第7話 入学編Ⅲ

 魔法学園の入試試験から二週間後――――合格通知が届き、入学に向けて準備をしていた。


「はああぁ! 大変過ぎんだろッ!」


 俺は黒色の布地に針を通してい合わせる。正確にはを。


「アルム、口じゃなくて手を動かせ!」


 ロイドは熱した鉄板を押して制服のしわを取る。


「みんなペース上げて……! このままじゃ納品が間に合わないわ」


 レイナは丁寧ていねいに折りたたんで袋に詰める。


「はあぁ……何でこんな事に……」


 俺たち三人は夜通しで魔法学園の制服を製作していた。例年通りなら生産力の高い大きな店で仕立ててもらうのだが二日前、何者かに襲撃しゅうげきを受けて服を作っている場合では無くなり、うちのような個人店に依頼が来たというわけだ。


 受験が終わったらどこか旅行に行こうと話していた矢先にこれである。マインは駄々だだねて大変だった、ちなみに今は近所の老夫婦に預けてる。納品日まで残り一週間。生命維持せいめいいじに必要な食事と睡眠を確保したら、後はひたすら手を動かした。夢の中ですら服を縫っていて寝た気はしなかった。


 そして納品日当日の午前十前時、何とか間に合わせることができた。俺を含めて全員目の下にクマが出来ている。


「あぁ……辛い、辞めたい、終わりたい」


 ロイドはリビングの壁に寄りかかり服好きとは思えない発言を連呼れんこする。

 

「そうね、転職しましょうか」


 レイナは全てを悟ったように合掌がっしょうしていた。く言う俺もかつて無いほど心身ともに疲労した。魔力で肉体強化をしていなければ二人以上にヤバかっただろう。


「片付けは俺がしておくから、父さんたちは寝てて」


「頼んだ……」


 両親は覚束無おぼつかない足取りで寝室へ向かった。俺は散らばった裁縫さいほう道具や布を元に戻した。


「さて、マインを迎えに行くか」


 妹を預かってくれた老夫婦のお宅へ向かった。


「いらっしゃいアルムくん。仕事は終わったのかい?」


 ドアを開けると優しく微笑ほほえんだおばあさんが出迎えてくれた。


「ええ、なんとか終わらせました。マインは迷惑を掛けなかったでしょうか?」


 廊下ろうかを歩きながら妹の様子を尋ねる。


「マインちゃんは良い子だったよ。サラダは食べなかったけど……」


「すみません。好き嫌いが多くて……」


「マインちゃん! お兄ちゃんが迎えに来てくれたよ」


 リビングのドアを開けるがおじいさんが一人、落ち着かない様子で居るだけだった。大方おおかた仕事で構ってもらえなかったことに、いじけて隠れているのだろう。


「マインッ! 出てきなさい!」


「アルムくん、そんなに怒らなくても……」


 俺をなだめようとするが至って冷静だ。部屋中を見回すとテーブルの下にマインが着ていたスカートが見えた。


「いつまで迷惑を掛ける気だ、帰るぞ!」


 テーブルの下に手を伸ばて引っ張ると、大粒の涙を流して泣き出す。


「やだ! やだ! やだ! ここにずっといる――――!」


 暴れて抵抗するが、右腕を腹部に回して持ち上げた。


「本当にお世話になりました。後日ごじつお礼をさせてください……」


「こっちこそマインちゃんと遊べて楽しかったよ。また遊びに来てね」


「ご両親によろしく伝えておいてくれ」 


「はい。ありがとうございました」


 深くお辞儀じぎして老夫婦のお宅から退出した。


「グスッ、グスッ――――」


 マインは抵抗を諦めて、ダランと俺の腕にぶら下がっている。周囲から変な目で見られているが、顔見知りも多いため問題ないだろう。だが、見世物みせものになる気は無いので、足早に帰宅する。


「マイン、下ろすぞ」


「…………」      


「いつまでいじけてるんだ。下ろすぞ」


「…………」


 語彙ごいを強めて何とか立たせようとするが、それでも無言をつらいた。


「はあ……」


 そのまま歩き進んでソファーの上にそっと置く。正直、床に下ろしたいと思ったが、子供にムキになるほど未熟みじゅくではない。強引な手段で連れ帰ってしまった事は認めるが、疲れていてあまり余裕が無かった。


 自室に入るとベットに体を預けた。


 ***


「ふあぁ――――よく寝た」


 窓からの景色は真っ暗で時計は夜の七時を示していた。昨日まで三時間睡眠を続けていたから、睡眠は人間にとって大切であると改めて実感する。リビングに向かうといつも通りの日常があった。


「おはよう、いや、『こんばんわ』か? 色々任せてしまって悪かったな」


 茶化ちゃかせる程度には回復してよかった。


「魔力のお陰で色々と融通ゆうずうが利くからね。これぐらい任せてよ」


「魔法って便利だな。お父さんも使ってみたいよ」


「無いものねだりしても仕方ないでしょ」


 レイナがテーブルに夕食を置く。


「おっ! 夕食はクリームシチューか、良かったなマイン」


 何事も無かったかのように話しかけるが――――。


「フンッ!」


 パンをかじりながらそっぽを向かれた。


「どうした、喧嘩か?」


「そんな事ないよ。なあマイン」


 何とか仲直りしようと試みるが、またしてもそっぽを向かれる。


「これはしばらく続きそうだ……」


 仲直りは難しそうだったため仕方なく椅子に座った。


 『時間が解決してくれるだろう』と楽観視らっかんししていたが、解決のきざしが見えないまま一週間が経ち、入学式当日を迎えることになった。


 ***


「うん……悪くないな」


 朝食を食べた俺は制服にそでを通し、洗面所に設置された鏡の前で最終確認を行っていた。白シャツの上に長袖の黒ジャケットと黒ズボンを羽織はおり、紺色こんいろのネクタイでえりを締める。


「どう? 似合っている?」


 客観的な意見を求めて朝食を食べている家族らに見せつけた。


「凄く似合っているじゃない!」


「ああ、男前だな」


 両親はいつも以上に嬉しそうな表情を見せる。普段着は彼らが作ったモノを着てきたが正装せいそうを袖に通すことは初めてであり、感慨かんがい深いものがあるのだろう。


「マインはどう思う?」


「知らないッ!」


 ダメ元で聞いてはみるがやっぱり駄目だった。両親も間を取り持とうと手を貸してくれるが、いま光明こうみょうの糸口が見えていない。 


「……じゃあ学園に行って来るよ」


 革製の手提てさげバッグを手に取って玄関ドアを開ける。


「「いってらっしゃい」」


 二人に見送られて家を後にする。勿論、マインからの言葉は無かった。


 喧嘩することはあっても有耶無耶うやむやなって仲直りするケースがほとんどだった。が、今回は異常なまでにマインが意地を張っている。日常生活に支障ししょうは少ないとはいえ、良好な関係であることに越したことはない。


「どうするかな……」


 楽しみにしていた入学式までの道のりは全く関係ないことに悩まされ、新入生で一番暗い顔であったことに間違いないだろう。


 ***


 校門を通った俺は受験の時と同じように、教員の案内を受けて入学式の会場へ向かう。しかし張り詰めた空気感はすっかり消え去り、歓迎かんげいするような空気感に変わっていた。それに呼応こおうするように植えられていた木々も、新たなつぼみみのらせた。


「でかいな……」


 目の前の大きな会館に思わず声を漏らす。内装は木材を中心に使われており、玄関の反対側には大きなステージが見えた。


 入学式まで時間を余したため、他の新入生と交流を図りながら時間を潰した。


「これからベルモンド魔法学園、入学式をり行います」


 数十分後、新入生がそろったことを確認した教師は進行を始めた。会館内はそこまで騒がしくなかったため、魔法で拡張しなくてもよく聞こえた。理事長や生徒会長から挨拶あいさつがあったが、あまりに退屈で欠伸あくびえるのに必死だった。


「では、教室案内に移ります。担任の先生に従って下さい」


 合格通知表にクラスが記載きさいされていたため、クラスごとに分かれて担任の後を追う。昇降口しょうこうぐちから二階に上がり、『B組』と掲示けいじされた教室に入っていく。受験の時に使った教室ではないが内装に違いは無く、クラスメイトらは好きなところへ座っていった。


「一年B組の担任を務めるフェルン=リカードと言います。気軽に『フェルン先生』と呼んでくれたら嬉しいです。今日は自己紹介をしてから学園案内をしたいと思います! では貴方からお願いします」


 前の席に座っていた生徒から順番に自己紹介が行われていく。生徒の半分近くが貴族の家系である以上、このクラスにもそれらしい人間がチラホラ見受けられるが、言葉遣いに気を付ければ大きな問題に発展することは無い。貴族にとって平民と同じ空間で、同じ授業を受けることは良しとしないが、魔法学園の方針であれば従うしかない。だからこそ『分をわきまえ』、『立場の違い』を理解して接していれば、曲がりなりにも友好的ゆうこうてきに接してくれる。はなから平民を見下しているような奴にはどうしようもないがな――――。


「ジクセス公爵こうしゃく家長男、セロブロ=ジクセスだ! この教室は僕が支配してやる、光栄こうえいに思え」


 順番が回るや否や、傲慢不遜ごうまんふそんな自己紹介を始め、教室内が静まり返る。


 いくら地位があっても糾弾きゅうだんされるだろう、そう思っていたもの束の間。


「……ジクセス様が支配してくれるなら安心ね」


「ジクセス様以外に相応しい奴はいねえよ!」


「ジクセス様と同じクラスになれて感激だわぁ」


 クラスメイトは糾弾するどころかその発言に同調すらしていた。正確には貴族連中だが、次第にクラス全体がセロブロを推すようになっていた。王族の次に偉いとは言え、これ程の発言力を秘めていたとは……敵対しない方が身のためだな。


「みんなありがとう! だが残念なことに僕の支配をこばんだ愚か者が居たんだ」


 両手を上げて制止させると後ろの席を見渡した。


 公爵に逆らうとは馬鹿な奴が居たモノだ、一体だれが――――。


「アルム=ライタード! 彼は僕を愚弄ぐろうし、あまつさえ家名を知らなかったのだ!」


「……えッ?」


 彼は俺を指差し、あることないこと話し出した。他人事だと思っていた俺は唖然あぜんとしているだけだった。しかし何も話さなければ大変なことになると理解し、弁明べんめいをしようと試みるが――――既に遅かったようだ。クラスメイトが敵意や嫌悪感けんおかんを持った視線を向けられている。


 これは……終わったかもしれないな。


「コラッ! 入学早々喧嘩しては駄目ですよ!」


 フェルンはおくすることなく止めに入る。


「……進行をさまたげてしまい、申し訳ありません」


 担任相手でも傲慢な態度を取ると思いきや、軽くお辞儀じぎして席に座った。


「まったく……では自己紹介を続けてください」


 先の問答もんどうが無かったかのように引き続き行われる。フェルンが権力に屈しない教師であったことは不幸中ふこうちゅうの幸いであるが、大半の生徒には敵意を向けられ、もう半分の生徒には悪印象を持たれてしまった。このままでは学園生活ボッチどころか、イジメの対象になってしまう。自己紹介で少しでもイメージ回復に努めなくては……!


 隣の生徒がちょうど自己紹介を終えたようだ。俺は周りからの冷ややかな視線に気づきながらも、堂々と立ち上がった。


「先程ジクセス様から指名されましたが改めて、アルム=ライタードと申します。魔法塾には通っていなかったので初対面ではありますが、仲良くしていただけると嬉しいです。よろしくお願いします」


 ゆっくりと、滑舌かつぜつよく話し、最後は深々と頭を下げる。挨拶はこれ以上ないほどに完璧だ。席に座ってクラスメイトたちの表情をうかがうと――――挨拶の前後でほとんど変化は見られなかった。


「フッ……終わったな、俺の学園生活……」


 全てを諦めた俺は、心の中でロイドたちに謝りながら外部の音を聞き流していた。


 ***


 自己紹介を終えた俺たちはフェルンを先頭に校舎内を歩いていた。列で歩いていると言っても俺を最後尾さいこうびにし、クラスメイト全員から距離を置かれている。『悪い意味』の接触があると思ったが、今のところ距離を置いているだけだった。恐らく実技試験での魔法を聞いて警戒けいかいしているのだろうな。一応、校舎案内の中に図書室や研究室など興味深い部屋があったが、今の俺はこれからの身の振り方を考えるのに精いっぱいでそれどころでは無い。


「友達の一人くらい、作りたかったぜ……」


「ごめんなさい、通ります……!」


 前の列から女子生徒が一人、列の間を通り抜けてこちらに駆け寄ってくる。無理やり押し通ったせいで制服にしわが寄り、短い茶髪が乱れていた。


「俺に何か用ですか?」


 セロブロの手先かと警戒しながら話しかける。彼女は軽く息を整えてから深緑色ふかみどりいろひとみでこちらを見つめた。


「私を、覚えていますか?」 


 自身の胸に手を当てて質問を投げかけられ、首元の紐状金属ネックレスチェーンに埋め込まれた小さな翡翠色エメラルドの宝石に思わず見入ってしまう。しかし、即座に視線を外して彼女の顔から自己紹介で見聞きした顔と名前を一致させる。


「たしか……ラビス=さん、だよね」 


「……はい、覚えて下さりありがとうございます」


 彼女は声のトーンを数段落として顔をうつむかせた。


「それで、俺に何か用でもありましたか?」


「あの、えっと――――私と友達になってください!」


 思いもよらない発言に面食めんくらってしまう。


「どうして、俺と?」


 友達を作りたい俺にとって断る理由は無い。が、この場で彼女の真意しんいを確かめなければならない。客観的きゃっかんてきに見て、今の俺と関係を持つことは極めて危険だ。クラスメイトから距離を置かれるだけでなく、排除の対象になってしまうかもしれない。


 理由次第では――――いや、理由に関係なく丁重ていちょうに断るとしよう。


「――――アルム君と友達になりたいからです!」


「……えっと、何で?」


「友達になりたいからです!」


「その理由を……」


「そもそも、友達になりたいことに理由っているんですか?」


「それは……」


 俺の質問をそのまま返されてしまい言葉に詰まる。


「それとも……私と友達は、嫌ですか?」


「……そんなことはない、こちらこそ俺と友達になってくれ」


 彼女の瞳がうるんだのを見て、真意を確かめるのは諦めた。


「はい、よろしくお願いします! アルム君」


 いや、最初から言っていたな。


「同級生だし、敬語も敬称けいしょうも必要ない」


「そう? だったら私のことも呼び捨てで良いよ」


「分かった。これからよろしくな、ラビス」


 握手を求めて右手を彼女の前に出す。


「うん! アルム!」


 柔らかい両手が優しく包み込んだ。何となく懐かしさを感じながら一緒に歩き出す。友達が出来たのは嬉しいがセロブロ辺りから嫌がらせを受ける可能性は高い。万が一、ラビスに危害を加えようとしたのなら全力で阻止そししよう。


 心の中で決意を固め、学園で初めての友達が出来たのだった。


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