第9話 苦手意識
冬休みが明けてから一ヶ月ほどたった。
三年生は受験シーズン。我々二年生も本格的な進路決定に向けて動き出す時期である。
それに加え学生には定期テストという鬼門が存在する。社会に出てもそうだろう、人間性を試され続ける。故にこの苦悩に終わりはない。
「ああ、まったく。人間ってなんて面倒な生物なんだ!」
放課後の教室で私は嘆いた。
「ほほう。お前らしくもない。人間ほど楽しい生物はいないと思うぞ。俺は」
私の一つ前の席を陣取ってやつは嘯いた。
「楽しそうだな。木倉よ」
「ああ楽しい。毎日が楽しい。空から飴でも槍が降ってきたって楽しい」
「そうか、良かったな。やはり人間はハズレ枠だと今確信した」
「なぁ、そう言うなよ。考えてもみろ、例え犬や猫に生まれたとしてもだ。それが野生なら人間となんら変わりない。生存競争、縄張り争い、弱肉強食の世界。ちなみに俺は犬派だ」
「私は猫派だ」
木倉は肩をすくめた。
「わかってないな~。わんこの素晴らしさを。まぁ、昨今の多様性に免じて見逃してやろう」
口の減らないやつめ。
「さてと、私は帰るぞ。お腹が空いた」
「立川。お前電車か?」
「私は電車じゃない」
「くだらないこと言うなぁ。雪が積もってて自転車に乗れないから電車通学してるのかと訊いてんのさ」
「そうだが何だ?用事でもあるのか」
木倉はグッと親指を立てた。
「おう!駅の近くに新しくラーメン屋ができたんだ。食いに行こうぜ」
むぅ。どうしようか、どう断ろう。
駅前にラーメン屋がオープンしたことは知っている。この前駅の近くを通りかかったときに食べに行こうかどうかと一瞬考えたのだから。ラーメンは美味い。しかし、私は他の人よりもその美味しさを堪能することができない。
家族とならいい。だが、一人でラーメン屋に入るにあたってそれは深刻な問題だった。せっかくの麺というジャンルを無様に食すことになる。
「…私は早く帰ってテスト勉強でもするよ」
「テストはもうちょい先だろ。行こうぜ」
確かにそうだが…。下手に断るのも不自然か?
「…わかった。食べに行こう」
私達は駅へと向かった。
駅から歩いて30秒。本当に駅近だ。
「なぁ、木倉。ここラーメン屋だよな?」
「ん?ああ、安心しろ。ラーメン以外もあるらしいぞ」
「いや、そうじゃなくって」
私は店の看板を見上げた。
店名。
『天は人の上に人を造らず』
何と言うか、店主はお金が好きなんだろうか。それとも愛読書が『学問のすゝめ』なのか。長い名前だがインパクトがあるので宣伝力はありそうだが…。
「何突っ立ってるんだ。早く入ろうぜ」
木倉は店の扉を開き中に入って行く。私もため息をつき後に続いた。
「らっしゃいませ〜!」
大きな声が店内に響く。赤いタオルを頭に巻いた店主が出迎えてくれた。
私達は食券機の前に立つ。
「俺は豚骨。お前は何にする」
「炒飯」
「おいおい、冗談だろ立川。新しくできたラーメン屋にせっかく来たってのにラーメンを食べないなんて!」
無駄な抵抗だったようだ。観念して醤油ラーメンに決めた。
カウンター席にはまだ空きがあったが私は素早くテーブル席へと移動した。木倉は「腹減ったなー」と言いながらついて来る。
よし。ここなら店主の目が届かないだろう。問題は向かいに座るこいつをどう誤魔化すかだ。
店員に食券を渡してしばらくしてラーメンが運ばれて来た。
「お待たせしました~。豚骨ラーメンと、醤油ラーメンでございまーす」
きれいに整えられた麺。チャーシュー、味玉、麺麻そしてスープ、どれも美味しそう。実際美味しいのだろう。木倉がいつの間にか麺をすすっている。
「ゆっくり食べろよ。私はゆっくり食べるぞ」
保険をかけておく。こいつに知られたら大笑いされるだろうから。さて、どう攻略すべきか…。
私はスープを飲み麺を箸で掴む。麺を口に運び、ぶら下がった麺を一気に口に放り込んだ。この方法なら不自然さはない……だろうか。
美味い。しかし熱い。ゆっくりとは言ったもののあまり味わえてない。それを何度も繰り返す。
ああ。ここがラーメン屋じゃなくパスタ屋だったらもっと味わえていたのだろうか。
食べ終えて火傷した舌を冷やすようにお冷を飲んでいるとニヤリとした顔で木倉が訊いてきた。
「お前、麺すすれないだろ」
バレてましたか。うん、そりゃバレるよな。
私は降参だというふうに両手を上げて笑う。
まぁ、考えてみれば別に隠すようなことでもなかったかな。
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