試験編

第9話 魔の手

 入学式から二週間が経ち、今日は校外で魔物戦闘試験が行われる。この二週間は魔法学や剣術などの通常授業に加え、『魔物学』という特別授業も学んできた。本来であれば二年生から習う分野であるが、騎士団に協力をあおげる機会などの滅多めったにないため、日程にっていを調整してねじ込んだそうだ。しかし魔物の数など五万ごまんと存在し、教本に載っている内容を覚えるだけでも数年は掛かる。そのため、この特別授業では王都周辺に生息する魔物にのみ、焦点しょうてんを当てて弱点や戦闘スタイルなどを入念にゅうねんに叩き込まれたのだ。


「これより先は城壁の外を出ます。騎士団の方々が通った道なので、安全だとは思いますが十分注意してください」


 フェルンの呼びかけに生徒たちが返事をして南門の城壁を通過する。城壁の上からこちらに手を振るイルクスを見つけた。いつもは張り詰めた空気感がただよっているが、騎士団が先刻せんこく通ったことで多少なりとも不安が取り除かれたのだろう。


「魔物に出くわしたとしても、僕の魔法で全て消し炭にしてやる」


「魔物と戦ったことがあるんですか?」


 セロブロの言葉をいつもの調子で取り巻きの一人が聞き返す。


「ああ、父上と一緒の狩りに行ったことがある。蛇の魔物だったかな、僕の炎が良く燃えていた」


「セロブロ様の前では魔物ですら塵芥ちりあくたってことですね!」


「そうゆう事だ。みんな何かあれば僕を頼ってくれ!」


 セロブロはこちらに嫌味な視線を送ってくる。大方おおかた、『頼って来ても助ける気はない』というメッセージを込めたのだろう。むしろそっちの方が助かるのだがな……。


「ねえ、アルム……」


 ラビスはうつむいた姿勢で制服のそでを引っ張った。


「どうした?」


「いくら騎士団がいるからって、こんな広い森の中で試験を行うのは無理なんじゃないのかな?」


 魔物の恐ろしさを知っている彼女にしてみれば、その心配はもっともである。魔物が住まう広大な森に魔法が使えるとはいえ、この場にいる生徒のほとんどが戦闘経験すらない素人しろうと。騎士団の団員全てが動員どういんされれば万が一にも問題ないだろうが、そんな事は絶対にありえない。つまり騎士団は庇護ひご対象を守りつつ魔物を相手取あいてどるほどの強さを有しているか、または我々生徒の実力を過大評価しているかのどちらかだ。


「俺が知る限り、この森にいる魔物だったら『彼ら』は問題なく仕事をまっとうしてくれると思うよ」


 そして、その答えは『前者』である。


 騎士団とはベルモンド王国を守護する魔法騎士であり、魔法学園卒業時の総合成績、上位十パーセントの生徒しか入団を許されていないのだ。大半の生徒がその権利を得るために学園に在籍ざいせきしていると言っても過言ではない。一応、学園を通じなくても入団する方法はいくつかあるが、その難易度なんいど正規せいきの方法よりはるかに高い。常識的じょうしきてきに、学園を通じて選ばれる方が確率は高いだろう。


「騎士団だ!」


 男子生徒の声に全員の視線が集まる。彼らは鋼鉄こうてつ全身鎧フルプレートまとい、銀色に輝く長剣をたずさえて魔物の森だろうと威風堂々いふうどうどうとしていた。しかし、その身のこなしは全く隙を感じさせない。なるほど……魔法学園の精鋭せいえいを集めただけの事はあるようだ。


「…………」


 先程まで横柄おうへいな態度を取っていたセロブロも黙り込んでしまう。それなりに実力がある分、他の生徒よりも彼らとの『差』が明確に感じられるのだろう。肝心かんじんの俺はというと、流石さすが怖気おじけづいてしまうような奴はいない。この時代ではそれなりの強者きょうしゃに位置するのだろうが、俺がビビるような相手に至るにはあと十回くらいはけてもらわないと。


「学園の方ですね。オリバー=アンドリスと申します」


 集団の中から一人こちらに向かって来ると、胸に手を当てて軽く頭を下げる。話し方や所作しょさから爽やかな好青年という印象を受ける。


「オリバー……アンドリスって騎士団のじゃん‼」


「ちょ、お前! 声デカいって……」


 興奮気味こうふんぎみに一人の生徒が声を荒げると、近くの生徒がなだめる。目上の人に対して敬称けいしょうはぶいてしまった事に、思わず両手で口をふさぐ。生徒一同、無礼に対しておとがめを覚悟すると、彼は苦笑くしょうした。


「ははは、知っていてくれて嬉しいよ。本当は罰則ばっそくを与える所なんだけれど、この地位と僕の実力はまだ釣り合っていない。だから今回はお咎めなしだ。次からは気を付けてね」

 

 オリバーは体勢を反転して俺たちを誘導ゆうどうする。


「馬鹿野郎ッ! オリバー隊長だから助かったんだぞ」


「ゴメン、気を付けるよ……」


 自身の失言の重みを理解したのかこうべを垂れていた。敬称や敬語は権力が高い奴ほど重視する傾向けいこうがある。にもかかわらず、あの寛容かんような態度……。


「最高だ、オリバー隊長……」


 彼への感想を呟き、静かにガッツポーズをした。


 ***


 整列した俺たちはオリバーとフェルンの最終打ち合わせが終わるのを待っていた。


「オリバー隊長って人、優しそうで良かったね」


「ああ、セロブロみたいな奴だったらどうしようかと思ったぜ……」


「あはは……きっと試験どころじゃなくなるね」


 セロブロ以上の実力者がセロブロ以上に倨傲きょごうだったら、魔物として狩っていたかもしれないな。性格をこじらせ過ぎれば、ある意味魔物とも言えるな。


 設営地のテントから二人が姿を見せる。フェルンは列の中心に立ってせき払いする。


「改めて試験内容の確認をします。この試験では魔物を倒して、倒した魔物の点数で順位を付けます。そのため倒した魔物が証明できるように、配布した袋の中に魔物の体の一部を入れて設営地こちらへ持って来てください。制限時間は六時間で何人組んでも構いません。しかし点数は個人順位で付けるので取り合いにならないように、あらかじめ分配やルールを決めて置いてください。何か質問はありますか?」 


「はい」


 オリバーに失礼な態度を取った生徒が挙手をする。


「戦った魔物が強くてどうしようもない時はどうすれば良いんですか?」


「はい。事前に自身との力量差りきりょうさを理解して挑んでいただきたいのですが、万が一の場合は騎士団の方々に助けを求めてください。助けを呼んだからと言って減点にはしません。しかし酷い負傷ふしょうで、試験の継続けいぞくが不可能と判断される場合には失格となり、無得点とします」 

  

「分かりました……」


 怖気おじけづいた様子で返答する。騎士団の活躍かつやくを見たいが為に、無暗むやみに強力な魔物に挑ませないよう考えてあるのだろう。


「この試験では魔物の戦い方の基礎を学ぶ場です。初の実技試験でもあるので、緊張きんちょう感を持って取り組みましょう。五分後に試験を開始します。それぞれ班員と合流し作戦を立ててください」


「「「はいッ――――!」」」


 初めての魔物との戦闘、憧れの騎士団と対面、浮足立うきあしだつ状況ではあるが、集中力を高めることは出来たらしい。


「作戦はどうするの?」


 班員であるラビスが質問する。無論むろん、クラスのれ物扱いされてる俺には彼女以外に班員は存在しない。


「うーん、見つけ次第しだい倒していこうかな。倒せない魔物なんてこの森にはいないしね」


「そんな適当で大丈夫なの?」


「ラビスの風魔法と俺の暗黒魔法があれば、一位二位は独占どくせんだ」


「そうゆう事じゃないんだけど……分かった。アルムの言う事に従うよ」


 彼女は諦めたような表情を浮かべる。 大方おおかた、『自分たちの手に負えないレベルの魔物』の心配でもしているのだろうが、その心配は全くない。王都周辺の魔物は何度も戦ったことがあるし、ラビスの実力でも半分以上は難なく勝てる。仮に彼女が苦戦していても、守りながら戦うことだって造作ぞうさもない。俺のせいでラビスも悪評を受けてしまっている。ここで実力を見せつければ、少しは好転こうてんするだろう。


「念のため、支給品をもう一度確認しておこう」


 呼びかけにうなずき、ベルトにくくり付けられた長剣と革袋を手に取った。どちらも高品質とは言いがたいが魔物を狩るには問題ない。そもそも魔法学園の生徒なのだから、魔法の迎撃げいげきがほとんどなのだろうが……。


「五分経過けいかしました!」


「おっしゃ! やってやるぜ」


「頑張りましょうセロブロ様。私たちが上位独占です」


「当たり前だ!」


 待ちに待った試験の始まりに、全員が気持ちのたかぶらせていた。そんな空気の中、俺はギリギリまで考えて判断を下した。


「ラビス、あっち行こうか」


 彼女の肩を軽く叩いて行き先を伝えた。


「えッ? あっちって――――」


「みんな! 怪我には気を付けてね、試験開始!」


 フェルンの合図にかき消され、生徒たちが南方向に散開さんかいする。


「――――ど、どうしてに行くの?」


 俺の指示に従って走りながら自身が抱える疑問を投げかける。しかし、それは当然のことで俺たちが向かっている北方向の先には、王都城壁の南門が建っているのだ。


 試験が終わった後に通る道を何故、始まりと同時に通るのか? はたから見れば、『魔物に恐れをなして逃げた』と思われても仕方がない行動だ。


「正確にはな! 説明してやりたいけど――――見つけた!」


「えッ?」


 進行方向に小鬼ゴブリンの群れを視認しにんする。数は七匹で手には枝状えだじょう棍棒こんぼうを持っている。


「丁度いいしここで狩ろう、まずは見ておけよ、ラビス」


「う、うん……」 


 『さやから剣を引き抜く』という慣れない動作をしつつ、小鬼たちに向かって振り被る。左右に散らばり回避すると、棍棒を俺の顔面がんめんに突き立て反撃する。かさず、剣を右横に振って三匹の小鬼の胴体どうたいを真っ二つに斬り裂く。


「……微妙びみょう


 小鬼を切っている途中で少し抵抗ていこうを感じた。切れ味が悪いせいだろうな。『魔法師が使う剣』って感じの剣だな……。


「グギャアアアァ!」


 自身の身長程の高さまで跳躍ちょうやくし、棍棒を振り被る。同族を殺された恨みを込めたであろう一撃を受けることなく、流れるように四匹の小鬼を斬り裂いた。


小鬼ゴブリン一匹五点、合計三十五点ゲットだな!」


「……凄い。流石アルムだね」


 『驚嘆きょうたん』……というより『納得』といった表情を見せた。そんな凄い所見せた覚えないんですけど……。


「今回は俺が全部仕留めたけど、次はラビスの手を借りるから頼りにしてるぜ」


「うん、任せてね」


 俺たちは小鬼の片耳をぎ落として革袋に入れ、次なる魔物を求めて森の奥地へ足を運んだ。


 ***


 ラビスは群れからはぐれた十メートル程の森蛇ウルガルドと交戦していた。


「ハアァ!」


 みつきを避けながら、眼球に剣を突き刺す。


「シャアアアァ――――⁉」


 激しい痛みに絶叫ぜっきょうしながらむちのように縦横無尽じゅうおうむじんに体を動かした。並の剣士であれば、とても近付くことが出来ない状況だが、彼女も魔法学園の生徒。


「【風魔弾ウィル・ショット】」


 右手を突き出し、三つの風弾が森蛇の体躯たいくえぐり飛ばして絶命ぜつめいさせた。


「あんな動き回る相手によく当てられたな」 


「魔力制御だけは昔から出来たから……」


 視線と声の音色トーン少し下げて自信な下げに答える。 


(連戦続きで疲れたんだろうな……)


「少し休憩きゅうけいしようか」


 的外れな考えに至ってしまうアルムだが、彼女も休憩は欲しかったようで素直に頷く。膝上ひざうえほどの大木の根に座りかかって一呼吸置く。


「忙しくて聞き出せなかったけど、どうして南じゃなくて北東に進んだの?」


「……うん。ラビスはこの試験で一番の障害は何だと思う?」


「えっと……」


 すぐに答えを教えてもらえると思っていたラビスは頭を抱える。


「何でもいいよ。思いつく事から口に出して」


「そうだね……魔物との力量差りきりょうさ、とか?」


「フェルン先生が言っていた事だね、凄く大切だ。他には?」 


「班員との連携れんけい?」


「連携が出来なくちゃ勝てる相手にも勝てない。他には?」


「……魔物の遭遇率そうぐうりつ?」

 

 頭を捻り出して何とか第三の回答を言い放つ。


「遭遇できなかったら勝敗しょうはい以前の問題だね。他には?」


「……うーん、ごめんね、これ以上は思い付かないや」


「いや、これだけ出れば十分だ。問題なんか出して悪かったな」


 自身の思考力の低さに落胆らくたんの表情を見せると、アルムは優しくフォローする。


「今言ってくれた事も凄く大切だが、然程さほど気にすることじゃない。正確には、じゃないんだ」


「警戒……クラスメイト同士で魔物の取り合い!」


「その通り。この森一帯は沢山たくさんの魔物であふれかえっている。しかし、四十人の魔法使いが一方向に集中してしまえば、あっという間に狩り尽されてしまう。評価に関わる以上、奪い合いになってしまうケースは非常に高いんだ。怪我の理由が、『クラスメイトの魔法』だなんて最悪も最悪だ」  


 そんな光景を容易よういに想像できたラビスは嫌そうな顔を見せる。


「だから魔物が多く集まっている南よりも、手堅てがたく魔物が狩れる北東を選んだんだね……でも、そんな作戦があったなら試験前に話してくれれば良かったのに」


 目を細めて意地悪そうにアルムを見つめた。 


「それは悪かった。手堅くとはいっても、少しでも魔物の多い場所を選びたくてぎりぎりまで見極みきわめてたんだ……」


「そういう事なら許してあげます」


「ラビス様の寛大かんだいなお心に感謝します……」


 両手を合わせて崇めるような姿勢ポーズを取ると、胸元の翡翠色エメラルド宝石の首飾りネックレスに目を配る。


「それ、宝石だろ? こんな森の奥まで持って来て大丈夫か?」


「う、うん……お守りみたいな物だから持って来ているの。一応、無くさないよう気を付けるよ」


「そうした方が良い。さてッ! そろそろ試験再開と行きますか!」


 立ち上がって大きく背伸びする。


「そ、そうだね! もっと頑張るから期待していてね」


「ああ、頼んだぞ――――」 


 突然動きを止めて、キョロキョロと周囲をうかがった。


「どうしかしたの?」


「悲鳴が聞こえたような気がしてな……」


 ラビスも悲鳴を聞き取ろうと耳をませた。


「――――こっちだな。行くぞ、ラビス」


 薄暗い森の中でひびき渡る、悲痛ひつうな叫びを感じ取ったアルムたちは声主の元へ駆ける。


「騎士団が徘徊はいかいしているから大丈夫なんじゃないの?」


「そうだろうが、無視するのは流石に俺の良心が痛む! それに学園生が苦戦する魔物だぜ。高得点間違いなしだ」


「アルムらしいね……」


 もっともらしい言い訳を作るアルムに彼女はあきれる様子を見せた。


(本当に、アルムらしいな……)


 十年前と何一つ変わらない彼の優しさに胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。


「誰かァ! 助けてくれ!」


 茂みをかき分けて悲鳴の下までさんじる。そこには八体の人鬼オーガがアルムたちと同じ構成の二人組を囲んでいた。女子生徒は頭から血を流して気絶しており、男子生徒がその女子を抱えてしのいでいる様子だった。


「俺は人鬼オーガを引き付けておくから、その隙に彼らの救助きゅうじょを頼む!」


「分かった! 気を付けてね」


 アルムは人鬼の群れに直進し、ラビスは回り込むようにして茂みの中へ再び姿を隠す。


(怪我人が居なかったら【黒棘ブラック・スパイル】で一掃いっそうできたけど、そんなこと考えても仕方ない!)


「【黒器創成くろきそうせい】」


 両手に八本の短剣タガーを握りしめて人鬼たちに投擲とうてきする。


「「「グアァ⁉」」」


 足や腕など致命傷ちめいしょうにならない部位に突き刺さるが、目的は果たせたようで怒り狂った人鬼たちはアルムに狙いを定めて追いかける。


「もう安心して大丈夫だよ!」


 かさず茂みから彼女たちの元へ駆け寄った。


「助かった……」


 懸命けんめいに人鬼と戦っていた男子生徒は安心して膝を折った。


「気絶してるこの子は私が背負うから、一緒に設営地テントまで行こう」


「ああ、助けてくれてありがとう……」


 ラビスは傷つけないよう慎重しんちょうに背中に乗せて、設営地まで歩き出した。


 そして、背後に彼らを襲う魔の手が息をひそめていた。



人鬼オーガ一体五十点だと、八体で四百点か。最高だぜ」


 一方、人鬼の群れを引き付けたアルムは既に【黒棘】で彼らの体躯たいくを貫いていた。


「さて、手早く済ませてラビスと合流しますか……あれ?」


 景気の良い様子から一変いっぺんし、眼前がんぜんに広がる人鬼の数を数え出す。


「――――五、六、七……一体足りない。どこ行った?」


 不意にぎった嫌な予感に動かされ、体を削がずにラビスたちの方へ向かった。


(匂いで勘付かんづかれたのか⁉ 油断してんじゃねえよ! 無事でいてくれよ……)


 自身への怒りをたぎらせながらも彼女らの無事を静かに願っていたのだった。  


 ***


 数十分前――――設営地から離れた東方向の森。


 暗めの女子生徒が荒い息を落ち着かせようと体をかかんでいた。体中からだじゅうにべったりと汗をかいていて、かなり興奮こうふんしている様子だ。


「ハア、ハア、ハア――――人が……」


 瞳から涙がこぼれ落ちる。


(騎士の人が……殺された‼)


 彼女の数十メートル先には……確かに大きな血だまりを作り、息絶いきたえる騎士の亡骸なきがらが横たわっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神と恐れられた俺、転生したら平和な時代だったので自由気ままな人生を享受する @TMDN

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ