帯に、そんな動画が残っているって思ったら思わず…。それに、目線が花崎君を追っている自分がいて…。恥ずかしくって、消したかった。」

「なるほどね。」

 やっぱりそんなかわいらしい理由だったのか、と思った自分が、相当浮かれていることに気が付いて恥ずかしくなってきた。

「光が金曜日に、体育館で誰かが僕を好きっていう話を聞いたんだよね。申請のホワイトボードは女バスになっていたけど、実際にあの時使っていたのはバド部だね。」

僕は最初に聞いた知念さんの言葉を思い出して、清水さんに確認した。

「あの時の会話、聞かれていたの?」

 清水さんは、また顔を赤くして驚いた。

「光が聞いたんだよ。」

 僕は、やんわりと訂正して、教室での光とのやり取りを思い出していた。光は、女バスのマドンナ『くるみちゃん』と聞き間違えていたが、正解はバド部の『久美ちゃん』だ。いつもお騒がせな光だが、今回の間違えは仕方のないところかもしれない。


僕は、最後に光と剛田くんが木の陰にちゃんと隠れていることを確認して、清水さんにお礼を言った。

「携帯、返してくれてありがとう。あと僕、清水さんがバドミントンしている姿、好きだけど。」

そう言うと、清水さんはこれ以上ないくらい、ゆでだこのように赤くなった。



その後、光と剛田くんに、携帯が帰ってきたことを告げると、光と剛田くんはニヤニヤとしながら「それで?」と聞いてきた。二人は、僕と清水さんとの会話をばっちり聞いていたそうだ。


本当に、禄なことがない。

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【短編】これは恋が原因です。 佐藤純 @kuro_cco

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