ゆぐどらしる

(説明)前に一度投稿したけど、途中で体調不良になって削除した作品の冒頭部分


「カイ、呼び出された理由は分かるな?」

「ん? 何の用だ? こちとら遠征帰りで疲れてるんだ。要件があるなら、さっさと言え」


 遠征から帰還するや否や、俺は所属する血盟クラン副団長に呼び出された。


「カイ、お前の存在は不協和音を奏でる」

「は?」

「お前を本日付けで誇り高き我が血盟――【紅牙】より追放する!」

「我が血盟って……団長はお前じゃねーだろ。遊びならまたにしてくれ……今は疲れて――」

「黙れ! 黙れ、黙れ、黙れ!! お前の……お前のその舐めた態度が【紅牙】に亀裂を生じさせているのだ!」


 副団長――ゼルディアは青筋を立て、激高している。


 マジトーンでマジギレ状態だな。


「ん? ひょっとして、マジなのか?」

「当たり前だ!」

「セリアは知っているのか?」


 セリアは【紅牙】の団長だ。


「お前の追放は幹部会で可決された案件だ」


 ゼルディアは幹部連中の署名の入った紙を取り出し、俺に付き出し、すぐにポケットに仕舞う。


「俺の記憶が確かなら……俺も幹部じゃなかったか? その幹部会とやらに呼ばれた記憶はないが?」

「当たり前だ。議題が議題だからな」

「ってか、その紙をもう一回よく見せろ……署名の数と幹部の数が――」

「しかし、俺も鬼ではない。お前の功績は認めている」

「俺の話を聞けよ」


 ゼルディアは俺の要望を受け流すためか、話題を逸らす。


「お前が悔い改めるなら、私から掛け合って追放を取り消そう」

「悔い改めるって……そもそも、追放される原因すら聞いていないが?」

「そうだな……お前が第3小隊――つまり、俺の元で一兵卒から生まれ変わるというのなら、追放は取り消そう」

「却下……ってか、さっきの紙に書いてあった署名……数が足りないよな?」

「ふっ、バカめ。過半数を取り付けてあるから問題はない」

「んで、その中にセリアの名前もあるのか?」

「仮に……万が一……いや、億が一にもセリアがこの署名を無視すれば、それは由々しき問題だ! 【紅牙】の運営を揺るがしかねない大惨事となるだろう」

「つまり、まだセリアは知らないんだな」


 目の前で起きている茶番劇は、ゼルディアの暴走のようだ。


「あぁ、そうだ。慈悲深き私はセリア様に告げる前にお前に生き残れるチャンスを与えているのだ」

「んで、そのチャンスってのが、お前の下に降るって話になるのか?」

「ほぉ。ようやく、趣旨を飲み込めたか」

「はぁ……政治ごっこをしたいなら、自分の取り巻きとしてろ。そのつまらん遊びに俺を巻き込むな」


 俺は深いため息を吐いた。


「それだ! その人を見下した態度こそが貴様が追放される理由だ!」

「見下してるのは人じゃねーよ。お前だよ」


 ったく、疲れてるのにイライラさせる。


「私は誰だ! 言ってみろ!」

「ゼルディアだろ? ん? ひょっとして、実は違うのか?」


 目の前のコイツは偽物で、実は敵対血盟が送り込んできた巧妙な工作員なのか?


「私はゼルディアだ! 血盟【紅牙】のゼルディアだ!」


 アクセント的に、ゼルディアは役職を誇示したいようだ。


「知ってるよ」

「ならば、従え!」

「役職で人を従わせようとしても――」

「違う! 私が言いたいのはその態度だ!」

「――?」


 激高するゼルディアの言葉に俺は首を捻る。


「気持ち良いか? さぞ、気持ち良いだろう! お前がそうして指揮系統を無視すると、血盟全体の風紀が乱れる。事実! 一部の団員がお前に同調しているではないかっ!」

「風紀が乱れるとか、不協和音とか……ほとんどの原因は――」

「黙れ! 黙れ、黙れ、黙れ!」


 ダメだ。話にならないな。


「えっと、まとめるぞ。俺には2つの選択肢が用意されていて……1つはこの血盟からは追放。もう1つが、お前――ゼルディアの小隊に追従ってことか?」

「そうなるな」

「両方、断ったら?」

「無理だ。我が小隊への追従を断るのならば、追放だ」

「それをセリアが許さなかったら?」


 そもそも、この提案をゼルディアがすること自体が筋違いだ。


「そんなことあり得ないが……そうだな。万が一にもセリア様がそう判断されたら……私は私に賛同してくれる者と共に、この血盟から立ち去るだろう」


 ゼルディアは、勝ち誇った表情を浮かべ告げた。


 なるほど……。


 セリアにこのことを伝えたら、彼女はどのような判断を下すだろうか。


 俺を庇い、ゼルディアの暴走を止めるだろうか? 仮にそうなれば、ゼルディアは本当に【紅牙】から退団するのだろうか?


 ……退団するだろうな。


 しかも、最悪の形で。


 さて、俺に与えられた選択肢は3つだ。


 1.大人しく【紅牙】から追放される。


 2.ゼルディアの軍門に降る。


 3.セリアにこの案件を伝える。(=ゼルディアが最悪の形で【紅牙】から脱退する)


「猶予は?」


 答えに悩んだ俺はゼルディアに尋ねる。


「猶予? そうだな……この件は幹部会ですでに可決されているから、本来なら0……と言いたいが、私も鬼ではない。お前の今までの功績を多少は認めている」

「で、猶予は?」

「フッ。ようやく、いい表情になったな。猶予はそうだな……半日だ」

「半日? ってことは明日の朝までか?」

「そうなるな。明日の朝までに返事がなければ、追放だ。お得意の寝坊で遅れました……は、通じないからな」

「りょーかい」


 俺はゼルディアの部屋から退室するのであった。


 ――トンッ! トンッ! トンッ!


 血盟クランから貸与されている自室で、今後の身の振り方を思案していると、ドアを軽やかに叩く音が響き渡り、


「やほー! カイっち、元気ー?」


 俺が返事をする間もなく、尖った耳が特徴的な銀髪のエルフの少女が姿が現した。


「ったく、返事をする前に開けるなよ……俺が留守だったり、来客中だったら、どうするつもりだったんだ?」

「にゃはは、ボクがそんなミスをするわけないじゃん。ちゃんと、カイっちの気配のみを察知したよん」


 エルフの少女は悪びれることなく笑顔を浮かべる。


「ったく……で、マイカ何か用か?」


 俺は屈託のない笑顔を浮かべるエルフの少女――マイカに苦笑する。


「んにゃ。用事はないよん。暇だったから遊びに来ただけ……だったけど、カイっちこそ、どしたの?」

「ん? 何が?」

「何を悩んでるの?」

「何のことだ?」

「いやいやいや。『悩んでますよー!』って顔に書いてあるよ。ほれほれ、どした? 頼れる相棒にして、副隊長のマイカさんに相談してみな?」


 ポーカーフェイスが苦手という訳ではないが、付き合いの長いマイカはお見通しのようだ。


 さてと、どうするかな?


 先程あったことをすべて話すべきか……?


 期限は半日。


 どの選択を選んだにせよ、半日後にはすべてが露呈してしまう。


 そもそも、マイカに隠し事は通じるだろうか? ……否、無理だな。


 んー、巻き込みたくはないが、正直にすべてを話すか。


「さっきゼルディアに呼び出されてな」

「おー! 呼び出されてたね! あれ? 今回の遠征で怒られるようなことしたっけ?」

「いやいや、今回は怒られて……ん? なんか、怒ってはいたか?」

「ほらぁ! やっぱり! カイっちとゼルディア副団長は水と油だもん」

「あれは怒られたというより、奴が勝手に……って話が逸れるな。本題に戻すぞ。奴が言うには――」


 俺は先程ゼルディアから告げられた内容をマイカに伝えた。


「ふむふむふむ。なるほどー。んで、どうするのー?」


 マイカは小刻みに頷くと、サラッと核心をついてくる。


「頼れる相棒にして、副隊長のマイカさんはどう思う?」


 答えに悩んだ俺は質問に対し質問で返した。


「うーん……ボクはカイっちに付いていくだけだよっ!」

「ん? どういうことよ?」

「え? カイっちが【紅牙】に残るならボクも残るし、カイっちが【紅牙】を辞めるならボクも辞めるって意味だよ」

「いやいや、マイカの気持ちは有り難いけど……そうじゃなくて、俺はどうすればいいと思う?」

「んー、ボクの個人的な意見でいいかな?」


 俺はマイカの問いかけに首を縦に振る。


【紅牙】はボクたちが入団した頃と比べて遥かに大きな血盟クランになったし、ここでの生活は快適だけど――楽しくはないかな」


 楽しくない……か。マイカらしい答えだ。

 

「……なるほどね」


 マイカの答えがスッと胸に落ちる。


 思えば昔の【紅牙】での日々は楽しかった。


 思い出補正もあるだろうが、領土を広げるために周囲の敵対血盟と争っていた日々は、大変だったけど充実していた。


 皆で言いたいことを言い合い、怒り――笑い合っていた。


 大きくなった血盟クランはいわば、国だ。故に、統治するために、様々なルールが生まれる。


 そして、血盟クランが国家規模までに大きくなると――政治が生まれ、所属するメンバーが増加したことにより――派閥が生まれた。


 昔は血盟メンバー=仲間だった。


 しかし、政治と派閥ができたことで、血盟メンバーの中に敵と味方という区分ができた。


 こうなると、もう訳がわからないし……マイカの言うように、楽しくない。


「……潮時か」


 俺は面倒な政治から逃げていた。


 同じ血盟メンバー同士で腹の探り合いなんて真っ平ごめんだ。それなら明確に敵と分かる存在と争っていたほうが何十倍も気が楽だ。


 すでに【紅牙】の政治は――ゼルディア一派に抑えられていた。


 ゼルディア一派に唯一対抗できるのは、団長であるセリアだけだが――彼女は人の上に立つには優しすぎた。


「決まったー?」


 頭の中が整理されたタイミングでマイカが声を掛けてきた。


「そうだな」

「お? どうするー?」

「ゼルディアの元に下るのは――却下だな」

「うんうん、イイね! カイっちには付いていくつもりだけど、ゼルディア副団長の下はちょっと嫌だなぁと思っていたよ」

「セリアに言うのも――却下だな」

「うんうん。ボクもそう思うよ。団長に言ったところで、余計に混乱するだけだと思うよー」

「ってことで、大人しく追放されようかと思う」


 俺は導き出した結論を告げた。


「えー! 追放されるってなんか悔しくない? せっかくなら、こっちから退団届けを叩きつけようよっ!」


 マイカは顔を近付け、前のめりに提案してくる。


「んー、追放されるってのは、悔しいと言うか、カッコ悪いと言うか、ばつが悪いと言うか……まぁ、イメージは悪いが、良い面もあるぞ?」

「お! なになにー? カイっち、良い表情してるねー。また何か悪巧みしてるっしょ?」


 そういうマイカの顔の表情は輝いており、この状況を楽しみ始めたようだ。


「悪巧みはしてねーよ。ただ、プライドを優先して自ら出ていくより、追放された被害者のほうが有利になるかな? と、思ってな」

「ほぉほぉ」

「まず、俺が【紅牙】から抜けたら……『射手スナイパー』のマイカも一緒に抜けるだろ?」


 『射手』とはマイカの二つ名である。


 二つ名は自称する一部のアホを除き、敵味方問わず多くの者から、敬意或いは畏怖された者に付与される――一流の証だった。


「当たり前じゃん」

「第七小隊長である俺が自らの意志で退団し、二つ名持ちの副小隊長が付いてきたら……いらぬ誤解を与えるだろ?」


 二つ名の持ちはどこの血盟クランであっても貴重な人財だ。所属している二つ名持ちの数は、そのまま血盟のステータスに直結していた。


 つまり、俺が自らの意志で退団し、それに二つ名持ちのマイカが追従すると、引き抜き……最悪の場合は謀叛などのいらぬ誤解を与える可能性があった。


「えー……どちらにせよボクは抜けるから一緒じゃない?」

「んー、世間の印象は変わるだろ」

「そうかなぁ?」

「マイカが『俺が追放されたから、脱退する』と明言すれば、引き抜きとか謀叛の疑いはなくなるだろ」

「なるほどー……あ!? ねね!」

「どうした?」

「ボクが付いていくのは確定として……他の第七のメンバーはどうするの?」


 マイカの質問を受け、俺は愛すべき馬鹿たち――第七小隊のメンバーの顔を思い浮かべる。


「んー……退団を誘うことは絶対にしないが……問題は俺が追放されることを事前に言うか、だよな?」

「だねー。抜ける、抜けないは自己判断だよね」

「だよな……。俺が追放されると知ったら、あいつらはどうすると思う?」

「どうだろぉ……ボクみたいにカイっち――隊長に付いていくってメンバーも多いんじゃない」

「付いていくるか?……そうなると、受け入れ先を見つけないとダメだな」


 この世界に生息するほとんどの亜人を含めた人種は血盟クランに所属しており、血盟が運営する血盟都市クランタウンで生活している。


 つまり、血盟を脱退すると言うことは住居を含めた現在の生活基盤をすべて破棄することでもあった。


「んー、一部の……それこそ最近結婚したのとかは厳しいかなぁ?」

「あー、そういえば……あいつとか最近結婚したな」

「うんー。最近じゃなくても、ボクとかと違って家族がいるメンバーも少なくはないよね」


 【紅牙】は大規模血盟クランだ。血盟都市タウンの設備や、活躍するメンバーの福利厚生は充実している。故に、血盟を脱退――安定した衣食住を捨てるのは、家族を持つ者ほど苦渋の決断となった。


「だよな……最近、子供産まれたのもいたよな?」

「いるねー……んー、いっそのこと独身メンバーにだけ声掛ける?」


 マイカの質問に俺は少し悩んだ後、


「そうだな……うーん……そうなると、受け入れ先か……」


 俺はいくつかの血盟クランを思い浮かべるか、どこもしっくりこない。


「【紅牙】と同盟を結んでる血盟は無理でしょ? とは言え、敵対している血盟もボクたちを受け入れたら……ここぞとばかりにゼルディア副団長が総攻撃を仕掛けそうだよね」

「だよな。中央から離れたら仕官先はあるだけど……」


  神々の遊戯場に指定された俺たちの世界――ファルティマの大地は、終焉戦争ラグナロク以降大きく5分割された。


 血盟【アルメルダ王国】が治める――大陸北部。


 血盟【イスカル帝国】が治める――大陸南部。


 血盟【ウサエル信教】が治める――大陸東部。


 終焉戦争が開幕した日に創立された中、大規模血盟が乱立する――大陸中央部。


 魔境とも呼ばれ、大小様々な規模の血盟が入り乱れる群雄割拠の――大陸西部。


 北部と南部を支配する――【アルメルダ王国】と【イスカル帝国】の母体は国で、東部を支配する――【ウサエル信教】の母体は宗教だ。


 3勢力共に、終焉戦争が開幕される前からのファルティマ大陸の支配者で、現在に至っても最大規模を有する勢力だった。


 大陸中央部は規模が大きい血盟が多く、【紅牙】も大陸中央部に血盟都市を構えている。


 大陸西部は元々は魔王が支配していた地域だったが、終焉戦争開幕と同時に多くの配下が離反し、独立。ゴブリン族、コボルト族、獣人族と言った元々魔物と一纏めにされていた様々な種族の血盟が乱立する混沌と化した地域になっていた。


「『ウサエル』は絶対にあり得ないから却下として……帝国と王国かぁ……どっちもあんまり面白くなさそうなんだよねぇ」


 帝国と王国か……どっちも規制ルールが多くて、生きづらいんだよなぁ……。


 ……困ったな。どこも無理になる。


 とは言え、今更ゼルディアの下に付くのも無理だ。


 詰んだか? と、思ったその時――


 俺は新たなる選択肢を思い付いたのであった。


「マイカ」

「ん?」

「二人で血盟クランを立ち上げないか?」


 俺は新たなる選択肢をマイカに告げた。


「ほ? んん? 立ち上げ……? カイっちと二人で?」

「おうよ。どうだ?」

「――! イイね! 凄くイイ! 最高だよ!」


 俺から告げられた新たな提案にマイカは目を輝かせる。


 受け入れ先がないなら、作ればいい――これこそが、俺の辿り着いた答えだった。


「だろ? 血盟クランも一から作るなら面白そうだろ?」

「うんうん! カイっちと一緒に作るなら絶対に楽しいよ! ……って、二人で?」

「その予定だが……マイカが嫌ならこの案は却下だな」

「違う! 違う! 違う! そうじゃなくて……」

「ん?」

「いや、二人で作るのは大賛成だし、むしろ望むところだけど……他には誰も誘わないの?」

「他って……第七の面子か?」

「うん」


 マイカは小さく首を縦に振る。


「置いていく……と言うか、何も告げずにそのまま追放されようかと」

「そなの?」

「血盟を立ち上げる……ということは、つまり最初は何もないと言うことだ。あいつらならともかく、その家族にまで家無しで生活をさせる訳にはいかないだろ」

「それなら、独身のメンバーは?」

「メンバー構成的には独身メンバーの方が多いだろ?」

「うん」

「独身メンバーが全員が付いてきたら……残された家族持ちのメンバーが苦しい立場になるかも知れない」

「あぁ……それはあるかも」

「今回追放を言い渡されたのは俺だけだ。ならば、苦労をするのも俺だけであるべきだ」

「と、ボクね!」


 告げるだけで、選択を迫るという形で苦痛を与える可能性がある。ならば、何も言わずに立ち去るのがベストだろう。


 個人的なワガママを言うなら……これから先の未来がまったく見えていないのに、多くの人の人生を背負うのは荷が重すぎる。


「明日からの未来は――二人で旗揚げ……で、いいか?」

「うん!」


 マイカは最高の笑顔で頷いてくれた。


「んじゃ、善は急げ……って善なのか? まぁ、どうでもいいや。サクッと追放されてくるわ」

「おー! ボクも団長に辞めるって言ってくるね」

「よし! 互いにフリーになったら、血盟都市タウンを出て南にある分かれ道の標識で待ち合わせな」

「ほほい! んー、いいねー! なんかワクワクしてきたよ!」


 こうして、俺はゼルディアの元へ。マイカは団長の元へと向かったのであった。



  ◆



 時刻は静けさが増し、皆が寝始める刻。


 知った仲では無い限り、訪問するには礼を欠く時刻だが、知ったことか。


 俺はゼルディアの屋敷を訪ねた。


 ドアをノックすると、住み込みの家事手伝いが姿を現した。


「これはカイ様、こんな時間にどのようなご用件でしょうか?」

「ゼルディアと約束がある。呼んで貰えるか?」

「主とお約束ですか? 大変失礼致しました。すぐにお呼び致します。どうぞ、お上がりになって下さい」

「いや、用件はすぐに済むからここで待たせてもらおう」


 夜風の中ゼルディアを待つこと数分。


「こんな時間に訪問とは、相も変わらず非常識だな」


 不機嫌な態度を隠そうともしない、ラフな身なりのゼルディアが姿を現した。


「まぁ、そう怒るなって。副団長様に朗報を届けに来たんだ」

「ほぉ……朗報?」

「先程の件だが、俺は幹部会の決定に従う」

「む?」

「む? じゃねーよ。幹部会の決定に従い、俺は大人しく【紅牙】から追放されることにした」

「ほぉ……【紅牙】から去る――それがお前の決めた道か」

「俺の決めた道ってか、お前が仕組んだ道だろ?」

「ハッ! そうまでして、俺の下に付くのは嫌か」

「――?」


 俺は鼻息荒くイキったゼルディアの発言を受け、首を傾げる。


「ん? どうした!」

「いや、当たり前のことをイキった顔で言うのが不思議でな」

「ぐぬぬ……貴様はどこまで俺を馬鹿に――」

「ってか、これ以上はお前の口臭に耐えられそうにないから……消えるわ」


 俺は【紅牙】の所属であることを示すドッグタグを首から外すし、ゼルディアに投げつける。


「き、貴様……っ!」


 俺は怒りに震えるゼルディアを一瞥することもなく、立ち去った。


 その後、血盟都市にいる情報屋あるいは噂好きの奴らに『第七小隊のカイが幹部会の議決で追放されたぞ』と、真実の情報を流布しながら、長く親しんだ【紅牙】の血盟都市を後にしたのであった。



  ◆



 待ち合わせに指定した場所に辿り着くと、大きな背負い袋の上に座り込んでいたマイカが立ち上がり、手を振ってきた。


「やほー! さっき振り!」

「おう、待たせたか?」

「んー、どったの? 副団……じゃなくてゼルディアと言い争いにでもなったの?」

「いや、言い争い……には軽くなったが、血盟都市で俺が追放されたぞーって情報を流してた」

「あはは! そういうところは抜かりないね!」


 フリーに――安定して約束された生活をすべて捨て去ったばかりなのに、マイカは楽しそうに笑う。


「マイカの方は? ……っと、その前に場所を変えるか」

「オッケー! どする? どっかの商業血盟クランの都市に行く?」

「目立つのは避けたいな」

「んー、カイっち寝袋は持ってきた?」

「おう」

「それなら、前にキャンプをした川辺とかは?」

「あー、あそこか。【紅牙】の領土からもいい感じに離れているからいい感じだな」

「んじゃ、決定ー! にしし、今日はキャンプだねー!」

「明日以降もキャンプかもな」

「あはは! それはそれで楽しそう!」


 俺とマイカは南西の森の中にある川辺へと移動するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ガチャ空の倉庫 ガチャ空 @GACHA-SKY

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ