エピローグ

第37話 新たな舞台へ

 時は過ぎて、新たな月の初め。

 出航間近の黄金の福音号ゴールデン・エヴァンゲルを見送ろうと、街中の人達が港に集まっている。

 ある者は大切な人を見送りに。またある者は、国を救った英雄達の新たな旅路へ激励を飛ばしに。時間ギリギリまで商談に励む、商魂逞しい商人も見られる。


 黄金の福音号ゴールデン・エヴァンゲルといえば、二日前にハルモニア交響楽団との合同公演を終えた新作の舞台演劇が人々の記憶に新しい。

 ジル・ド・レイが脚本を手がけた戯曲の名は〈星降る街の逆巻き捩れ角〉。

 双角王の捩れた角を物語のテーマに、人々に永遠の命を与えようと竜の復活を試みたアリストテレスと、イスカンダル率いるエヌマエリスの民達の戦いを描いた寓話活劇だ。

 観客は最愛の友を失ったアリストテレスの悲嘆に共感し、その蛮行の奥に隠された真意に涙した。一方でイスカンダルが友に説く言葉を通じ、自分達の命に限りがある事の意味を見つめ直す。

 黄金の福音号ゴールデン・エヴァンゲルの観客には初のお披露目となる新人団員のアルカとベルが、幼き日のアリストテレスとイスカンダルをサプライズで演じた場面は、上演後のアンケートにも嬉しい反響として数多くの感想が書き込まれていた。


 錬金術師アルケミストが劇団を組織して公演を行うのは、彼らが歴史の語り手としての役割も担っているからだ。

 世界で起こる様々な出来事の裏には、王家の依頼で動く錬金術師アルケミストが書き上げたシナリオが存在する。その事実を劇という形で敢えて一般市民にも公開する事で、王が独裁によって民に不利益をもたらすのを防ぐようにしたのが始まりだという。

 今では広く愛される娯楽となり、歴史の一幕は多くの感動や教訓を人々に与え続けている。


 アルカはベルと二人で露天甲板から港に集まった人々に手を振り、長く過ごしてきた街に別れを告げる。人混みの先頭には、クラウディオスに連れられたステラがいた。


「二人共、身体には気をつけて! 船旅は体調を崩しやすいらしいから!」

「ステラの方こそ、次に会う時までめそめそしてちゃ駄目ですよ!」

「その時には、王位後継者として立派な姿で驚かせてみせるさ!」


 すると見送り列の後方から喝采が沸き、群衆を割ってハルモニアがやってくる。彼は弟のそばで止まると、少し乱暴に手を乗せてぐしぐしと頭を撫でた。


「ジジイと皆をよろしくナ、ステラ」

「兄さまも、お元気で。またお土産話を聞かせに帰ってくださいね」

「あんまし期待すンナ。オレちゃんはあんまし話すのが得意じゃねンだ」


 獣姫は祖父とも視線を交わす。


「行ってくらァ。精々長生きしろよ」

「おヌシこそ、ワシより早く死ぬでないぞ。この歳の船旅はごめんじゃからのう」

「ケッ。言ってろ、ジジイ!」


 二人は拳をぶつけ合い、少し不器用に別れを済ませる。

 仮設階段タラップのぼって露天甲板に現れたハルモニアは、アルカとベルに「改めてよろしくナ。仲良くやろうぜ!」と快活に、どこか可愛らしく笑って頭をくちゃくちゃに撫でる。


「アイサ!」

「そうだ、さっきフランソワが探していたぞ。『航界計画の件で話がある』とかなんとか」


 ベルの言葉に、ハルモニアは目をきょろっと丸くした。


「……やっべえ、すっかり寝過ごしちまった! アイツ怒り方が静かで怖ェンだよッ!」


 どたばたと艦橋へ駆けていくハルモニアを最後に、仮設階段タラップが収納されて船員達は各々が配置についていく。

 すると研究棟の中からジルが出てきて、皆の頭上で堂々と東の空を指した。船中の皆も、仕草の意味を理解したアルカとベルも、同じ方向へ指を向ける。


「さあ、目指すは東。かつてイスカンダルが最果てだと信じて目指した神秘の世界――〈エイジア〉だ!」


 沸き上がる歓声の中を、新たな船出を祝福するように爽やかな海風が吹き抜けていく。アルカはその中に、微かな声を聞いた。


「――征け、友よ!」

「――いっておいで!」


 それが夢か現実うつつかは、大した問題ではない。どれだけ遠く離れても決して切れない繋がりを、少年は知っているのだから。


「いってきます!」

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硝子玉のエルシオン 鯨鮫工房 @Jinbei_Sha

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