第6話 入試試験

 紺色のコートを羽織はおり、黒革の手提てさげバックを持って玄関に立っていた。


「試験頑張れよ、アルム」


 ロイドは自信に満ちた面持おももちで俺の肩を叩く。


「……最後にもう一度持ち物を――――」


「昨日確認したから大丈夫だよ」


 レイナは緊張した面持ちでぎこちない手振りを見せる。


「うーん……眠い」


 マインは眠たそうな面持ちで目を擦った。


吉報きっぽうを期待していてね。行ってきます!」


「「「いってらっしゃい!」」」


 家族全員で送られ、家のドアを開ける。 


「……今年も寒いな」


 コートが覆われていない顔や手に冬風が吹きつける。今年は例年より乾燥しており、雪もそれほど積もってはいなかった。


 両親に進言してから二年が経ち、今日が学園の入学試験だ。


 この二年間は親公認で森の魔物や遠方の魔物を倒し続けた。お陰で魔法力が上達したり、人との出会いもあった。魔法塾に通っていなかったことに両親は心配していたが、得られるものは何十倍も多かった。


「さっさと合格してくるか!」


 一番上のボタンを閉じて学園に向けて歩いた。


 ***  


 魔法学園は王都中心に建つ王城から少し離れた位置で構えており、授業の為に様々な施設や広大な土地を確保している。各国、魔法の発展は自国の利益に大きく貢献こうけんするため出し惜しみはないらしい。


「すげぇな!」


 校門を通り抜けた先には、ブラウン色の木材が使われた校舎が目に入る。外から見たところ六階建ての建物で横幅も長く、大きな施設も見えた。


 周辺国では大国の部類ぶるいに入るが、よくここまで出来たモノだ。


「受験者の方は我々の誘導に従って下さい」


 教員と思しき人間が受験者の誘導を行っていた。皆、合格するために歩きながら書物を読んでいたり、願掛がんかけを行っていたりと必死な様子。そんな俺も余裕があるわけでは無いが、試験内容がかなり有利だったので特に焦る必要も無い。試験は魔法実技と魔法知識や歴史、算術などの一般問題などの筆記試験だ。実技は言うまでもく、筆記試験も大した脅威きょういにはならない。


 教員たちの誘導に従って歩いていると屋外の広場に案内された。適当に見渡しただけでも二百人はいるだろうな。


 試験説明まで少し時間を余した。レイナの意向いこうで早めに来たが少し暇を持て余した。話してはならないという規定も無いし、同年代との交流を深めよう。


「おはよう、俺の名前はアルム=ライタード。君の名前は?」


 特に勉強している様子でも無かったので隣の受験生に話しかけると、嫌そうな表情を見せる。


「ライタード? 聞いたことがない家名だな。平民の分際ぶんざいで僕に話しかけるな」


 平民であることは事実なので仕方ないが初対面相手にコレか。身なりからして良いところの貴族ではあるのだろうが……腹立つ。


「申し訳ありません。では貴方様のお名前を教えてください」


 言葉を正して、同じ質問を投げかける。


「僕の名前はセロブロ=ジクセス。の息子だ!」


 セロブロは胸を張って家名を大々的に言い放つ。


「そ、それは失礼致しました。ジクセス様!」


 深々と頭を下げると、彼は鼻を鳴らしてご満悦まんえつな表情を浮かべた。


 『公爵こうしゃく』ということはかなりの地位だな。貴族に対して興味はないが今後の学園生活を考えれば、大人しくしておくのが身のためだろう。


「「セロブロ様!」」


 手下と思しき二人組の男がこちらに来たため、静かにその場から離れた。


 初めての貴族との会話は最悪だった。


 ***


 広場に置かれた茶色石の壇上だんじょうに男性教員が立ち上った。


「これより試験の説明に入る。ではお願いします」


 男性教員は軽く頭を下げて階段を下っていく。謎の言動に受験生らがざわめきそうになった時――――なにも無かった壇上で白く光り出した。


「なんだ……?」


 突然の光に思わず腕で遮る。目を凝らしてみると人影が見えた。


「受験者の皆さん、おはようございます。試験説明を務めるレイゼン=シュベルバルクです」


 長髪の白い髪を結び、膝下近くまである灰色のコートを身にまとっていた。貴族の受験者より上質な素材を使っているように見える。


 それも当然だ。彼は三十二歳という若さでベルモンド魔法学園の理事長に就任しゅうにんした天才魔法師。他の貴族より財も地位も高いのだ。

  

「ここにいる受験者は二百二十八人。全員を入学させたいのですが、我が学園は百二十人までしか入学を許していません。よってこれから行われる実技試験で定めた基準を超えられなかった者はその時点で失格となり、合格者のみ筆記試験を行います」


 受験者の中から悲鳴のような声が聞こえた。


「内容は至ってシンプル。対象物に魔法を放ち、先生たちが採点いたします。基準は属性ごとで違うので監督の先生から説明を受けてください。以上で説明を終わります」


 説明が終わると再び白い光が発せられ、壇上から姿を消した。そして教員らが属性ごとに整列するよう呼びかける。


 魔法属性は火、水、土、雷、風、無の六属性が存在する。俺の『暗黒魔法』は無属性魔法に分類され、ほとんどの人間は一つの属性を扱うことが出来る。


 無属性魔法の列に並ぶと他の属性より受験者が少ない。


 無属性魔法は多種多様の魔法を総称して呼ばれているため、血統以外でその魔法を使えないことがほとんどだ。魔法の扱い方を親世代から教わっていれば良いのだが、使いこなせず自滅してしまうケースも多い。だからこそ最低限魔法を扱える者だけがこうして受験してくるため、他より少なくなってしまう事は仕方ないと言えるだろう。


「君らを監督するマイルズだ。これから試験場に案内するから付いて来きなさい」


 マイルズという男性教員の後をついて、広場から離れた大きな建物へ移る。一面に石板が敷き詰められており、中心に分厚い石壁が立っていた。


「君たちにはこれを破壊してもらう」


 マイルズは人差し指の関節で石壁を叩く。


「魔法は一度きりだ。自分が出せる最大の魔法をこの壁にぶつけろ」


 説明を終えたマイルズは石壁から距離を取って名簿を手に取った。挙手制なのだろうがお互いに牽制けんせいして始まろうとしなかった。


「アルム=ライタードです。よろしくお願いします」


 大きく腕を上げて試験を始める。


「よし! アルム=ライタード。好きな場所から魔法を放て」


 彼の指示に従って石壁から十メートルほど離れた位置で地面に手を触れる。


 最大出力だと建物どころか学園ごと壊してしまう。出力を抑えて――――。


「【黒棘ブラック・スパイル】」 


 触れた石板から一本の黒い巨棘がり出す。石壁を貫くと天井近くまで棘先が伸びる。大穴が開いた石壁は亀裂きれつが入り、上半分が粉々に砕けた。


 例に漏れず、【黒棘】も訓練を積み重ねて魔力消費量の減少と出力の調整を出来るようになった。しかし魔法操作力を測る試験ではないため、現代の魔法レベルより高めに調整しておいた。


「どうでしょうか?」


 マイルズに合否を確かめるとほうけた顔を見せる。


「――――ああ……アルム=ライタード。合格だ」


 目の焦点が合っていなかったが判定はもらえたので言う事は無い。


「すげぇ魔法……」


「あれぐらい出来ないと合格できないなら、俺無理だぞ」


 周囲の反応もおおむねね想像通り。稀代きだいの魔法師、とまではいかないが『才能溢れる金の卵』ぐらいには評価してくれるだろう。


「あ、そうだ」 


 その場を離れようとする足を止めて指を鳴らす。石壁を容易く貫いた巨棘は砂となって崩れ去った。


「あの一瞬で魔法効果を失わせるなんて……」


 マイルズは驚きの表情で俺を見つめる。


 【黒棘】を片付けるのは中々大変だろうし、魔法を解いた甲斐かいがあったな。


 心地よい気分で受験者のところへ戻る。


「ほ、他に試験を受けたい奴はいないのか?」


「わ、私がやります!」


 引き続き、実技試験が執り行われた。


 ***


 最後の受験者が魔法を放つ。


「合格だ。これで全員終了、と」


 最初にいた二十三人の内、五人がふるい落とされて現在は十八人。俺の魔法力に匹敵する者は見当たらなかったが逆に言えば、俺が落とされる確率はほぼ無いと言っていい。万が一筆記試験が想定以上に難しかったとしても、魔法学園であれば多少の学力不備は目をつぶってくれるだろう。


「これから校舎の中に案内する。迷子になるんじゃないぞ」


 試験場から出た俺たちは校舎内へと移動する。校舎の外見も綺麗だったが、中は更に重厚感のあるシャンデリアや装飾品そうしょくひんいろどられ、落ち着いた雰囲気をかもしし出していた。学び舎には必要のないモノではあるが、在籍ざいせき生徒の五割が貴族の出自であるため、見栄えも重視しているようだ。


 階段を上って二階の教室に案内される。


「ここで筆記試験を実施じっしする。別の教員が来るから座って待っていろ」


 マイルズは列の先頭から離脱し、俺たちは教室へ入って行く。右側には長い黒板と教壇が設置され、反対側には階段状に長机と長椅子が造られていた。指定席では無かったため、自由に座ってその教員を待っていること数分。静かな教室にドアが開かれる音が響いた。受験者らの視線が、一斉に女性教師に向く。


「こんにちわ、筆記試験担当のフェルン=リカードと申します。貴方たちが入学したら担任となるので覚えてくれると嬉しいです」


 教壇に立った彼女は深くお辞儀すると濃紫色の長髪が上下に揺れた。


「試験用紙を配っていきます」


 人数分の冊子が宙を舞い、俺の目の前にそっと着地する。


 風魔法のたぐいだろうな、流石さすがの魔法操作力と言える。


 「試験時間は六十分です。始めてください」


 紙をめくる音が一斉に聞こえて筆記試験が始まった。


 ***


 試験開始から三十分が過ぎた。


 知らされた通り算術や歴史などの常識問題、魔法の原理説明といった基礎問題ばかりで心配していた俺が馬鹿みたいだ。この程度の内容が入試試験で出るという事は、学園そのものの魔法教育レベルが低いのかもしれない。勿論、学校生活がどういったものなのか興味があって受験したのだが、学園に通うのなら新たな知識を学びたいと思っても良いだろう。


「まあ、入試試験は簡単に作成されたという事にしておこう」


 独り言のように小さく呟き、次の問題に取り掛かる。


≪約五百年前の死累戦争しるいせんそうで『死神』と呼ばれた人物の名前を答えよ。≫


 思いもよらない問題にペンの動きが止まった。そしてまぶたを閉じて深呼吸をする。


 歴史の問題人物名を書くこと自体はそこまで珍しくも無い。が、前世とはいえ自分の名前を解答欄につづるというのは中々きついな……歴史についてそれなりに抑えていたが、俺のことは通り名や大雑把おおざっぱな伝承だけだったから入試には出ないと油断していた――――だが……まあ、俺のことは俺が一番知っているからな。むしろ出してくれて嬉しかったよ。


 気持ちの整理をつけた俺は解答欄に、≪ギベイル≫と書いた。


 ***


「六十分が経過しました。ペンを置いてください」


 試験終了の合図とともに、受験生たちはやり切ったような溜息ためいきを漏らす。


「これで入試試験の全てを終わります。試験用紙を提出したら帰って頂いて大丈夫です。皆さんと会える日を楽しみにしています!」


 彼女に用紙を提出して教室を後にする。他の教室からもぞろぞろと受験生らが退出した。その中には堂々とした態度で歩くセロブロの姿も見えた。


 あの様子だと受かっているだろうな。あんな横柄な態度を取る奴と同じ学年とは先が思いやられるが関わらなければいい話だ。


「とりあえず吉報きっぽうを届けられそうで良かった」


「アルム……」


 帰路きろに就こうとした時、集団の中から女の子らしき声が聞こえる。注視して辺りを見渡すがそれらしい人物は見当たらない。


「気のせいか……?」


 正体は分からなかったが敵意を感じたわけでは無い。一応、念頭に入れながら今度こそ帰路に就いた。


 ***


 時針が十二時を過ぎ、陽が昇ったお陰で早朝よりも温かく感じる。あと数分で家に着くが結局、俺の名前を呼んだ奴が接触してくることは無かった。だが声の主は名前を知っていて、かつ声を掛ける程度には交流があった人物で間違いないだろう。しかし同年代との交流で魔法を使えるような者はいなかった。


「教師が俺に――――いや、それは無いな」


 教師であれば強引に呼び止めることも可能だろうし、あの場で俺を見逃す必要が無い。そもそも何故もう一度呼ぶことを止めたのだろうか? 正直、俺が納得できる理由が考えられそうにないな。


「全く意図が読めないが……もしかしたら


 色々と考えている内に家に着いてしまったようだ。俺は気持ちを切り替えて玄関ドアを開ける。


「ただいま」


「「お帰り! 試験はどうだった?」」


 両親は鬼気迫ききせる勢いで顔を近づけた。


「お、落ち着いて出来たよ……」


「そうか、落ち着いて出来たなら合格だな!」


「そうね、お疲れ様! アルム」


 俺から離れて胸をで下ろす。レイナはともかく、なんだかんだ言ってロイドも不安だったんだな。


「お兄ちゃんおかえり!」


 何かしらのソースを顔に付けた状態でマインも出迎える。


「今日はたくさんご飯作ったの!」


 確かに先程から美味しそうな匂いがただよっている。


「試験お疲れ様と合格を兼ねてお祝いなのよ!」


随分ずいぶん、気が早いね。落ちてたらどうすんのさ」


「お前が落ちるなんて事は無いだろう! もし落としたら学園に文句言ってやる!」


 ロイドは拳を突き上げた。なかばば冗談には聞こえないのが恐ろしい。


「……みんなありがとう。じゃあ合格祝いやろうか! お腹ペコペコだよ」


 俺はリビングに足を踏み入れ、御馳走ごちそう堪能たんのうした

  


 


 






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