第7話 入学編Ⅲ
魔法学園の入試試験から二週間後――――合格通知が届き、入学に向けて準備をしていた。
「はああぁ! 大変過ぎんだろッ!」
俺は黒色の布地に針を通して
「アルム、口じゃなくて手を動かせ!」
ロイドは熱した鉄板を押して制服のしわを取る。
「みんなペース上げて……! このままじゃ納品が間に合わないわ」
レイナは
「はあぁ……何でこんな事に……」
俺たち三人は夜通しで魔法学園の制服を製作していた。例年通りなら生産力の高い大きな店で仕立ててもらうのだが二日前、何者かに
受験が終わったらどこか旅行に行こうと話していた矢先にこれである。マインは
そして納品日当日の午前十前時、何とか間に合わせることができた。俺を含めて全員目の下にクマが出来ている。
「あぁ……辛い、辞めたい、終わりたい」
ロイドはリビングの壁に寄りかかり服好きとは思えない発言を
「そうね、転職しましょうか」
レイナは全てを悟ったように
「片付けは俺がしておくから、父さんたちは寝てて」
「頼んだ……」
両親は
「さて、マインを迎えに行くか」
妹を預かってくれた老夫婦のお宅へ向かった。
「いらっしゃいアルムくん。仕事は終わったのかい?」
ドアを開けると優しく
「ええ、なんとか終わらせました。マインは迷惑を掛けなかったでしょうか?」
「マインちゃんは良い子だったよ。サラダは食べなかったけど……」
「すみません。好き嫌いが多くて……」
「マインちゃん! お兄ちゃんが迎えに来てくれたよ」
リビングのドアを開けるがお
「マインッ! 出てきなさい!」
「アルムくん、そんなに怒らなくても……」
俺を
「いつまで迷惑を掛ける気だ、帰るぞ!」
テーブルの下に手を伸ばて引っ張ると、大粒の涙を流して泣き出す。
「やだ! やだ! やだ! ここにずっといる――――!」
暴れて抵抗するが、右腕を腹部に回して持ち上げた。
「本当にお世話になりました。
「こっちこそマインちゃんと遊べて楽しかったよ。また遊びに来てね」
「ご両親によろしく伝えておいてくれ」
「はい。ありがとうございました」
深くお
「グスッ、グスッ――――」
マインは抵抗を諦めて、ダランと俺の腕にぶら下がっている。周囲から変な目で見られているが、顔見知りも多いため問題ないだろう。だが、
「マイン、下ろすぞ」
「…………」
「いつまでいじけてるんだ。下ろすぞ」
「…………」
「はあ……」
そのまま歩き進んでソファーの上にそっと置く。正直、床に下ろしたいと思ったが、子供にムキになるほど
自室に入るとベットに体を預けた。
***
「ふあぁ――――よく寝た」
窓からの景色は真っ暗で時計は夜の七時を示していた。昨日まで三時間睡眠を続けていたから、睡眠は人間にとって大切であると改めて実感する。リビングに向かうといつも通りの日常があった。
「おはよう、いや、『こんばんわ』か? 色々任せてしまって悪かったな」
「魔力のお陰で色々と
「魔法って便利だな。お父さんも使ってみたいよ」
「無いものねだりしても仕方ないでしょ」
レイナがテーブルに夕食を置く。
「おっ! 夕食はクリームシチューか、良かったなマイン」
何事も無かったかのように話しかけるが――――。
「フンッ!」
パンをかじりながらそっぽを向かれた。
「どうした、喧嘩か?」
「そんな事ないよ。なあマイン」
何とか仲直りしようと試みるが、またしてもそっぽを向かれる。
「これは
仲直りは難しそうだったため仕方なく椅子に座った。
『時間が解決してくれるだろう』と
***
「うん……悪くないな」
朝食を食べた俺は制服に
「どう? 似合っている?」
客観的な意見を求めて朝食を食べている家族らに見せつけた。
「凄く似合っているじゃない!」
「ああ、男前だな」
両親はいつも以上に嬉しそうな表情を見せる。普段着は彼らが作ったモノを着てきたが
「マインはどう思う?」
「知らないッ!」
ダメ元で聞いてはみるがやっぱり駄目だった。両親も間を取り持とうと手を貸してくれるが、
「……じゃあ学園に行って来るよ」
革製の
「「いってらっしゃい」」
二人に見送られて家を後にする。勿論、マインからの言葉は無かった。
喧嘩することはあっても
「どうするかな……」
楽しみにしていた入学式までの道のりは全く関係ないことに悩まされ、新入生で一番暗い顔であったことに間違いないだろう。
***
校門を通った俺は受験の時と同じように、教員の案内を受けて入学式の会場へ向かう。しかし張り詰めた空気感はすっかり消え去り、
「でかいな……」
目の前の大きな会館に思わず声を漏らす。内装は木材を中心に使われており、玄関の反対側には大きなステージが見えた。
入学式まで時間を余したため、他の新入生と交流を図りながら時間を潰した。
「これからベルモンド魔法学園、入学式を
数十分後、新入生が
「では、教室案内に移ります。担任の先生に従って下さい」
合格通知表にクラスが
「一年B組の担任を務めるフェルン=リカードと言います。気軽に『フェルン先生』と呼んでくれたら嬉しいです。今日は自己紹介をしてから学園案内をしたいと思います! では貴方からお願いします」
前の席に座っていた生徒から順番に自己紹介が行われていく。生徒の半分近くが貴族の家系である以上、このクラスにもそれらしい人間がチラホラ見受けられるが、言葉遣いに気を付ければ大きな問題に発展することは無い。貴族にとって平民と同じ空間で、同じ授業を受けることは良しとしないが、魔法学園の方針であれば従うしかない。だからこそ『分を
「ジクセス
順番が回るや否や、
「……ジクセス様が支配してくれるなら安心ね」
「ジクセス様以外に相応しい奴はいねえよ!」
「ジクセス様と同じクラスになれて感激だわぁ」
クラスメイトは糾弾するどころかその発言に同調すらしていた。正確には貴族連中だが、次第にクラス全体がセロブロを推すようになっていた。王族の次に偉いとは言え、これ程の発言力を秘めていたとは……敵対しない方が身のためだな。
「みんなありがとう! だが残念なことに僕の支配を
両手を上げて制止させると後ろの席を見渡した。
公爵に逆らうとは馬鹿な奴が居たモノだ、一体だれが――――。
「アルム=ライタード! 彼は僕を
「……えッ?」
彼は俺を指差し、あることないこと話し出した。他人事だと思っていた俺は
これは……終わったかもしれないな。
「コラッ! 入学早々喧嘩しては駄目ですよ!」
フェルンは
「……進行を
担任相手でも傲慢な態度を取ると思いきや、軽くお
「まったく……では自己紹介を続けてください」
先の
隣の生徒がちょうど自己紹介を終えたようだ。俺は周りからの冷ややかな視線に気づきながらも、堂々と立ち上がった。
「先程ジクセス様から指名されましたが改めて、アルム=ライタードと申します。魔法塾には通っていなかったので初対面ではありますが、仲良くしていただけると嬉しいです。よろしくお願いします」
ゆっくりと、
「フッ……終わったな、俺の学園生活……」
全てを諦めた俺は、心の中でロイドたちに謝りながら外部の音を聞き流していた。
***
自己紹介を終えた俺たちはフェルンを先頭に校舎内を歩いていた。列で歩いていると言っても俺を
「友達の一人くらい、作りたかったぜ……」
「ごめんなさい、通ります……!」
前の列から女子生徒が一人、列の間を通り抜けてこちらに駆け寄ってくる。無理やり押し通ったせいで制服にしわが寄り、短い茶髪が乱れていた。
「俺に何か用ですか?」
セロブロの手先かと警戒しながら話しかける。彼女は軽く息を整えてから
「私を、覚えていますか?」
自身の胸に手を当てて質問を投げかけられ、首元の
「たしか……ラビス=ベルティーネさん、だよね」
「……はい、覚えて下さりありがとうございます」
彼女は声のトーンを数段落として顔を
「それで、俺に何か用でもありましたか?」
「あの、えっと――――私と友達になってください!」
思いもよらない発言に
「どうして、俺と?」
友達を作りたい俺にとって断る理由は無い。が、この場で彼女の
理由次第では――――いや、理由に関係なく
「――――アルム君と友達になりたいからです!」
「……えっと、何で?」
「友達になりたいからです!」
「その理由を……」
「そもそも、友達になりたいことに理由っているんですか?」
「それは……」
俺の質問をそのまま返されてしまい言葉に詰まる。
「それとも……私と友達は、嫌ですか?」
「……そんなことはない、こちらこそ俺と友達になってくれ」
彼女の瞳が
「はい、よろしくお願いします! アルム君」
いや、最初から言っていたな。
「同級生だし、敬語も
「そう? だったら私のことも呼び捨てで良いよ」
「分かった。これからよろしくな、ラビス」
握手を求めて右手を彼女の前に出す。
「うん! アルム!」
柔らかい両手が優しく包み込んだ。何となく懐かしさを感じながら一緒に歩き出す。友達が出来たのは嬉しいがセロブロ辺りから嫌がらせを受ける可能性は高い。万が一、ラビスに危害を加えようとしたのなら全力で
心の中で決意を固め、学園で初めての友達が出来たのだった。
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