第二話 正体

 薔薇の花束を片手にした超絶イケメン野郎を俺の自室の椅子に座らせて、俺はその傍の壁に背中を預ける。男が座る椅子は机に向かい合うように置かれていて、その机には一冊の絵本以外何も置かれていない。

 俺は腕を組んで男を冷たい視線で見下ろした。


「…………で?」


 俺の氷のような声にびくりと震えあがった美丈夫は、おずおずと俺を見上げる。俺の身長は男にしてはかなり低いが、さすがにこの長身野郎が座れば立っている俺の方が高くなるのだ。


「で、とは、何でしょうか…………」

「それくらい察しろ。てめぇは誰だっつてんだよ」


 わざわざ席まで勧めてやってんのにずーっとだんまりを決め込んでいたのだ。仕方なく俺が話すように促せば、男はやがて口を開いた。


「私は、先程名乗った通り、騎士のベルンハルトと申します……」

「そう、聞いてなかったわ」

「え……」

「だって、突然男が空から降ってくるんだぞ、それどころじゃねぇよ。つぅか、お前上から降ってきたけど、一体どっから来たんだよ」

「一度屋根まで上り、そして飛び降りました。この部屋は塔の最上階にあるので」

「わざわざご苦労なこった」


 無意味な演出をするために、一旦屋根に上ったらしいこの男。

 あまりの阿呆さ加減に、またため息をついてしまう。

 そんな俺を見上げて、男――――ベルンハルトはまた口を開いた。


「あの、貴方こそ一体……」


 彼の深青の瞳で見つめられて、俺は目を細める。ベルンハルトに映っている俺は、どう見ても女だった。


 肩まで伸びるさらっさらの金の髪、丸く大きな銀の瞳。長く塔の外に出ていないせいで肌は雪のように真っ白だし、体も男とは思えない程華奢だ。そして桃色のふりふりドレス。ちゃんと胸元には布を詰めている。俺の趣味のせいで、それなりに胸は大きい。


 どう見ても、女にしか見えないだろう。


「ほ、本当に男性、なのですか……?」

「この声を聞いても女に思えるって?」

「い、いえ……」


 男の体つきにならないように極限まで運動量を減らしたり、食事も限界まで量を減らしたりと俺は女である姫の影武者になるために物凄い努力を重ねてきたわけだが、それでも声変わりだけはどうにもならなかった。成長期に食べなかったからか、血筋的にか身長はあまり伸びなくて多少長身の女という程度で何とかなったのだが、声は男にしては高い方だが女としては致命的に低くなりすぎたのだ。


「それで、フェリシア姫は筆談で会話をし始めたのですか……」

「そう。ちょうど都合よく熱が出てくれた時があってな、その時に声が出なくなったってメイドたちを誤魔化したんだ」

「そういうこと、だったのですか……」


 十二歳の時から俺はずっとこの塔に囚われていて一歩も外に出たことがないが、その間ずっと一人で過ごしていたわけじゃあない。何人かメイドがここで働いていて、俺の食事を運んできたり掃除をしたりと面倒を見てくれているのだ。俺はそんな彼女達全員と仲が良い。

 まぁ、ずっとここに閉じ込められていたら仲良くなってしまうものだ。


「です、が……」


 ベルンハルトは、制服のポケットから何かを取り出した。小さく折りたたまれたそれは紙の様だ。

 彼はその紙と俺を見て顔をしかめる。俺はその様子に目を細めた。

 腕を組んで、ベルンハルトの次の言葉をじっと待つ。やがて、彼は思った通りの台詞を言った。


「ですが、貴方はかつて城で過ごされていたフェリシア姫にそっくりです」

「……そりゃあ、影武者だからな」

「いいえ、影武者とは思えない程そっくりです。……そもそも囚われの姫の影武者という言葉自体が、意味不明なのですが」


 面倒な男に、俺は本日何度目かも分からないため息をつく。


「そもそも、城にいたっつったら、もう少なくとも六年も前の話だろうが。十二歳と十八歳に、そっくりもくそもあるかよ」

「貴方は、この絵姿の少女をまるでそのまま大きくしたかの様な姿をしています」

「少女じゃなくて、俺は男だっつってんだろ」


 言葉が通じないらしい、なんて残念な奴なんだ。

 しかし、ベルンハルトは真面目な表情で俺を見上げる。彼は、未だに片手に持っている薔薇の花束を固く握りしめている。固く、手を震わせながら。

 花弁が揺れる。


「もしや貴方は、フェリシア姫の双子の兄の、フェリクス王子でいらっしゃいますか」


 甘くそれは、香る。






 かつて城に、双子の王子様とお姫様が暮らしていた。

 区別がつかない程、鏡映しのようにそっくりな、双子の兄妹がいたのだ。





「聡明で優秀なフェリクス王子に、無邪気で愛らしいフェリシア姫……しかし、フェリクス王子はすでに亡くなられたはずだ。六年前に…………」


 ベルンハルトは、目を細める俺とは対照的に、ラピスラズリのような瞳を見開いて俺を見上げている。その深青には、金が散っていた。


「亡くなられた、はずなのに。六年前、十二歳だったフェリクス王子は亡くなられてしまったはずなのに」

「へぇー」


 俺は唇を歪める。紅が塗られているそこは、薔薇のように赤い。


「貴方が、亡くなられたはずのフェリクス王子であるならば」


 彼は、花束を握った手を震わせながら、呆然と呟いた。


「フェリシア姫は、どこに?」

「死んだよ」


 俺は、そう吐き捨てて笑った。

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