第3話 過去の思い出

「失礼します。」

そう言ってドアノブを開けた。

中に入ると、青色で染まった空間が待ち受けており、

奥へと続く通路の壁には魔力を帯びたランタン、そして取り付けられた

フックに4人分の制服のようなものが掛けられていた。

ドアをバタンと締め、通路を進む。

いくつかのドアがあり、入り口のすぐ傍にあった部屋には

書物がギチギチに詰められた本棚と部屋の中心には部屋の8分の1くらいの大きさの

机がある。おそらく勉学に励むためのスペースだろう。

その他にも大人5人は入れるであろう浴室もあってりして申し分ない設備になっていた。問題は、全員で集まって寝る就寝スペースだ。

横に並んで寝る造りの場合、最悪キルシアが女であることがバレてしまう可能性が

ある。そのため出来る限り二段ベッドのような個人のスペースが確保されている

もののほうが好ましい。

通路の一番奥の部屋。灯りが点いており、何人かの話し声が聞こえてきた。

先程中に入って聞いてみると分かったことがある。ここの部屋の従者…当たりだ。

入口付近には人数分の部屋着が支給されているのだが、無いということは

おそらく運ばれた証拠。そして部屋の前にあるクローゼットに仕舞われた

シワやホコリがかからないように魔力結界が施された三人分のスーツ。

そう、いわば日常生活をも完璧にしちゃう系男子が居ることが確定したのである。

僅かな情報から優良従者がいることを推測したキルシアは期待を

込めたままの表情で灯りのともったドアを開けた。

「はじめまして、今日からこの寮でお世話になるキルシ…」

勢いよくドアを開けて中に入った瞬間、目の前に何本もの短剣がこちらに

飛んできた。キルシアは驚いたもののすぐに体制を切り替え、

短剣の先を魔力を集中させた拳で思い切り叩き落とす。


魔力。この世界で使えるものと使えないものが丁度二分の一で

分けられる不思議な異能。この世界での魔力は個人によって

キャパシティが異なり、その中でも自在に操って完全に適応するには

約40年の月日が課されると言われている。

しかし、キルシアは特別なのだ。





「…何なんですか。いきなりこんな物騒なモノを投げてくるなんて…」

キルシアの眼の前には明らかに自分に敵意を向ける3人の執事の姿が

あった。1人は金髪の童顔。1人は青髪のツリ目。1人は赤髪のチャラい系。

(誰の回し者だ?学園に入るまでに何人かの貴族の従者に決闘を

挑まれてボコボコにしたこと以外節が無いんですけどー)

情報を整理しながら次の攻撃に備えて再び魔力を拳に込める。

互いにジリジリと距離を詰めたり離したりの繰り返し。ここで

余計な浪費は避けたほうが良いだろう。

キルシアはすぐさま思考を相手を完全に戦闘不能にできる策に変えた。

先程からの距離を一気に詰め、金髪の腹に魔力を上乗せした拳を入れる。

拳は青く光り、そのまま男の腹に突き刺さって消えた。

その出来事は一瞬で殴られた本人も、目の前を通り過ぎたはずの二人も

気づかないほどに。

金髪は勢いよく地面に倒れ込み、気を失う。

「な…何…」

だがこれで終わりではない。キルシアは動揺を見せた青髪に今度は

黄色の魔力を纏った拳を顎に思い切り入れた。

青髪が気づいたときにはもう遅く、完全に拳が入り、そのまま

上へと吹き飛ばされ、気を失った。そして残りは、1人。

「今何故この様なことをしたのかを話せば助けてあげましょう。

私も手加減は出来ないときはありますので。」

残った赤髪を睨みつけ、拳に銀色に輝く魔力を加え、構えた。

下を向いていた赤髪は焦る表情一つ見せることなくこちらをじっと見つめる。

「…なるほど、あの方が目を着けるわけだな…」

「…?あの方?」

もし自分の安息の地がなくなるとすれば、一体どんなときだろうか。

それは…自身のときだろう。

「俺の負けだ!自称執事の…お嬢さんだったかな?」

「なっ…」

なぜ…バレているのか。この短期間の中で私を女だと知っている人物は

約三人…この赤髪は見たことはあるが実際に深く関わったわけでは無いハズ…

眼の前の男によって完全に動揺し、キルシアの手に込められた魔力が

消えていった。

そんなキルシアの肩を誰かがポンと叩いた。

そこで彼女はある最悪な選択肢が湧いてきた。並の執事や騎士では

できない短剣の早投げ、動揺を見せない謎の赤髪。実力はおそらく高い方。

つまり…王族に雇われている可能性が大きいということである。

キルシアにはあった。王族絡みの最悪の可能性。それは。

「や、久しぶり。やはりこの学園に入学していたのだな。キルシア。」

私をどうしてでも手に入れようとしてくる変態王族。

「ハ…ハイラス様…何故ここに…」

肩に手を置いていたのはこの国の中の五大王族カロウズ家十五代目、

ハイラス=カロウズだった。真紅の目を光らせ、少し長めの黒髪が

耳を覆い隠している。整った容姿で世間では隠れ俺様系男子としても

多くの女性が彼を指示していたりもする。

そんな彼に、私は何回も振り回されたことがあった。

そんな私の記憶の中に出会いの日の一部が鮮明に浮かび上がってきた。


時は遡り、十年前。

あれは確か拾われて三ヶ月経った頃だった。

ミガが貴族の交流会に参加すると決まった時に、まだ当時後5歳だった

リベを連れて行く際にキルシアに会が終わるまでの世話を頼まれた。

まだ私はその頃メイドとしてミガに仕えており、男装するなんて知る由もなかった。

正確には、この交流会で起こった出来事によって男装することになるのだが…

ミガ様が交流会に参加していた時に、招待されていた王族のカロウズ家、そして

ネイテヴァ家が自身の自慢の長男達の力を疲労したいがために貴族に仕えている騎士

を片っ端から勝負させるという完全に無茶な企画を実行させた。

約200人もの騎士が1人づつ挑むということは、その相手の長男はどちらにせよ

何人かで止まる。それがオチだろうと幼き頃のリベをあやしながら見ていた。

しかしやはり王族なだけあって規格外だったのだ。

カロウズ家の長男はただの木刀のはずなのにも関わらず、騎士をまとめて

一掃。ネイテヴァ家の長男は異次元のスタミナを持ち合わせており、

1人1人ゆっくりと倒していった。その結果、誰もこの二人に勝てることなく、

騎士は全員敗北した。キルシアは遠くからその様子を眺めていた。

「ま…私の600分の1くらいはあるってくらいかな…。」

キルシアはもうこのときから既に常人の持ち合わせる力を超越していたのだ。

既に自身の中に出来ていた固有魔法も完全に使いこなせるようになっており、

その頃の強さだけで充分国を滅ぼせるくらいはあったのだ。

そんなことをぽけーっとしながら見ていると、いつの間にかリベがその場から居なく

なっていた。慌てて周りを見渡すと先程まで剣を振り回していた王族二人の前に

移動してしまっていたのだ。まだ幼かったリベは少しの興味本位で近づいたのだろう

(マズッ…。早く連れ戻さないと…)

慌ててその場に駆け寄ってキルシアがリベを連れ戻そうと手を伸ばした瞬間だった。

いきなりリベが近くに居た王族専属の騎士に跳ね飛ばされたのだ。

一瞬、何が起きているか分からなかった。だが、跳ね飛ばされたという事実だけを

追いかけて、吹き飛んだリベをキャッチした。

「何をするんですか⁉」

「至高の御方に近づこうとするなど言語道断。力なき者は尚更だ。

たかが弱小貴族が私を倒せない弱者が接していい方ではない。」

そんな情報が完結しないキルシアの後ろで、ミガが王族の騎士に抗議をしていた。

自分の大切な娘を無下にされた怒りもあるだろうが、それ以前に子供の扱いも

ロクに出来ないのかという呆れもあっただろう。しかし、キルシアは違う。

いや、そのときは完全に違った。

「…すいません。弱者とは誰のことですか?」

キルシアは自分よりも体格が遥かに大きい騎士の前に近づき、下を向いたまま

静かに尋ねた。ミガや周りの貴族は落ち着かない様子で二人を見ていた。

王族の長男達は一方で少しどうなるのかの興味の視線を向けていた。

「弱者は弱者。王族は強い者が集まるいわば全社会の頂点に立つ武力を有する。

それが無きお前らのような貴族や騎士など反吐が出る。」

「…子供でも…ですか?」

「あの方々とその小娘を一緒にするな!あの方々は私を遥かに超えた

武力を持つ逸材!お前らのような女子供に私を超える程度の力は無い!」

刹那、空気が変わる。先程まで熱く持論を語っていた騎士の動きが

止まる。その原因は、目の前にいる自分よりも小さい、メイド見習い。

その場に居た騎士や、貴族、そして王族さえも動くことが出来ない威圧を、

彼女は放っていた。キルシアはそのまま騎士の男にゆっくり近づく。

「私は貴方のような決めつけだけの持論を語る人が一番嫌いです。

その人が生きてきた人生の質や濃さによって強さというのは変化していきます。」

騎士の男は思わず一歩退いてしまった。何故か、この少女に剣を向けたとき、

自身の首がついているかが怪しいほどに、彼女は強いと脳が喋りかけて来るように

自分の価値観が、持論が彼女の前では無に帰すとそう感じてしまった。

「でも、私のほうが強かったですね!」

明るい声で少女は笑い、目と鼻の先にある騎士の腹の鎧の部分を思い切り

殴った。拳が鎧に触れた瞬間、鉄で出来ているはずの鎧は形を残さないまま粉々に

砕け散り、そのまま騎士の腹に直にめり込む。だがキルシアの実力が桁違いとなるのはここからである。騎士の男の腹に凄まじい打撃が繰り出された瞬間、そのまま衝撃波が周りにあった木を諸共破壊していった。

完全に白目を向き、鎧も完全に粉砕された男の首を引きずりながらキルシアは

唖然とする王族の前にドサッと落とした。

「すいませんが…あまりにも弱すぎる騎士は置かないことをおすすめします。

なんせたかが8歳のメイドにやられる弱輩騎士ですからね。」

そう言って王族達に背中を向けてミガの元へ行こうとしたときだった。

ガキィン!!と金属がぶつかりあったような鈍い音が広い野原に響く。

「…何の用でしょうか…カロウズ家、ネイテヴァ家のハイラス様とメイデン様。」

音の正体は、いつの間にか近づいていた先程の二人だった。

いきなり斬り掛かってくるとは思わなかったため、キルシアはやむを得ず

魔力で生成した槍で二人に向けられた剣を防いだのだった。

「おい⁉何をしているハイラス⁉そのメイドはさっきデンマンを一撃で…」

後ろの方から聞こえてくる声を無視してくるかのように、問答無用で

二人からの猛攻が始まる。キルシアの右からハイラスが、左からメイデンが

同時に斬り掛かってきた。

キルシアは槍を地面に捨て、両方向から繰り出された剣を人差し指と中指で

バキッと粉砕し、そのまま宙で回転しながら再び槍を構え、二人の首元へ

鋭く尖った槍の両端を突きつけた。

「…ハイラス様は剣の重心が上になりすぎていますね…メイデン様はもう少し

パワーを落とさないと剣が駄目になりますよ?」

軽いアドバイスをして二人の目の前から立ち去り、リベを抱えて

ミガと共に帰った。帰りの馬車で「よくあの馬鹿騎士をやってくれた!」

と満足げな顔で髪の毛をワシャワシャされたのが交流会での一日だった。


あれから10年経って…なんでこいつがココに…

「…何か言いたげだがまずは着いてきてもらおうか。この学園の機密徐行のために」

あの頃私が出来心でボコボコにしたのが悪かったのか…それとも私があのとき

何も言わず立ち去ったのが原因だったか分からない。しかしこれだけは分かった。

私の学園生活は少なくとも平穏は訪れないと!




続く。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男装執事は今日も行く ぷろっ⑨ @sarazawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ