第三話 崩壊

 かつて城に、双子の王子様とお姫様が暮らしていた。

 区別がつかない程、鏡映しのようにそっくりな、双子の兄妹が。

 その二人は、誰よりもそっくりで、誰よりも仲が良かったのだ。



「笑顔をなくしていく妹がいた。あれだけ毎日、きゃっきゃきゃっきゃ笑っていた、フェリシアがだ」


 俺は腕を組んで背中を壁に預けながら、美丈夫から目を逸らして窓の外を見つめた。

 今日は本当に珍しいことに、空が晴れている。長く降り続いた雨が止んだのだ。不気味な雲は晴れ、月は満ち、星は瞬く。その下には、昼間まで降っていた雨粒に濡れる森の木々達だけがじっと並んで沈黙している。

 鳥すら、鳴いていない。


「少しずつ笑わなくなって、最後は全く笑わなくなった。挙句の果てに毎日震えて過ごして、あの無邪気な俺の妹はどこ行ったんだって思ったね」


 今からもう、六年以上前のことだ。


「そんな風になる前の話……俺は勉強で疲れてんのに、フェリシアはいつも俺を捕まえて絵本を読めとせがむんだ。いつも同じ絵本だ。どんなのだと思う?」

「……さぁ」


 彼は、目の前の机の上に置かれた絵本に一瞬目を向けた。俺はそれを無視して、心底くだらないと思いながら言葉を吐き捨てる。


「囚われのお姫様を、超絶イケメン男の騎士が助けに来てプロポーズする絵本だ」


 はっと、俺の喉から乾いた声が漏れた。窓の外を見ていた視線を移し、俺は傍で座っている男を見下ろす。


「私にもいつか、こんなかっこいい騎士様が迎えに来てくれるんだ! とかなんとか馬鹿なことを言ってたもんで、俺はそのたびに言いかえしておいた。『いいか、男は皆下半身で全てを考えるケダモノで、穴を見付けたらそこに突っ込むことしか考えてないクソだから騙されんな』ってね」

「…………それ、幾つの頃の話ですか?」

「まだ精通も来てねぇガキの頃の話だな。男なんて、そんなもんじゃねぇ?」

「それは、どうでしょう……」


 まぁ、この目の前の男は潔癖そうだから、俺みたいな汚れた思考は持ち合わせていなかったのかもしれないが。

 俺は呆れたように肩をすくめて見せた。


「でも、絵本の中の騎士様も、下心あって姫助けに行ってんだろ。そうでもなかったら、わざわざ囚われた姫助けに冒険しに行ってねぇよ、最後プロポーズしてるしな。どうせ、その騎士様もいい女とやりたいだけか、もしくは、姫と結婚して権力が欲しいとかのそんなところだろ? ただの戦闘狂なら姫助けるよりそこら辺の化け物ぶっ倒してるほうが楽しいしなぁ」


 なぁ、そう思うだろ、と俺は目の前の騎士に同意を求めるように笑いかける。彼は、俺の言葉にあからさまに緊張したように体を強張らせた。


 囚われの姫を助ける騎士なんて、下心しかない。まして、こいつは真っ赤な薔薇の花束まで用意して、まるで絵本の騎士様のように満月を背負って舞い降りたのだ。

 そう、妹が好んで読んでいた、絵本の騎士のように。


 俺は、机の上に置いてあった絵本を手に取って腕に持つ。

 俺がこの塔に来てから、毎日毎日、欠かさず読んでいた絵本。

 かつて、可愛い妹が毎日毎日、欠かさずに読んでいた、それ。


「御伽噺の世界の騎士様よぉ」


 俺は、絵本を持ちながら、美しい騎士に笑いかけた。

 にぃっ、と。


「俺は全部、知ってるよ」




 ***




 かつて城に、双子の王子様とお姫様が暮らしていた。

 区別がつかない程、鏡映しのようにそっくりな、双子の兄妹が。

 その二人は、誰よりもそっくりで、誰よりも仲が良かったのだ。


 俺は、誰からも期待されていた王子だった。何せ、俺は聡明で優秀だったのだ。

 俺は頭が物凄く良かった。精神がさっさと成熟したのかあまり子供っぽくなかったし、大人顔負けの頭の回転の速さを持っていた。大人と対等に話し、一を教われば十を理解する。むしろ、教わることなく自ら本を読むことで大方の知識を吸収した。

 

 聡明で賢い、王家の唯一の男児。


 俺は誰よりも素晴らしい王になるだろうと、誰もに期待をされた。

 しかし誰も、俺を、フェリクスという子供を、愛さなかった。


 ――――妹のフェリシア以外は。




『世界の均衡が、崩れ始めた』


 そんな神託を受け取ったのは、一人の神官だった。


 そして、彼が言ったように徐々に国が狂い始めたのだ。


 毒の雨が降り始めた。雪が生き物を溶かし始めた。雹が人間を貫き始めた。土が人間を呑み込み始めた。化物が大地を徘徊し始めた。


 それらは少しずつ少しずつこの国を侵し始めた。徐々に徐々に、狂い始めたのだ。

 少しずつ人が死に始め、生き残れたとしても少しずつ食料が足りなくなる。国が、狂っていく。人が、死んでいく。


 外で遊べない。食べ物が減ってきた。

 妹が、少しずつ少しずつ笑わなくなってきた。




「今日みたいに、久々に毒の雨が上がった日でな」


 俺は、淡々とそう紡ぐ。


「それを見てぽつりと妹が言ったんだよ、お外で遊びたいってね。当時から色々抜け出したりやんちゃしてた俺は、そんなあいつの手を引いて外に出たんだ。手を引いて、外に出た」


 ははっと、笑う。俺は、顔を歪めて笑う。

 ベルンハルトは、そんな俺を黙って見上げていた。


「でも、まぁ一応これでも王子様だったもんで、箱入りだった訳だ。雨が上がったって、均衡が崩れて狂い始めた世界は危険に満ちている。それを知ってはいても理解してなかったんだな、俺は。…………妹が死んだ」


 久々に外に出て、ほんの少し明るい顔をして俺に手を引かれていた可愛い双子の妹が。

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