第10話 夢日記リレー
夜の闇はとても冷たかった。
彼女は夜道を歩いた。
彼女は廃工場の前までやって来た。
彼女は名前を呼んだ。
彼女の足元に一匹の猫がやって来た。
彼女は猫を撫でた。
「ごめんね…」
彼女はナイフを振り下ろそうとした――そして、やめた。
「無理だよ…。そんなこと…できるわけない!」
彼女は座り込み、涙をこぼす。
そしてまた、猫を撫でた。
「あ〜寒い日に食うアイス旨っ。ところで知ってるか?『黒いノート』の話」
「薮から棒だな。デスノートか?」
体育管理室に無断で入り込んだ私達は取るに足りない雑談をしていた。そのはずだった。
「なんだ。知らないのか?近頃この学校でまことしやかに囁やかれている謎多きノートの話だ」
「いいや、全く」
「いや〜この学校にも七不思議やら都市伝説の類が出来たんだなー。俺は嬉しいよ」
木倉は手に持っていたアイスバーを完食すると棒をポケットティッシュで包んで学ランのポケットに入れた。
「なんでも、夢に見たことをそのノートに書いて次の人に渡すんだとさ」
「夢日記のリレーってことか」
「そうそう。んで、この話の面白いところが…『前の人が書いた日記を現実でそっくりそのままトレースする』んだってよ」
ほう。それは…。
「無理だろ。空を飛ぶ夢とか見たらできるわけないじゃないか」
「噂だからな。本当かどうかは知らん。しかしなぁ、そこにロマンがあるんじゃないか。そうだろ立川?」
怖いねぇ。もし殺傷に関する夢を見てしまったらどうするんだ。私はそんなホラーにロマンは感じない。
「私はそろそろ行くからな。委員会で面倒な仕事を頼まれてるんだ」
「そうか。頑張れよ」
私は体育館を出た。最近は暖かい日が続いていたが、今日は珍しく寒い。
冷えた両手をポケットに突っ込み渡り廊下を歩いていると柱に寄り掛かっている女子生徒がいた。ひどくぐったりとした様子だ。思わず声をかけた。
「あの、大丈夫?体調が優れないなら保健室に行った方がいいよ」
彼女は一瞬こちらを見たが、すぐに視線を逸らして言った。
「大丈夫…。少し立ちくらみを起こしただけ」
「そう?…じゃあ、気を付けてね」
私はその場を立ち去る。委員会の仕事が終わったのは日が傾き始めている頃だった。
「……どう見たってソレだよな」
仕事が終わりさて帰ろうと誰もいない廊下を歩いていると何かが落ちていた。
黒い表紙のノートだ。なるほど…タイムリーすぎて笑えないな。
私はノートを拾い上げた。
もしかしたら誰かが落として困っている可能性も無きにしも非ず。おーっと、指が滑ってノートを開いてしまったー。
少しの興味で開いた、ただそれだけだった。
「何だ……これ」
○月△日□曜日
前の人が自転車道路をランニングする夢か…。面倒だけど自転車道路から帰ることにしたよ。途中、小鳥の死骸が落ちててすごいビビった。
小鳥の死骸を体育館裏に埋める夢を見た。夢って記憶の整理だって言うけど本当なんだね。
○月△日□曜日
さすがに小鳥の死骸なんてものは滅多に落ちているわけがない…と思っていたけど自転車置き場に落ちてた。触りたくないから悪いと思いながら足で用水路に流した。
大きな鳥に喰われる夢を見た。やっぱ恨まれてる?
○月△日□曜日
大きな鳥なんていないし、そもそも食べられるとか冗談じゃない。やってらんない。
パンケーキの上で跳ねる夢を見た。
これで満足?
○月△日□曜日
前のやつやる気なさすぎ マジ腹立つ まぁ俺はルールは守る主義だからちゃんとやるけど?パンケーキの上で跳ねる?こいつ面白すぎwww
パンケーキ食いに行ったからかな、嫌いなやつにケーキ投げつける夢見たわw
○月△日□曜日
とりま嫌いなやつの下駄箱にラブレターぶち込んで体育館裏に呼び出して物陰からかじりかけのクリームパン投げてダッシュで逃げたわ
全っ然関係ないけど彼女と遊園地行く夢見たわ
………自由というか…最後にいたっては大問題じゃないか。まったく、品がないことをするやつもいたものだ。しかし他にはどんなことが書いてあるんだろう。
ページをめくろうとした瞬間、肩に手を置かれた。
「うぉ!?」
振り返ると木倉がいる。
「おう、わりぃ。ちょっと驚かせようと思っただけだ」
「充分に驚いたさ」
「そりゃよかった。ところでそれ…」
木倉は私が手に持っているノートをしげしげと見た。
「お前が今考えてる通りの品だよ」
「例のブツか?」
「そうらしい」
「ほほう、それは…。落とし物箱にでも入れとくか?」
「それが…どうやらほっとくわけにもいかない問題ある品らしい」
開いているページを木倉に見せる。
「……ふむ、なるほどなぁ。じゃあ燃やすか」
「大胆だな」
「悪の根源を断ち切るのだよ」
「でも燃やすにしたってどこで?野焼きは禁止なんだぞ」
「どうすっかな~。じゃあゴミ捨て場のゴミ袋の中に混ぜとこうぜ」
そう決まると私達は昇降口の近くにあるゴミ捨て場に向かった。ゴミ袋がいくつか積まれている。木倉はその中の一つの口を解いて顔をしかめた。
「どうした?黒い虫でもいたか」
「いや、黒いノートだ」
見るとゴミの中に黒い表紙のノートが紛れていた。
「こいつはなかなか厄介な感じがするなぁ」
風がとても冷たい夕暮れ時だった。
盾と槍の事件簿 流木 @ryuuboku
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