忘れられないクリスマス

三咲みき

忘れられないクリスマス

 テレビでは、クリスマスソングとともにイルミネーション特集をやっている。

 他の番組に変えると、タレントたちが、子供の頃のクリスマスエピソードを語っている。


 そう、今日はクリスマス。多くの人は、家族と、恋人と、あるいは友達と過ごすのだろう。かく言う私もそのうちの一人だった。去年までは。


 結婚願望がない私は、同じく独身である友人の愛海まなみと毎年二人でクリスマスを過ごしていた。

 場所は決まって私の家。

 私が食事を用意し、愛海はケーキとお酒を買ってくる。


 話題のドラマや映画を見ながら、夜中まで騒いで、朝は体の節々に痛みを感じながら、こたつから起き上がる。

 次の日はお互いに有給をとって、夕方までこたつに入ってだらだらした一日を過ごす。

 友人と共に過ごすこの自堕落な時間が、一年の中で最も好きな時間だった。ずっと続けばいいのに、そう思っていた。


 でも、これがずっと続かないことは、わかっていた。


 愛海が婚約した。今年の秋に。


 私と違い、家庭を持ちたいと言っていた彼女。いつか結婚するだろうなと思っていた。

 彼女からプロポーズの話を聞かされたとき、「ついにこの日が来た」と思った。


 仕事で知り合った人と今年の二月に付き合い始め、年が明けたら入籍。

 つまり、二人にとって今日は付き合い始めて初めてのクリスマス。そんな記念すべき大事な日を、ただの友達と過ごすはずがない。

 十二月に入ってから今日まで、彼女からの連絡はない。クリスマスパーティーをやらないならそれで、一言連絡をくれればいいのに………。


 そういうわけで、こうしてひとり寂しいクリスマスを迎えている。


 フライドチキンにかぶりつき、スーパーで買った安い酒を飲む。冷蔵庫には、百貨店で買ったケーキが二個入っている。二個とも、自分が食べるつもりで買った。

 ケーキを二個も食べるなんて、普段ならありえない。


 テレビの音がうるさくて、ボリュームを下げると、時計の音が嫌に響いた。

 とても静かだ。


 一人暮らし用のマンション。みんな今日は街へくり出しているだろうし、ここに家族連れはいない。


 私だけが、この場所で、ひとりきり。


 恋人がいない自分を別に惨めに思ったことはない。でも、クリスマスの日にひとりでフライドチキンにかぶりついていると、嫌でも惨めな気分になる。それもこれも、今までのクリスマスが楽しかったせいだ。


 あー、どうにも気持ちが沈んでいけない。録りためておいたアニメでも見ようか。


 リモコンに手を伸ばしたそのとき。


 ピンポーン。


 一体誰がこんな日に? 宅配だろうか?


 こたつでぬくぬくとした身体をなんとか奮い立たせ、玄関の扉に向かった。


 覗き穴でその姿を認めたとき、全身に嬉しい気持ちが駆け抜けたと同時に、「どうして?」という気持ちが込み上がってきた。


「メリークリスマス!!」


 扉を開けると、眼前に紙袋をかざした愛海が立っていた。


「もう始めてる? ワイン買ってきたよ。あと、ケーキも。百貨店、人いっぱいだったんだから〜」


 そう言いながら、玄関に身体を滑り込ませてきた。


「なに、その顔。あ、もしかして美穂みほもケーキ買ってきた?」

「買ってきたけど、いや、そうじゃなくて……。あんた彼氏は?」

「えっ? 置いてきた」

「は!?」


 「それがどうした」と言わんばかりのボケっとした顔に、冗談なのか素で言っているのかわからない。


「いやいや、置いてきたって………」

「いいのいいの! あっちも友達と飲みに行くんだから! 上がっていい?」


 愛海は私の返事を待たずに部屋の奥へ行った。コートをさっとハンガーにかけると、ケーキの箱を持って、冷蔵庫へ。

 彼女が冷蔵庫を開けたとき、「わぁ」と歓声が上がった。


「これ、今めっちゃ人気なケーキ屋さんじゃん! よく買えたね。開けていい?」


 私が買ってきたケーキの箱を見つけると、彼女は大はしゃぎで箱を開けた。


 そんな彼女の様子に、まだ納得がいってない私は、彼女の背中に問いかけた。


「ねぇ、本当にいいの? 初めてのクリスマスでしょ? 彼氏と一緒じゃなくていいの?」


 私の言葉に、何かを感じてか、「いいのいいの」と少し落ち着いたトーンで彼女は言った。


「確かに、今日は付き合って初めてのクリスマスだけど、これから何度だって彼と過ごせるしね。それよりも……」


 彼女はそっと箱を閉じた。


「今日は美穂と一緒にいたいなって。きっと今日は美穂と過ごす最後のクリスマスだから。彼氏も大事だけど、私にとっては美穂も大事な親友だからさ。それは彼もわかってくれてる。だから大丈夫だよ」


 大事な親友、その言葉に不覚にも目頭が熱くなった。まさか愛海からそんな言葉が出てくるなんて。彼女からの連絡がなくて、へそを曲げていた自分がひどく、幼稚に思えた。

 愛海に聞こえないように鼻をすすって、私はわざと別の話題を持ち出した。


「今日来ないと思ったからさ、ご飯、自分の分しか買ってないんだ。ピザでも頼もっか」


 それを聞くと彼女はジト目をしながら言った。

「へぇ〜。ということは、ひとりでケーキ二つも食べようとしてたんだ〜。そっか~二つも……」


 ニヤニヤしている彼女を見て、「ほっといてよ! もう!」と、大袈裟に言った。私の顔もきっと緩んでいるだろう。


 これからも私は恋人を作らないし、クリスマスはきっとひとりだ。でも寂しくなんかない。今日のこの瞬間を何度だって思い出すから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れられないクリスマス 三咲みき @misakimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説