続・サバンナの夜を待つ

ユウグレムシ

 むかしむかし。人間の力の及ばない自然現象が、神々の仕業だった頃。風が吹けば風の神に祈り、日照りが続けば雨の神に祈り、雷が落ちれば天の神に生贄を捧げ赦しを請うしかなかった頃。


 白く輝く果樹の下に、ひとりの女戦士が立っていた。


 女族の戦士オリシャの使命は、サバンナを荒らす特別な獣を殺すことだった。特別な獣は、昼間のうちは普通の獣と見分けがつかないが、夜になると魔法の力を発揮する。魔法の力を発揮すると、本来あるべき獣の領分を超えて、多くの獣を戯れに殺し、人間の集落にまで襲いかかるのだ。オリシャの住む集落も特別な獣に襲われたが、彼女の部族はサバンナじゅうのどんな男よりも強い女戦士だけの部族なので、滅ぼされはせず、部族の中でも最強の女戦士であるオリシャが、夜ごと特別な獣を探し出し、返り討ちにすることになった。

 最強の女戦士オリシャは、壊滅した集落をたどり、生き残った人々の話を手がかりにして、夜を待ち、特別な獣を追った。


 羽根もないのに空を飛ぶ獣や、陽炎のように姿が虚ろになる獣や、さまざまな魔法の力を使う獣どもを一頭一頭屠りながら、ついにオリシャは、魔法の力の根源たる聖域へとたどり着いた。魔力の根源は、闇夜にあっても白く輝く、ただ一本の果樹だった。

 輝く果樹から落ちた実を食べてしまった獣が、魔法の力を得る……。そうと分かれば果樹に火を放ち、残った獣を皆殺しにするだけで用が済むはず。ところが、魔法の果樹の周りには、聖域を護ろうとする獣どもが群れを成し、最強の女戦士の力でも歯が立たない。

 特別な獣は、体内深く埋まっている宝石を砕かぬ限り、どんなに肉を深くえぐっても、たちまち傷が癒えてしまう。一頭ずつでも手こずる自己再生能力を持つ獣どものすべてが、同時に魔法の力を使って連係するので、オリシャは果樹に火種が届く間合いまで近寄ることさえかなわず、かえって獣どもに取り囲まれてしまっていた。


 いちど引き受けた使命を捨てて、おめおめと集落へ逃げ帰るなど、掟が許さない。女族の戦士たる者、おのれの力で敵を殺せぬときは、死あるのみ。ああ、魔法の力の秘密を知りながら、誰にも伝えることができずに、サバンナの果てで野垂れ死にか……。オリシャは死の覚悟を決めたが、それでも生きようとする彼女の本能が、めざとくチャンスを掴んだ。

 輝く果実がひとつ、足元に転がっていたのである!


 白く輝く果樹の下に、ひとりの女戦士が立っていた。……だが果実を食べた今は、単なる女戦士ではなかった。

 オリシャはサバンナのどんな猛獣よりも強い。戦士の力に魔法の力が加わったなら、魔法の力を持つ特別な獣といえど、普通の獣と同じ。毛むくじゃらの耳と尻尾を生やして半獣半人の姿へと変じたオリシャは、魔法の力と戦士の力を合わせて獣どもを圧倒し、輝く果樹の太い幹を一撃でり倒し、もうにどと魔法の果樹が増えないように、そして獣が本来の領分を超えないように、サバンナの自然がもともと持っていた生態系のバランスをとりもどした。


 オリシャが年老いて死ぬと、遺骸の中、胸骨の位置から輝く石が見つかった。その宝石こそが彼女の魔力の根源であり、魔法の果樹の種になることは誰の目にも明らかだった。

 人の手に余る災いがサバンナを襲ったときのため、輝く石は秘密の祠に祀られたが、女族は代々、オリシャの伝説だけを語り継ぎ、石の力には頼らなかった。強すぎる力は自然界のバランスを崩し、必ず相応の災いを招くと直観していたからだ。



 オリシャの死からずっとあとのこと。ある晩、秘密の祠を白い男が訪ねてきて、女族の末裔に魔法の力の由来を語って聞かせた。男は夜空に白く輝く月を指差し、「あそこから失せ物を取り戻しに来た」と言った。


 神話の時代よりも昔、遠い星から宇宙を旅してきた魔法使い達にとって、月は、地球を支配するための最初の基地を建設するのにうってつけだった。月の裏側に陣取れば、何をしても地球の住人にはバレないので、魔法の果樹を栽培した。

 魔法使い達は奴隷を欲しがっていた。地球の生態系を観察し、繁栄の兆しを見せていたヒトのしぶとさに着目したが、どうやらヒトはずる賢くて凶暴らしい。そこで、魔法の力を与えても刃向かってこないように、当時よくヒトが連れていたオオカミぐらいに従順さを調節することにした。魔法の果実をヒトに食べさせれば、体内からじわじわと改造が始まり、ヒトとオオカミの長所を併せ持つ、どんなに苛烈にこき使っても死なない魔法の奴隷のできあがり。さらに念のため、奴隷が魔法の力を発揮するのは、月から地球を監視できる時間帯のみとした。


 原住動物を利用して、魔法使い達の住みよい環境に地球を整備する。その計画は順調に進んでいたが、先遣隊の持参物だけで出来る作業がなくなった頃、本隊からの連絡が月面基地に届いた。魔法使いの母星で揉め事が起こり、地球侵略どころではなくなったのだ。

 せっかく建設した月面基地は放棄されることになった。魔法の果樹が勝手放題に繁らないよう、去り際に果樹園もろとも爆破したところ、散り散りになった果実が、地球の六分の一しかない低重力のせいで宇宙空間にまで吹っ飛び、その一部が月の重力から解き放たれた……。


 秘密の祠に祀られている、輝く石。食べると魔法の力を得る果実。戦士オリシャが見つけた魔法の果樹。サバンナに災いをもたらした元凶は、むかしむかし、大気圏突入の高温に耐え、奇跡的に無事なまま地上へ落ちた種子から芽吹いた。


「我々が太陽系を離れてから今この時まで、貴女達の手によって魔法の宝石が守られていたのは驚くべきことです。貴女達ほどしっかりした人ならともかく、いっときの気分や感情に流されやすい普通の人、自分の都合しか考えない悪人の手に渡れば、どんな結果を招くか分かったものではない。危険性に気づいてくれてありがとうございました。貴女達の伝承に加え、どうか、月の果樹園の話を語り継いでください」


 男は輝く石を持ち去り、地球上から災いの根は断たれた……かに見えた。


 月から来た種子は、サバンナ以外にも無数に散らばっていた。白い男の目が届かない場所で、いくつも、いくつも、しつこい雑草のように、ひっそりと魔法の果樹が芽吹いていた。

 地球侵略のためにヒトを改造する本来の役目は失われ、いまや、この魔法の力には目的がなかった。どう使ってもいいが、どう使ったらいいかは漠然としか分からない強大な力が、誰かの命を救えるかもしれないという甘い誘惑によって、幾人もの魔法使いを死に追いやり、やがて、戦士でもなんでもない普通の子供達にまで、分不相応な覚悟を強いることになる。


おわり

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