最8話 リリカ、運命の人と出会う
「週末、友達のサカキが来るんだ。いいかな?」
「はい!昼間はレストランでアルバイトがあるので、リリカはいません!そのまま夕方から地下アイドル活動なので、帰りは遅くなります!」
サカキには、妹と住んでいると話しているから、多少女子を感じるものが家にあっても大丈夫だ。
サカキが来た。
朝、剣道の稽古があってそのまま来たらしいので、剣道の荷物を持っていた。
「それが剣道の道具入れなの?なんかオシャレだね。」
竹刀はナイロンのファスナー付きの袋に入り、防具はスポーツバッグに収まっている。
「ああ、パッと見、剣道の道具が入ってるとは思えないよね。」
サカキは、同じ学部だ。
入学当初から仲が良かった。
今日は、サカキがおすすめのアニメを一日中見る。
最終話まで一気見する予定だ。
「鬼と剣士の戦いだよ。戦いの映像がキレイでね。主人公たちの努力、友情が泣けるんだ。」
「へえ。ラスボスは、女の子なんだ。」
「そうなんだよ。まあ、これがなかなか、すごいラストになるらしい。」
サカキは、序盤はすでに見たらしい。
早速、動画を再生する。
舞台は平安時代の都。
人を喰う鬼が街に現れ、都を警備する検非違使たちが特殊な刀を使って退治していく。
最初は、通り魔的な鬼を退治していくが、徐々に鬼たちは都の重要人物たちを組織的に襲い始める。
最初は対立しがちな主人公側もまとまり始め、鬼を知略で追い詰めていく。
お菓子をつまみながら鑑賞する。
「平安時代ものって、なかなか見ないかも……。俺があんまりアニメに詳しくないのもあるけど。」
「俺も詳しくはないよ。このアニメも有名じゃないし。たまたま剣道やってて、剣士や武士が出るものに興味があるから知ってる感じ。」
アニメの最後は、なんと、主人公が仲間の女の子と恋仲になり、その女の子が鬼のラスボスだったというオチだ。
しかも、彼女は主人公の子を宿し、出産する。
主人公の仏神から授かった力と、彼女の鬼の力が合わさった最強の敵が出来上がってしまう。
主人公は彼女を説得しようとするが、彼女は母として子を守り、主人公の仲間に斬られる。
そして、主人公は、彼女の面影が残る自分の子を斬るのだ。
「鬱っ!!」
俺は最終話のエンディングを見ながら、泣いた。
「なんでそんなに共感してるんだよ。」
「俺、ハッピーエンド派だから。主人公はさ、夫にもなれず、父にもなれず、検非違使としても鬼と交わったからって出世しないんだよ?何?何なの?こんなに頑張ったのに報われないなんて。作者が鬼だよ。」
「ああ、この作者はBL作家で、このマンガは唯一BL作品じゃないんだって。女と交わるとこんな目に遭うぞ、っていうメッセージじゃないかって噂がある。」
おいおい、作者に何があったんだよ。
感想を言いながら見ていたら夜になっていた。
サカキは帰って行った。
リリカもそろそろ帰ってくる時間だ。
夕飯の準備をする。
今日はカレーだ。
リリカは味音痴で、その結果、なんでも食べる。
味音痴に関しては、「前世で人間を食べ過ぎた罰ですかね?」という自己分析だ。
部屋を片付けてたら、手帳を見つけた。
さっきサカキが予定を見るために取り出して、そのまま置きっぱなしにしたのだろう。
サカキに電話をかける。
手帳なら、すぐ使いたいかもしれない。
――――――――――――
スマホが鳴って、一瞬気をとられた隙に、間合いを取られた。
だが、最初の一撃で、かなり深く腹を裂いた。
鬼は、腹を片手で押さえながら、片膝をついた。
腹からぼたぼたと血が垂れる。
制服の、髪の長い女の姿だ。
もう一度斬りかかる。
深手を負わせたとはいえ、相手は鬼だ。
初見殺しができなかった。
殺されるかもしれない。
それでも、戦わなくてはならない。
女は、太刀筋を避けるために後ろに飛び上がり、塀の上に着地した。
着地の衝撃で、口から血を吹いた。
はらわたが出ないように押さえ込んでいる。
女はさらに飛び上がり、電柱のてっぺんを蹴り、民家の家根に飛び移って逃げた。
――――――――――――
リリカが帰って来ない。
電話にも出ない。
ああ見えて、リリカは予定通りに行動するタイプだ。
何か事件に巻き込まれた……いや、事件を起こしてるのではないだろうか?
チャイムが鳴って、ドアスコープを覗くと、サカキがいた。
手帳を取りに来たんだろう。
ドアを開けた。
「ごめん、ちょっと忘れ物をした。」
「手帳だよね。取ってくるよ。」
「あと、トイレ借りてもいいかな。」
「ああ、どうぞ。」
俺はリビングの机に置いていた手帳を手を取り、振り返った。
サカキが、刀を俺に向けている。
刀にはすでに血がついていた。
「サカキ……?どういうこと?」
「お前に妹はいない。お前の高校の同級生に聞いて確かめた。つまりお前は、あいつが何者かわかった上で一緒に住んでいたってことだ。そうだろ?」
リリカのことだ。
この状況……サカキは、ただ者じゃない。
リリカについて調べてたんなら、この血はきっとリリカのだ。
リリカが簡単に斬られるわけない。
それくらい、サカキはヤバいってことだ。
「……そうだ。彼女は、俺の命の恩人なんだ。」
リリカが死んだのか、そうじゃないのか。
死んでたら、俺も仲間とみなされて殺されるかもしれない。
まだ生きてたら、俺に利用価値がある限り殺しはしないかもしれない。
「最近、ここ近辺で変な死人や怪我が多くあった。死んでるはずなのに動いていた女、破裂する男、急に車が大破したり、小悪党が不自然な怪我をするという事件が立て続いた。だから、俺に人外退治の依頼が来た。」
サカキは、そういう生業をもっていたのか。
「改めて調べ始めたら、近くにいたお前から人外の臭いがした。今日、家に来て確信した。お前の同居人が犯人だ。」
その通りだ。
説得……が効くような雰囲気は感じない。
力づくでの現状打破は、土台無理だろう。
「お前は、あいつの仲間なのか?」
サカキが鋭い眼差しを向けてくる。
「……さっきも言っただろ。命の恩人だ。リリカは、俺に匿ってほしくて一緒に住んでたわけじゃない。リリカは、人間社会になじんで、自立しようとしていた。最初は無茶苦茶だったけど、徐々に正義の味方になった。彼女は、自分の力を善良に使っている。退治する必要はない。」
「人外が、人間社会に関わること自体が問題なんだ。人外を甘く見るな。お前の生半可な考えのせいで、危険にさらされる人間がいるんだぞ。」
俺は、拳を握った。
「それは違う。リリカは、危険にさらされる人間を無くすために努力していた。いじめで自殺を考えていた俺を救ってくれた。リリカは、そのままなら被害者が泣き寝入りしそうな場面で代わりに戦ってくれたんだ。誹謗中傷、性犯罪、呪い、放火、赤ちゃんの置き去り、あおり運転、無差別殺傷、熊。もしこれらがそのまま実行されてたら、被害者は、どうしたらいいんだ。つけられた傷は消えない、死んだら生き返らない。仮に加害者が罰を受けても、何も戻らないよ。なあ、リリカの、何が悪いんだ?」
俺は、死にたかったあの頃の気持ちを思い出していた。
「人外に頼れば、そういう勧善懲悪を求めたくなる。それが問題なんだ。俺たちは、人間なんだ。悪人もいる、理不尽もある、死ぬほど辛いこともある。それを受け入れるのが人生だ。人生から目をそらさせる人外という存在は、危険なんだ。」
サカキは、表情ひとつ変えずに言った。
「サカキ!お前は、被害者になったことがわからないからそんなことが言えるんだ!こんな辛い思いを、なんで自分がしなくちゃいけないんだって!その苦しみをわからないくせに!偉そうに言うな!」
「……いつでも正しい人間なんていない。誰だって間違う。本当の意味では、人は人を裁けないよ。いくら多くの人がリリカを支持しても、それは無意味だ。強い力に目が眩んでいるだけだよ。人外に頼るな。」
「それは、お前だって同じじゃないか!こうやって、暴力を背景に話している!リリカの気持ちも聞かないで!」
「…………………………。」
「リリカは、運命の人と結ばれて、お母さんになるのが夢なんだ。自活するために、ちゃんと働いてもいる。下手な人間よりまともだよ!」
サカキは、刀を下ろした。
「……リリカが、逃げ込みそうなところは?」
「知らないよ、そんなの。リリカは俺にしか正体を明かしてない。ちゃんと人間生活をしてたんだ。逃げる必要なんて、考えてなかったよ。だから、そんなところ、準備してない。」
「……そうか。」
サカキは、刀を鞘に収め、荷物を持ってアパートを出て行った。
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