第2話  入学式

多くの世界的魔法使いや剣士を輩出してきた有名校、国家貴族学園ネルゼィ校。

他地域にある学園とは大きく違い王族や皇族なども通うという点を持ち、

学園生活の中で開かれるパーティやイベントを通して婚約者を探す場でもある。

権力の上位関係は適用されているものの、ネルゼィ校には下剋上制度という

ものも存在する。


「それでキルが着いてきてくれたのね?」

「おそらくそうでしょうね…婚約者探しはオマケで…」

馬車の中でネルゼィ校の規則や一年の行事の概要が書かれた紙を

めくりながらため息をついた。

今年の入学者であるリベ=ミネルグとその専属執事にあたるキルシア。

二人は入学式が行われる都心部のブリューゼルに向かっていた。

「でも不思議ね。何で下剋上制度にの規定があるのかしら?」

馬車がカラカラと音を立てて進む中、リベが不思議そうに規則の中の

一文に指を指した。それは、「下剋上制度では6年を過ごす中での従者を

必ず交えての戦いのみで学園内の権力の移行を認める」というものだった。

簡単に言うと、自身が連れてきたメイド、執事、騎士の職に就いている者を

戦わせない限り下剋上の制度は適用されないといった内容だ。

「リベ様、ネルゼィ校の事件について幾つか知っていることはありますか?」

リベの疑問に答えるべくキルシアが考えた後、軽くヒントを出した。

「異点…確か20年前の精霊殺害事件ぐらいかしら?王族のドナーテ家の従者が反抗した際、従者の精霊が命令無く動いて自動的に生徒を殺した事件。

あれとどう関係があるの?」

「精霊というのは権力を持つ貴族や王族が自身の従者と契約を結んだ際に

起こる付与現象の1つでも有るのです。私がリベ様と契約した際に不思議な

紋様が薬指の辺りに出来たのを覚えていますか?」

自身の薬指をリベに見えるようにパッと手のひらを広げる。

細い腕にピッタリとはまる小さな手は、何もない純白だが、ある部分にだけ

青く輝く小さな丸が出来ていた。

「精霊はハッキリ言ってしまえば有名な騎士や国家魔法使いでも

倒せないくらい強大なモノなんです。だから従者であるという証明さえあれば

どれだけ低い身分のものがやっても実力が並ぶ可能性が生まれる。つまり

上辺だけの強さより個人の能力を尊重する社会の現れみたいなものです。」

ネルゼィ校以外の国家学園でも異例は無く、

王族がこの規則を推すのもおそらく面倒事を避けるには最適な手段だと

思ったのだろう。そんな説明をしている間に、景色はいつの間にか

灰色の壁へと移り変わっていた。

「じゃあ王族の方々はよっぽど自身が有るみたいね…

ま、キルシアが居る限りこの一年は私が一番上に行くことは無くても

一番下に来ることは無さそうね。」

リベはキルシアが幼い頃から面倒を見てきた大切な妹のような存在。

だからこそ彼女の要望には全力で応えるべくここまで来たのだ。

そう、この世界最強の執事の称号を得るまでに。


キルシア=ミネルグ

         L.v. 90000/100

        固有魔法 「無段転回術」

        称号 「規格外」 「異彩」

         

       「世界最強の執事」




灰色の景色が消え去り雲ひとつ無い青空が舞い込んできた。

目と鼻の先に見えるのは、まるでテーマパークのようなそんな建物の郡。

入り口の金色に輝く門は、濁りなき精神を奮い立たせるような圧を放っていた。

馬車がやがて止まり、扉がパタンと開く。

「それでは行きましょうか、リベ様。新しい舞台へ。」

「ええ…婚約者探し、頑張ってね。」

カツンカツンと降りていく二人は執事とお嬢様と言うよりも、

まるでいつまでも仲が良いような「親友」といった雰囲気を感じさせていた。


入学式が行われるブリューゼルネルゼィ講堂。

ステンドグラスが外からの光を反射し、中心にある床絵が色鮮やかに光り輝く。

多くの入学生とその従者が入場しており、新聞や雑誌の取材に来た記者もおり、

ほぼ間隔を開けないままの状態でかなり窮屈そうだった。

キルシアとリベは会場の丁度中心あたりの場所で座り、学園長の挨拶を待つ。

「中々大人数ね。何人くらい居るのかしら?」

「私の目で確認できてざっと1200人でしょうか?ですが裏で準備を

されている方も居ますね…。」

キルシアが窓の方へ指を向ける。ステンドグラスの窓を掃除する者や

風魔法を使って近くの整備をする者が複数人確認できる。

会場の中は少し騒がしつつ、ソワソワしている生徒とそれを見て

緊張したり安心していたりする従者でいっぱいだった。

キルシアが手元の懐中時計を開く。開式の時刻2分前を指していた。

一番前の壇上を見ると何人かの教師が整列しており、準備万端だと

言っているようだった。

「ねぇキル?あれ何かしら?」

そんな会場全体の準備が整ってきた中、リベが天井に不思議そうに視線を向けた。

何かあったのかと天井を見る。そこには天井を埋め尽くすほどの大きい魔法陣が

黄色い光を放ちながら回転していた。

「ああ…あれは」

キルシア口を開いた瞬間、ステージの明かりがパッとつき

奥の方から何人もの教師がぞろぞろと出てきた。

「お待たせ致しました。これよりネルゼィ校入学式を行わせていただきます。」

会場は静かになり、やがて始まった歴史と現在の社会を軽くまとめた

解説、そして重要な個別部屋制度。

「本校では従者寮と生徒寮の2つに分けることで、同じ立場である従者。

そしてこの学園で過ごす生徒同士のコミュニケーションを取ってもらう

事がしやすくなります。従者寮では我がネルゼィ校にのみ存在する寮内婚姻制度

を採用しており、婚約が決まった従者はすぐに主人せいとに伝えてください。」

長々と説明が続いていたが、最後の一文はキルシアからすれば痛いものであった。

長い時間が過ぎ、始まりから3時間経ちお開きとなった2時頃。

生徒と従者は分かれてそれぞれの寮に案内されていた。

「この寮内では騎士の方々には赤の寮、執事の方には青の寮、そしてメイドの方には緑の寮と役職ごとに寮を分けています。ちなみに部屋は4人部屋となっていますので

人数が揃った部屋から挨拶をしておいてくださいね。」

キルシアは案内役から渡された紙を見て自分の部屋へと向かう。

紙には3と数字の書かれた紙があり、寮の案内板に従って執事寮の3号室に向かっていた。執事寮は最近できた施設のようで内装も美しく、年による汚れもあまり無い。

「…リベ様大丈夫だろうか…というか前世では寮という概念を知らなかった

からよく分からないんだよなー。」

大きめのバッグを片手に長い廊下を歩ていく。廊下には外がくっきりと見える

窓が何枚も連なっており学園の半分がここからなら見渡せる。

ここ辺りでは練習用の岩盤や闘技施設がよく見える。

「着いた…ここが3号室…。」

廊下を歩いていくと、廊下のすぐ目の前にあった3と数字が彫られたドアが

あった。中から少し話し声がしているのでおそらくもう殆の従者が

集まったのだろう。

(この学園で過ごす上で寮内での交友関係は必須…か。)

身につけている蝶ネクタイを確認し、服についたホコリが無いかと

軽くはらう。そして、完全に身なりを整えてドアをノックした。

「失礼します。3号室に入ることになったキルシアです。

今入っても大丈夫でしょうか?」

ここにいる従者の性格次第で、今後は私の行動のしやすさが

変わることにもつながる。だからせめて大人しい系男子をお願いしたい。

そんな願いを持ちながら、

キルシアはドアノブを回した。




続く



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