第8話 再会
午後二時ごろ、校舎案内を終えたアルムとラビスは下校しながら、お互いの身の上話に花を咲かせていた。
「ラビスって一人暮らしなんだな」
「うん、実家が遠いから下宿に住んでいるんだ」
「いいなぁ、妹が騒がしいから俺も一人で暮らしたいよ」
「妹が居るんだね!」
「
「ふふッ、可愛いじゃん。
「ラビスは一人っ子なのか?」
彼女の表情が
「……うん、私の家はお父さんだけなんだ」
「へぇ、一人で不安じゃ無いのか?」
地雷だと感じ取ったアルムは方向性を変えた。
「うーん、確かに不安だけれど……アルムが居てくれれば大丈夫かな」
頬を桜色に染めて、深緑色の瞳が
「嬉しい事言ってくれるじゃん! いつでも頼ってくれ」
しかし女性の
「そうだ、これから飯でも食べに行かないか? 入学祝いに!」
「うん! 行こう」
「あら、アルムじゃない! 早かったのね」
商店街の方へ足を運ぼうとした時、彼らの背後からレイナが声を掛ける。
「母さん⁉ どうしてここに?」
「どうしてって、買い物していただけよ」
レイナはバケットに入った食品の数々を見せつける。
「それより……こちらの方は?」
レイナは息子の隣にいるラビスに
「ああ、彼女はクラスメイトの――――」
「は、初めまして、お母様! ラビス=ベルティーネと申します!」
アルムの紹介を
「まあ――――貴方たち、もうそんな関係に……⁉」
「違うよ母さん、ただの友達」
余計な勘違いを生ませないためにアルムは即座に否定した。
「ラビスも挨拶するのは良いけど、そんな言い方だと
「こっ! 婚約だなんて、そんな心の準備が……」
一瞬で真っ赤に顔が染まり、顔を
「何だか話が
彼女の反応を理解できず、
「ラビスちゃん! 良かったら家でお茶でもどうかしら?」
「ちょっと母さん! 家に連れていくのは
今日会ったばかり女子を家に誘うのは、友達でも気が引けるようだった。
「関係を進展させるには、お互いを知り合っていくことが大切なのよ!」
「それはそうだけど……ラビスはどうする?」
「行きます! ぜひ、行かせてください!」
レイナの真意が通じたようで、ラビスも
「まあ、良いか」
『友達』として関係を進展させるのも悪くない、と目的は
***
「自分の家だと思ってくつろいでいてね」
「お帰り、お客さんか?」
レイナは
「突然押し掛けて申し訳ございません! ラビス=ベルティーネと申します!」
椅子から立ち上がり
「もう友達が出来たのか、しかも女の子……お前も隅に置けないな」
「
ロイドの考えを否定すると、隣に立つ彼女にジト目で
「何でもない……」
「そちらは何ですか……?」
「そうやって沢山悩んでいけ、いつかお前を男にする!」
ニヤニヤとこちらを見るロイドに問い掛けると、意味不明な回答を残すだけであった。
「意味分からないこと言ってないで、ティータイムにしましょう!」
紅茶やクッキーをお盆に乗せてこちらへ運んだ。
「アルムはマインを呼んで来て――――いや、私が声を掛けてくるわ」
「よろしくお願いします……」
「『マイン』って話してた妹さんだよね、どうかしたの?」
「――――って訳なんだ。正直、ウンザリしているよ」
「あんなに頑固な性格だったかな……」
「もしかしたら早めの反抗期なのかもしれないわね」
変な気を回してテーブル席から離れた位置で食事を取っていた両親は、いつの間にか俺の隣に座り、ラビスとの会話に
「……私はマインちゃんの気持ち、少し分かるなぁ」
「えぇ……」
助言を求めつつも、少しくらい共感してくれると期待していたらまさかの妹側。とはいえ、マイン目線の考えを聞けるいい機会でもある。俺たちはこれから話す彼女の助言に耳を傾けた。
「マインちゃんにとって旅行は、凄く楽しみな予定だったんだと思います。皆さんも心待ちにしていたモノが突然無くなってしまったら怒りますよね?」
問い掛けられた俺たちは静かに
「でも、そんな凄い所に行くわけでもないんだぜ?」
彼女の言っていることは分かるが旅行先は普通の
「『どこに行くか』ではなく『誰と行くか』が大切なんです。レイナさん達は仕事、アルムは試験勉強でマインちゃんと接する時間が少なかったんじゃないですか?」
再び問い掛けられた俺たちは、彼女の言葉にハッっとされる。
「誰にも構ってもらえないのは凄く寂しいものです。それでも自分の気持ちを押し殺して我慢できたのは、家族旅行があったから……マインちゃんにとって仕事にも勉強にも
「「「…………」」」
彼女が妹の様子を聞いてきたのはそういう事だったのか。確かに一人で遊んでいる所よく見かける割に、こちらに構ってくる様子はほとんど無かった。俺はそれを一人で遊ぶのが好きなんだと勘違いしていた……。
「……親バカかと思うかもしれないけれど、アルムは子供の頃から賢いというか、あまり手の掛からない子供だったの。だから『マインも我慢できる』って、いつの間にか押し付けていたのかもしれないわね……」
レイナは心の内を吐き出すように話した。性格や考えが
でも――――このままで良いわけがない。
「ありがとうね、ラビスちゃん」
「そんな……! 子育てをしたことも無いのに差し出がましい事を言ってしまい、すみませんでした」
頭を下げる彼女の手をレイナは優しく握った。
「そんなことないわ、貴方とここで話せなかったら、ずっと仲直り出来なかったかもしれないの。だからこれからもアルムと
「ハイッ! ――――はい?」
ハッキリと返事したと思ったら一変、首を
「やっぱり酒か……」
レイナは
「さっきから静かだと思ったら……」
俺は額に手を当てて大きくため息を付いた。こんな情けない親の姿を見られたら、ラビスと距離を置かれるかもしれない。
「ちょっと! 早くどうにかしてよ――――!」
父親に
***
ラビスから母親を引き離したアルムは足早に家から出て行った。時刻は四時を回り明るい
「悪いな、せっかく家に来てくれたのに
「謝らないで。確かに驚きはしたけど全然嫌じゃなかったよ」
「そう言ってくれると助かるよ」
会話が
「……ねえ、アルムの魔法を見せてくれない?」
「ここでか?」
「うん、駄目かな……?」
突然の頼みに驚きつつも、アルムは【
「これが……アルムの魔法……」
短剣を手に取ると、何かを確かめるようにゆっくりと刀身を
(やっぱりこの人だったんだ……)
「何かおかしかったか?」
短剣を見つめ、
「ああ! ごめんね! ありがとう、凄い魔法だね……」
「欲しいなら上げるけど?」
アルムの提案を
「欲しいモノはずっと前に貰っているから……」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん! 何でもない。私の家近くだから見送りありがとう、また明日!」
渡し
「ああ、また明日」
右手を軽く上げて夕陽で照らされた
荒い
「ラビスちゃん! そんなに慌ててどうしたの?」
受付席に
「――――だ、大丈夫です。運動のため軽く走って来ただけなので……」
「それなら良いんだけどね……入学式はどうだったんだい?」
「色んな施設があってすごく楽しそうでした。それに……友達も出来ました」
「楽しい学園生活が送れそうなら良かったわ。夕食が出来たら呼ぶわね」
女性は夕食の
「ウウゥン――――ハァ!」
枕を抱きかかえたまま
「――――めっちゃ緊張した。まさか学園でアルムと再会できるなんて、凄くカッコ良くなってたし……」
横回りでうつ伏せになって足をバタバタさせる。
「でも、憶えていなかったなぁ……」
最高潮だった気分が一瞬にして地に落ちる。
「一緒に居た時間なんて三十分ぐらいだし、仕方ないよね。でもあんな助けられ方されたら忘れるわけないじゃん!」
誰かに共感を求めるような言い方をするがこの部屋には彼女一人であり、ただの独り言だ。
「……これを見せたら、思い出してくれるのかな」
彼女は
「いや、思い出してもらえる権利なんか無いか……」
結晶細工を枕元にそっと置く。そして
「あいつ大丈夫か……?」
「
入学式を終えて翌朝、 B組の生徒たちは教室の真ん中で独り寂しく座っている少年に注目していた。寂しくというのは
身内との関係が悪い状態が続くことは決していいことではない。
(ラビスには何かお礼をしなくちゃな!)
清々しい気分で彼女を待っているアルムにセロブロと取り巻きが近づく。
「おい! 気色の悪い笑みを僕に見せるな」
「嬉しそうに見えますか? ありがとうございます!」
妹と仲直りが出来たことが相当嬉しかったようで会話が成り立ってない。そんなアルムの様子にセロブロは怒りを
「……僕の命令を無視するとは良い度胸じゃないか! こうなったら実力
アルムの
「ラビスッ!」
目の前の長机を乗り越えてラビスの前に着地する。
「おはようアルム。妹さんと仲直り出来た?」
「ああ、お前の助言のお陰だよ。本当にありがとうな!」
「んふふ……どういたしまして」
アルムは彼女の両手を強く握りしめる。ラビスも
「僕の命令や話を無視した上に平民の女といちゃつくとは……舐めた真似をしてくれるじゃないか!」
「セロブロ様! 教室で魔法は幾ら何でもヤバいですよ!」
セロブロの
「
浮かれていたアルムも魔力を感じてセロブロの方へ意識を向ける。
「いつまでその余裕が続くのか
アルムに向けて火球を突き出す――――。
「何をやっているんだ、セロブロ=ジクセス」
「テ……テイバン=エルマリス様!」
取り巻きの一人が悲鳴を上げるようにその者の名を呼んだ。
「何故、テイバン殿がこちらに?」
呼び捨てされた事に怒り狂うと思いきや、火球を消して対話に応じた。
「
「滑稽、だと! 同じ公爵家の地位にいるとは言えその発言は無礼だぞ……」
アルムに向いていた怒りの
「無礼はどちらだ? 同じ地位でも俺は四年生、それに実力も――――」
灰色に染められた前髪の隙間から鋭い
「……ッ! 先輩に対しての無礼をお許しください……」
「こちらも言い過ぎたようで済まないな」
「エルマリス君がこのクラスに来ていたようですが、何かあったのですか?」
「何でもありません……」
ぶっきらぼうにセロブロは返答して席に座る。アルムたちも空いている席に座りホームルームの準備をした。
「よく分かりませんが、皆さんおはようございます!
当然、生徒のほとんどが悲鳴を漏らした。魔物との戦闘は例年であれば、入学して三か月ほど経った頃に行われるため驚きを隠せないもの無理はない。
「安心してください。今年の試験には『騎士団の方々』が同行してくれるため、そこまで怖がらなくも大丈夫ですよ」
「き、騎士団⁉ やったぜ!」
「気に入ってもらえるチャンスだ!」
悲鳴から一変して、辺りから
「
フェルンが教室を後にすると、生徒たちは試験の話題で持ち切りだった。
「セロブロ様の力が騎士団にお見せできる日がこんなにも早く訪れるとは、良かったですね!」
「そうだな……」
(アルム=ライタード……この僕に恥を搔かせた事を死んで後悔させてやる!)
セロブロは
「魔物は少し怖いけど、楽しみだね!」
「ああ、試験が楽しみだ」
それぞれ期待や怒り、不安を抱えて二週間後の試験に
同時刻――――アグエラ大陸南方のとある教会。
太陽が昇っているにも関わらず、中の
「ブライトン殿、
異様な雰囲気を
「
「それなら良かったわ。これからも『死神教』のために信者を増やして下さいね」
「信者といえば、例のモノをご指示通り、各国の信者に配っておきました」
蝋燭の灯りが微かに揺れ、
「仕事が早いところが貴方の
「隣国のメイレス王国、北方のアストリア帝国、あとは……北東のベルモンド王国と言ったところでしょうか」
「ベルモンド……あの子が住んでいる国ね」
「あの子、とは?」
奇妙な様子にブライトンは首を
「気にしないで、独り言よ。そんなことより『彼』に祈りを
「そうですね……」
両者は
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