第7話 リリカ、ブラックサンタに出会う

俺はブラックサンタだ。

12月になると、サンタの格好をして子どもを物色する。


昔はよくホイホイと付いてきたもんだが、最近はガキも防犯意識が高くて困る。

なかなかお菓子やおもちゃでは食いついてこない。


だから、こっちも自然と話術や手品が上手くなった。



そうやって見せ物をしていると、毎回見にくる子や何をするわけでなくずっと居座る子がいる。

そういう子を狙って誘い出す。


今までは暮らしが貧しい子と決まっていたが、最近は裕福そうな子も引っかかる。

どうなってるんだ、この国は。



―― ―― ―― ―― ――


今年も店が建ち並ぶ大きな広場の真ん中、でかいクリスマスツリーの下で、ジャグリングをしながら子どもたちを待っていた。

家族連れやカップルも見にくる。


その中に気になるカップルがいた。

男は普通だが、女が変だ。


俺の好物の子羊たちと同じ目をしていながら、その奥には俺と同じ狂気をたたえている。


狩る側と狩られる側の目を同時に持つってどういうことだ?


君子危うきに近寄らず。

俺は、その日は狩りはしなかった。



―― ―― ―― ―― ――


翌日、同じようにやっていると、あの女が来た。

今日は一人だ。


「芸達者ですねぇ。プレゼント配りながらこんなこともしてるなんて、サンタさんはサービス精神旺盛なんですね。」


「ああ、そうだよ。人の喜びは物だけではないからね。面白いものを見る、誰かと楽しく過ごす。それもプレゼントになるんだよ。」


「なるほど。奥が深いです!」


「貴女は今年のクリスマスはどう過ごすのですか?」


「バイトしてます!クリスマスは大忙しなので。」


「じゃあ、私と同じ、サービスする側ですね。人を楽しませた者は、より楽しい人生を送れます。」


「はい!そう思います!」


他の客が来ると、彼女は去って行った。



―― ―― ―― ―― ――


俺は、ある姉弟を狙っていた。


服はくたくたで、肌のツヤはない。

親からの愛情を感じない体つきだ。

お菓子を喜んでいるところを見ると、飯もろくに食ってないだろう。

二人だけには、温かい食べ物を用意した。


あの女は決まって、姉弟が帰るあたりに現れる。

俺が連れ出さないように見張っているのだろうか。



―― ―― ―― ―― ――


いよいよクリスマス当日。

今日が最後だ。

まだ姉弟はさらえていない。


今日はあの女はバイトのはずだ。

姉弟が来たら、もう店じまいをしてさっさと連れ去ろう。


そう思っていたときだった。



歩行者しか入れないはずの広場に、軽ワゴン車が突っ込んできた。

すでに何人かはねている。

事故か、もしくは殺人鬼か。


男が運転席から降りて来た。

手には包丁が握られている。


無差別か。

迷惑な奴だ。


俺は荷物をサッと片付けて、帰ろうとした。



すると、あの姉弟が男の近くにいた。

男が姉弟に切りかかろうとしている。


栄養失調の鈍臭いガキが、逃げたり抵抗できるわけがない。


俺は、手品で使うナイフを男に向かって投げた。


ナイフは男の腕に刺さった。



男が呻いたとき、あの女が男のところに走って来て、男の股間にキックを入れていた。

痛いどころではない。

あれは確実に潰しにいっている。


男は悶えながら地面に転がった。


わらわらと警備員などが出て来て、男は捕まった。



姉弟は泣きながらあの女に抱きついていた。

女はサンタの格好をしていたから、本当にバイト中だったのだろう。


女は、二人を警備員に預けると、こっちに向かって来た。



「すごいナイフの腕前ですね!サンタさんは、忍者ですか?」


「いや、たまたま子どもたちのための、手品の技が生きただけだよ。」


女はナイフを俺に返してきた。



「お返しします。残ってたら、マズイんじゃないかと思って。」


「……新品だから、大丈夫だよ。」


「なんで助けたんですか?」


「来年も、また会いたいからね。ああいう子たちが、まさかたった一年で環境が変わって恵まれてるなんて、ないさ。この国はね、落ちたら簡単には戻れないようになってるんだよ。」


「そうなんですね。サンタさんは外国から来たのかと思ってました。日本に詳しいんですね。」


「お世話になっている国のことくらい、ちゃんと知っとかないとね。」



警察が来たので、俺はその場を離れた。

女は追いかけてくる様子はない。


今年は収穫ゼロだか仕方ない。

続けていくためには、焦りは禁物だ。


俺の誘いにのる子どもがいる限り、俺はやめない。

来年も、再来年も、ずっとずっとずっとずっと、子羊が絶える日なんか、来ないんだ。

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