第40話 ガーデナー

「えっ!?」


 素っ頓狂な声を上げたのは、俺だったか、クロスだったか。

 反射的に、腕を引っ込めてしまう。


 残された6本目の腕は、陶磁器のように艶やかだった。


「リュウズ!? なんでお前が!?」


「……はい。ワタシも仲間に入れて頂きたく参りました」


 6人目――リュウズが、しずしずと言った。

 ジャングルを分け入ってきたらしく、ワンピースの裾が緑に汚れていた。


「ア、アンタ、NPCじゃないの? 何で町から出れんのよ?」


 クロスの言うとおり、『ガーデン』のNPCは基本的に町から出ない。

 イベントNPCとしてエリアに配置される者もいるが……少なくともリュウズはそうではない。


 ここにいるはずがないんだ。


「ワタシにも理由はわからないのですが……どうも今のワタシは軽装剣士のようなのです。であれば、みなさまのお手伝いが出来ないか、と……」


「そんなバカな。リュウズのワンピースだと、アクションさせると足が衣装を貫通してしまう。だからアクション自体想定していないんだが……」


 3Dモデルあるあるで、ゲームのキャラにミニスカートが多いのは、単に嗜好だけの問題ではない。


 技術的な問題で、動かした足がスカートのポリゴンを貫通してしまうためだ。

 見た目として、まるで壁抜けする幽霊のように足が飛びだすので、非常に違和感が出てしまう。


 色んなゲームを見て頂くとわかるのだが、3Dモデルを使ったもので、ロングスカートのキャラのアクションはほぼ存在しない。


 全モーションに手付け修正すれば、不可能ではないが、コストがかかりすぎる。


「……え? 貫通などしませんが……」


 そう言って足を持ち上げ、ワンピースの中で動かすリュウズ。

 実際のワンピース同様、布が持ち上がるだけで、足が布を貫通することない。


 当然と言えば当然なのだが、ゲームとしてみれば異常だ。


「ふむ……そういうことか」


 ストリンドベリが顎髭をさすりながら言った。


「貴方には、原因がわかるのか?」


「無敵解除のバグの話をしただろう? あれは、NPCのデータ管理IDを、プレイヤーキャラの管理IDと誤認させるものなのだ。つまり、パラメータシートのチェックをいじるのではなく、IDをずらしてしまうバグなのだが、これは8ビット機の時代によく見られたデータの持ち方をこの時代でもしているためで、現代では稀有な――」


「ちょ、ちょっと待った! 何言ってるか全然わかんねえ!」


「……俺の組んだプログラムに穴があったってだけの話だよ。リュウズは最古のNPCで、俺の素人プログラムが残ってるキャラだからな……」


 穴があったら入りたい……。


「まーまー☆ いーじゃんいーじゃん、リュウズをパーティに入れるなんて、バズるの間違いなしヨ~。うー早く戻って動画にした~い!!」


「で、では、ワタシもパーティに加えて頂けるのですか?」


「意義なし☆ 誰か不満あるヒトいる~?」


 一人だけハイテンションなアキヤマだが、異を唱えるものはいなかった。


「うん、リュウズの加入法案は反対無しの賛成多数で可決されました☆ にゃっは・ふー!」


 リュウズは、おずおずと俺の方を向く。


「よ、よろしいのですね、シグマ様。正直申しまして、反対されるかと……」


「……まぁ、そういう気持ちがなかったわけじゃない。仕様意図としてはバトル用のキャラじゃないからな。だけど、前にも言ったろ。お前はもう俺の想像なんか超えてる。俺の想定通りなら、さっき足がスカートを貫通してただろうさ。お前はもう生きている一個の人格だ。その意志を尊重したいんだ」


「ありがとう……ございますっ!」


「そうかしこまらないでくれ……仲間なんだからさ」


 そう言って、再び拳を突き出す。


「はいっ!」


 リュウズは笑みを浮かべ、拳を突き出す。

 それに呼応するように、他の三人も拳を突き出した。


 今度こそ、六角形が生まれる。


 そこにゲーム的な意味は無い。

 意味は無いが……意味はある。


 俺は、正式に『ガーデナー』の仲間になったのだ。


『ガーデナー』、いい名前だ。


 邦訳すれば庭師。

 ガーデンを管理するもの。


 顎を引き、空を見上げる。

 薄く曇ったそれは、何も映さない。


 だが、その先に何があるかはわかっている。

 だから、睨みつける。


「見てろよ王魔……! 庭をみんなに返してもらうぞ……!」


 絶対に。

 俺たち『ガーデン』で成し遂げてみせる。


 ……と。


 そういえば、仲間になるんだったら、はっきりさせておきたいことがある――


「……そうだ、クロス。一つだけ話がある」


 俺は、クロスに向き直り、その青い瞳を見据えて言う。


「えっ? ……なっ、なに……?」


 急に焦ったように挙動不審になるクロス。

 手をばたつかせて、瞳をきょろきょろさせている。


 ……そうか。お前も俺と同じコミュ障だもんな……急に話しかけれればそうもなるか。


「心配するな。そんな大した話じゃない」


「は?」


「おたんこなすに「び」は要らないと思うぞ」


「……っ!」


 次の瞬間、頬を小気味のいい音と共に衝撃が駆け抜けた。


「このっ、おたんこなすびっ!!」


 ああ、治らないか。

 でも、それも似合ってるし、まぁいいか。


 そう、思った。


(第一部完)

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俺の作ったゲームに転生したら殺意が高すぎる誰が作ったんだ がっかり亭 @kani_G

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