最終話 リリカと俺
俺は、食料と応急手当に使えそうなものを準備して、リリカのスマホに入れていたGPS機能アプリで居場所を確認した。
リリカの地下アイドル友達が、殺人事件を起こしたペンションにいる。
今は売地になっていたはずだ。
俺は急いでそこに向かった。
到着すると、玄関のドアノブ部分が破壊されていて、中に入れた。
「リリカ、俺だ。助けに来たよ。」
中に入っていく。
2階に上がり、以前二人で泊まっていた部屋の中を覗き込む。
何もない四角い部屋で、リリカが壁際に座っていた。
「リリカ……大丈夫?」
リリカに駆け寄った。
服は、血で真っ赤に染まっている。
「お腹を……斬られてしまって……。」
「包帯を巻いたらいいかな?」
「はい……。髪で縫い合わせたので、なんとかくっついていますが、霊刀の力のせいで……治りが遅いです。体は、人間ですから、脆いので……。」
俺は、リリカの服をめくって、お腹の周りに包帯を巻いていった。
用意した包帯では足りなかった。
タオルを当てて、サランラップで巻いていく。
車が地震や雪で立ち往生した際の、お役立ちグッズ的に積んでいたものだ。
「水、飲む?」
「はい……。」
紙コップに入れて飲ませる。
口元の血を拭ってあげた。
「着替えも持ってきてるけど……。」
「とりあえず、大丈夫です。ジッとしてますね……。」
リリカは荒い呼吸をしている。
俺は、リリカの横に座った。
リリカはもたれかかってきた。
「……リリカ……死なないよね……?」
「この傷では死にませんが、次に彼と会ったら死ぬかもしれません……。」
「どうして?リリカはあんなに強いのに。」
「霊刀、鬼切丸。前世で、私を葬った刀です。あれをかざされると、見た一瞬だけ、動けなくなるのです。」
「……それって……彼がリリカの、今世の運命の人ってこと……?」
リリカは頷いた。
「私の前世は……人間から”鬼”と呼ばれていました。私は、宇宙から飛来したので、元から地球にいた鬼とは違うのですが……。当時は、ちゃんと家に住んでいる人と、その辺で寝っ転がって暮らしている人の差が激しくて。最初は捕まえ易い人から食べていたんですが、徐々に、ちゃんと家に住んでいる人の方がおいしいと気づいたんです……。そうしているうちに、今でいう警察官みたいな人たちに追い回されるようになりました……。」
「……彼は、俺の、大学の友達なんだ。サカキ、っていうんだ。サカキの前世は、その警察官だったってこと?」
「はい……。彼は……屈強な男たちを率いて、私をうまく山に追い込みました。そこには罠が仕掛けられていて、力を奪われた後、斬られました。あっぱれでしたねぇ……。」
リリカは昔を懐かしむように、穏やかな声で語った。
「せっかく出会えたのに……また殺し合いだったね……。」
「はい……私の想いは、伝わらなさそうです……。」
「もう一度、サカキが来たら、どうするの……?」
今までのリリカは、弱い者のための戦いだ。
今回は、自分のための戦いだ。
もし、サカキを倒したら、今までの正義とはちょっと違う。
正義と正義。
俺にとったら、恩人と友人だ。
「……来ましたね、もう。」
ドアのところに、サカキが立っていた。
鬼切丸が薄っすらと輝いている。
さっきと同じ服装だ。
黒い服だからあの時は気づかなかったけど、よく見たら返り血を浴びていた。
どこかに隠れていて、俺を尾けてきたんだろう。
「俺は、生まれ変わってもお前と戦う運命らしい。」
サカキは、ゆっくりと部屋に入ってきた。
俺は、リリカの前に立ち塞がった。
サカキは刀を下ろしたまま、足を止めた。
「リリカは、前世とは違う生き方をしている!体も人間だ。どうして、今のリリカを理解しようとしないんだ!」
「その体は、乗っ取った体だ。体が死んでも、また誰かの体を奪うことができる。それは、人間の理ではない。根本が化け物なんだ。化け物は、人間とは暮らせない。」
確かに、リリカの体自体は、幼い梨々香の体だったはずだ。
でも梨々香が死んだのは、糞親のせいだ。
リリカの都合に合わせたわけじゃない。
「……サカキ、お前の言いたいことはわかるよ。お前が、人間のために体を張って戦っているんだってこと、本当は、人間側として感謝しなくちゃならないんだと思う。」
「…………………………。」
「でも、だからって、リリカの今世の生き方を否定するなんて俺は納得できない。頼むから、簡単に暴力だけで解決するのはやめてくれ。わずかな間だけでいいんだ。本当の、リリカの暮らしを、見てくれよ!」
「慎吾くん……。」
リリカが、俺の名をつぶやいた。
今までも、何度も俺の名前を呼んでくれて、たくさん話をした。
リリカは子どもみたいに何でも聞いてきて、納得できるまで質問してきた。
人間生活を楽しんで、よく笑った。
俺は、リリカとの生活が楽しかった。
「リリカは……サカキの前世が、好きだったんだよね?」
俺は、後ろにいるリリカに話しかけた。
「え?あ、はい……。」
リリカは、急に話を振られて、驚いたように返事をした。
「サカキ!リリカと、結婚しろ!」
「は?何を言ってるんだ……?」
サカキの顔が曇った。
「リリカは、前世でお前に殺されて、でも、自分をそこまで追ってくれたお前に惚れたんだ。今世、巡り合ったら、お前と結婚して、家庭を築くのが夢だったんだ。サカキがリリカと結婚すれば、リリカが悪さをしないってわかって人間社会も守れるし、リリカの夢も叶う。誰も悲しい思いをせずに、目的がかなうだろ?」
「……化け物と、結婚なんて……。」
サカキの声が少し震えている。
「殺すくらいなら、結婚なんて、簡単だろう?」
サカキが無闇に攻撃してこないのは、俺がいるせいもあるが、さっきのリリカの言い方だと、リリカが怯むのはおそらく霊刀を見た一瞬だけなのだ。
これだけ時間を稼げば、怪我をしたリリカでもサカキとやり合えるかもしれない。
サカキだって、仲間がいた前世とは違う。
本当は、こんな自分が死ぬかもしれない戦いをしないで、ただの大学生として過ごしたいはずだ。
『これは、アニメだからいいけどさ。鬼の強さを示すために、最初に簡単に殺される検非違使がいるんだよ。そういうモブにも家族がいたんじゃないかって思うと、同情しちゃうんだよね。』
そう、言っていた。
サカキは、正義感だけで戦える冷たいヒーローではない。
サカキだって、現代人だ。
「リリカは、ちゃんと今の社会で生きていける。俺が保証する。だからお前も結婚して、リリカを間近で見てくれよ。なんなら、お前の人外退治にリリカは協力できるだろうし、俺も手伝えることは何でもするよ。」
サカキから、闘気は消えた。
「……慎吾……お前こそそこまでするなんて……リリカのことが、好きなんじゃないのか……?」
「……俺は……」
リリカのことが、好きなんだろうか?
「……リリカは……命の恩人で、友達だ。かけがえのない人だよ……。」
俺は、なぜだか、涙が出た。
――――――――――――
サカキは、考えさせてほしい、と言って部屋を後にした。
俺は急いでリリカを車に乗せ、アパートに帰って寝かせた。
リリカに意識はあったが、回復に力を注いでいるらしく、喋らなくなった。
3日後、リリカのお腹は、ようやく繋がった。
「慎吾くん!助けてくれて、ありがとうございました!おかげで、体はなんとかなりましたよ!」
そうは言うが、まだ寝たきりだ。
サカキは、本当にすごい奴らしい。
「良かったよ……。」
「……サカキさんからは、何か連絡は来ているんですか?」
「いや、何も。まあ、リリカが回復したら、こっちからちゃんと知らせて、決着はつけないと、とは思っているよ。」
「あの様子じゃ、私との結婚は嫌そうですね。」
たぶん、そうだろう。
「私、サカキさんとの結婚は諦めます。」
「え?そうなの?」
「サカキさんにとって、私は化け物ですからね。私との結婚は、サカキさんの幸せにはなりません。」
「そっか……。」
リリカが諦められるなら、それでいいだろう。
「……サカキに、今の気持ちを聞いてみるよ。」
俺は、サカキに電話をかけた。
――――――――――――
リリカはまだ動けないが、話せるようになったことを伝えた。
『そうか、わかった。』
「リリカとの結婚……考えてくれた?」
『その話だけど……急に結婚と言われても、俺にも俺の人生があるから、やっぱり無理だよ。ただ、確かに、リリカがこれまで人間に寄り添って生きてきたなら……無闇に退治するのはよくないかなって、思った。だから、俺の人外退治をリリカと慎吾に手伝ってもらいながら、リリカを俺が監督するのはどうだろうか?』
それがいいだろう。
前向きに返事をして、それをリリカに伝える。
リリカも承諾した。
―――――――――――――
俺とサカキが大学を卒業して、1年が経とうとしていた。
サカキは、探偵事務所を開いた。
人探し、ペット探し、浮気調査。
表の仕事はそうなっているが、裏の仕事は未解決事件の犯人を追ったり、証拠集めだ。
こういう事件には、人外が絡んでいることも多いらしい。
お客さんは被害者だったり、こっそり警察だったりする。
リリカは、助手として雇われている。
リリカの嗅覚と、人外知識で百人力だ。
俺は、警察内の科学捜査官になった。
大学時代、三人で行動しているうちに自然に興味が湧いたのだ。
ちなみに、まだリリカと俺は一緒に暮らしている。
「リリカ、サカキのおかげで人間社会で正式な正義の味方になれたね。」
「はい!事件の方から寄ってくるので、効率がいいですね!」
「お嫁さんの夢の実現は、ちょっと先延ばしだけど。」
サカキの様子を見ると、リリカを恋愛対象には見ていないようだ。
「相手があることですから!無理はしません!あ、あとこれ、慎吾さんに。」
リリカが、箱を取り出した。
「今日はバレンタインデーなので、チョコレートです!」
「へえ、ありがとう。」
そう言えば、今までバレンタインデーにリリカからチョコをもらったことがなかった。
”好きな人にチョコをあげる日なんだ”と初めて教えたとき、「それは!プロポーズってやつですね!」と、鼻息を荒くしていたのは覚えてる。
大人になって、義理という概念を覚えたんだろうか。
「これからも、リリカをよろしくお願いします!」
リリカはにっこりと笑った。
「そうだね。よろしくお願いされます。」
俺も笑顔で返した。
― 完 ―
リリカ 千織 @katokaikou
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