第3話 次回作にも期待!
気がついたら、また、ベッドの上で寝ていた。
今度の天井は白いパネルにLEDのライトだった。
たぶん、病院だ。
『騎士道スパイラル』の世界観にLEDはなさそうなので、たぶん俺は現実に帰ってきた。
俺の本名を呼んで泣く女性がいる。ピンクのロングヘアの美女ではなく、白髪交じりだった髪をブラウンに染めたショートヘアの中年の女性はもうすぐ五十歳になる俺の母親である。
「やっと目を覚ました……! もう一生このままなのかと思った! よかった……!」
水仕事でカサカサの手で頬を撫でられた。まあ、悪くない。心配させちゃってごめんな、母さん。歩きながらボンバーを読んでいた俺が悪いよ、反省する。
「ここ、病院?」
問いかけるために出てきた声もやっぱり声優さんのイケボではなくて、等身大の高校生の俺の声だった。
「そうだよ。あんた、下校中に車で轢かれて。相手は現行犯逮捕されたから安心してね」
「俺、怪我してる?」
「頭の傷が一番ひどかったけど、意識が戻ったんなら峠は越えたんだね。脳波には異常はないって先生も言ってたし、もう大丈夫だってお母さん信じてるから」
看護師さんと思われるライトブルーの制服の女性も「もう大丈夫ですよ、心配せずによく寝てくださいね」と微笑んでいる。
「俺、意識なかったんだ……」
その間に見た夢が『騎士道スパイラル』の話だったのかな。
……ん?
待てよ?
「母さん、俺、何日くらい意識がなかった?」
母さんが目をぱちぱちさせる。
「今日でちょうど一週間だよ」
「じゃあ、今日火曜日ってこと?」
「そうだよ」
俺は慌てて起き上がった。
「ボンバーの発売日じゃん!」
母さんも看護師さんも声を上げて笑った。
「あんた、そんなこと言ってるから車に轢かれるんだよ!」
「ごめんなさい……でも俺――」
「買っといてあげたから。起き上がれるんだったら読みなさい」
母さんが天使に見えた。
「ありがとう!」
俺が威勢よく言うと、母さんはベッドサイドに置いてあった紙袋から分厚い雑誌を取り出した。週刊少年ボンバーだ。
急いでページをめくった。
案の定、『騎士道スパイラル』は最終回だった。打ち切りだ。しかし最終回スペシャルとして一挙七十ページが掲載され、トロイとフライハイトの一騎討ちからトールの封印、そしてエピローグまでがしっかり描写されていた。
最終回のフライハイトは、俺がしたように命乞いをしていた。そして俺が見たのと同じように、トロイはフライハイトを許した。
よかった。
エピローグにはフライハイトのその後も一ページ分描かれていた。闇の国を追われて光の国に引っ越したこと、リーリエが無事に赤ちゃんを産んだこと、近所の子供たちに剣術を教えて後半生を過ごしたことなどが明言されていた。
フライハイトはトロイ側に寝返った騎士として世界じゅうに叩かれていたようだが、リーリエとその赤ちゃんに寄り添う彼は幸せそうだった。
これでいい。
これでいいんだ。
推しは、天寿をまっとうして、妻と息子に見守られて穏やかに死んだ。
最高のハッピーエンドだ。
打ち切りになってしまったので結局どうしてあのフライハイトがトールに必死で仕えていたのかよくわからないまま物語は終わってしまった。けれど、トール以外はみんな丸く収まったので、もう、いいだろう。
打ち切りにならないのが一番いいけど、ハッピーエンドなら多少は慰められるというものだ。
作者の次回作に期待する。
また、おもしろい話を描いてくれますように。
俺は、一度、ボンバーを閉じた。そして、ベッドに横になった。次に目覚めた時には、他の連載作品も読もう。なにせ俺は事故のせいで強制的に長期休暇にさせられそうな気配なので、これを機に『騎士道スパイラル』の作者の過去作を読み返したり他の雑誌を読んだりしてもいいな――などなどと思いながら眠りについた。
<おしまい>
推しよ、死ぬな、俺がお前を救ってみせる 日崎アユム/丹羽夏子 @shahexorshid
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます