第5話 衝突

「「…………」」


 多様の洋裁道具と糸や布が置かれた作業空間で刺繍ししゅうの練習をしていた。父であるロイドは俺の動きを隣で黙って見ていた。


「ふう……お願いします」


 練習用の破かれた白い布地を端まで縫い上げロイドに手渡す。縫った場所を触ったり、引っ張ったりして完成度を確かめ――――。


「うん、上手くなったな!」


 張り詰めた表情が解けると俺の肩を叩いた。


「ホントッ⁉」


「ああ! 商品製作を任せても良いくらいだ」


「良しッ!」


「休憩中ぐらい休んだらどうなの?」


 母であるレイナは、お盆に乗せて二つのティーカップを持ってくる。作業場に紅茶の匂いが広がった。  


「アルムには少しでも早く一人前になって欲しくてな……張り切り過ぎてしまったよ」


「もう、親バカなんだから」


 そう言いつつ彼女も嬉しそうな表情を見せる。


「でも二十分後には再開するんだから、今のうちに休んでおきなさい」


 彼女は紅茶を置くと午後の営業を再開するため、商品売り場に向かった。


「期待しているぞ、アルム」


 ロイドは紅茶をすすりながら昼食を取りに、リビングの方へ向かった。


 俺も紅茶を口に含んで香りを楽しむ。


 今年で十三歳を迎え、店の案内だけでなく洋裁技術ようさいぎじゅつを教えてもらうことが増えてきた。無事に妹が生まれて経営も軌道に乗り、跡取りとして期待されている。順風満帆じゅんぷうまんぱんな人生だがこのままでは駄目だ。


「今日、伝えなくちゃな……」


 ***


 午後の営業を終えて、家族四人で夕食を囲んでいた。


「レイナのトマトスープは最高だな!」


 木製スプーンで口に運ぶ。いつもより多く酒を飲んでいるのかややテンションが高く見える。


「はいはいありがとう。こら、サラダもちゃんと食べなさい」


「やだ! 美味しくない!」


 子供用に小さく作られた椅子に腰かけ、言い争っているのは妹のマインだ。


 我儘なところはあるがそれを含めて可愛い妹だ。念のため、生まれてしばらくの間反応を観察したり、話しかけたりしたが年不相応としふそうおうの反応は無い。正真正銘しょうしんしょうめい普通の子供だろう。俺が赤子の頃、泣こうと努めたことがあったが全く上手くいかず、両親を心配させていた。夜泣きなど多々あったが、を経験させることが出来て良かった。


「マイン、サラダを食べないと魔物になっちゃうぞ!」


「――――⁉ サラダ食べる……」


 兄からのアドバイスを送ると、涙目になりながらフォークで無理やり口に入れる。


 こんな冗談を信じてくれるから本当に可愛い。


「魔物になるのは嫌だなぁ、俺も酒を飲む!」


 こっちは都合の良い事だけを信じる悪い大人。全然可愛くない。


「飲み過ぎよ、明日の仕事に影響するわ」


「――――プハッ! 俺が居なくても息子がいる!」


 ロイドが俺の肩に腕を回す。酒の匂いがきつかったのでやや距離を取った。


 そろそろ頃合いだろう。


「父さん、母さん。話があるんだ」


 俺は落ち着いた口調で声を掛ける。真面目な話だと察したレイナはロイドを俺から引き離し、何とか椅子に座らせる。


「どうしたの?」


「実は、『魔法学園』に行きたいんだ」


 将来の進路をド直球に伝えた。


 変な言い回しで時間をろうするより、進路について深く話し合いたいからだ。


 レイナが一瞥いちべつするとロイドは真顔で黙ったままだ。


「……どうして魔法学園に行きたいと思ったの?」


 仕方なく彼女が質問をしていく形になった。


「学園がどんなものなのか興味が湧いたから」


 嘘偽りない正直な思いを述べる。


「興味が湧いたからって……魔法は使えるの?」


 レイナの疑問は当然だ。両親が魔法の才能が無いのは元より、今まで魔法を使用したところは見せてきたことは無い。そうした理由は二つ。


 一つは見せるような事が無かったから。


 二つは五年前の雪山で俺の顔を見られ、逃がしてしまったからだ。泥潜蛇グランド・サーペントを転移させるほどの手練てだれがこの国にいる可能性は十分にある。『子供が魔法を使える』なんてことが知られたら注目を集めるのは必然。家族に刺客が向けられる可能性を踏まえて、誰にも気づかれないように隠してきた。


 しかしこの場での証明は絶対必要なので、簡単な魔法で説得しよう。

 

「【黒器創成くろきそうせい】」


 右手に長剣を作り出して見せるとレイナは目を開いた。


「触ってもいいかしら……?」


「いいよ。重いから気を付けて」


 差し出す両手にそっと乗せる。


「おもッ――――凄い……」


 武器の目利きに自信があるわけでは無いだろうが、物の価値を見ることは出来よう。


「貴方見て、アルムが魔法を……」


 ロイドに渡そうとするが見向きもしなかった。


「つまり、お前は家業を継ぐ気はないってことか?」


 剣の代わりに俺の目を見つめる。見開かれた瞳孔どうこうは酒に酔っていたことを微塵みじんも感じさせなかった。


「継ぐ気が無いわけじゃない。ただ、学園に興味があって……」


「お前を一人前にするのに学園なんかに行っている暇は無い。話は以上だ」


 残りのお酒を仰ぎ、立ち上がった。


「父さん、話を――――」


「これ以上話すことは何もない。行きたければ勝手に行け」


 そう吐き捨てて自室に籠った。


「……貴方が秘密にしていた理由は聞かないわ。凄い魔法だと思うけれど私は……ごめんなさい」


 レイナは長剣を返す。


「謝らないで、母さん。黙っていた俺が悪いんだから」


「喧嘩してるの?」


「喧嘩してないよ。さあ、食べたら体を拭いてきなさい」


 俺たちは残りの夕食を駆け込んだ。


 ***


「父さん、話を聞いてくれ!」


 翌日の早朝、朝食を取りながら進路について話し合っていた。


 突然の告白に取り乱していただけなのかと考えていたが、そんな事は決してなかった。


「学園に行きたければ勝手にすればいいだろう!」


 椅子から立ち上がり対話を拒もうとしていた。


「それじゃあ駄目なんだ! 父さんに認めてもらわないと……」


「学費ぐらい出してやるよ!」


「そうゆう問題じゃない!」


「ちょっと、貴方もアルムも……落ち着いて」


 お互いが熱くなっていく話し合いに傍観ぼうかんしている場合ではないと声を掛ける。が、この場で仲裁できるような者はいない。


「そもそもどうして早く言ってくれなかったんだ!」


「ッ……!」


 これ以上ない程の正論に言葉が詰まる。


 ロイドは自分たちを信用していないから話してくれなかったと勘違いしているのだろう。


 真実を言うべきか……だが、隠してきた意味が無くなってしまう。


「俺は……」


 ロイドたちが納得のいく理由を考えていると、二階からマインが下りて来た。顔を真っ赤にして涙を流しながら。


「ウワァァ――――! 喧嘩しないでよ――――!」


 顔をぐしゃぐしゃにしながら床にボタボタ、と涙が落ちる。


「わぁ――――ごめんねぇ! 怖かったよね」


 レイナは歩み寄ってエプロンで顔をうずくまる。そして気弱なレイナが目をぎらつかせて怒りの表情を露わにする。


「「ヒッ……!」」


 俺たちの熱は完全に冷め、静かに朝食を食べた。


 ***


 ライタード家で一二いちにを争う大騒ぎを終えて正午を回った。

 

 ロイドは王都内の小さな酒場にイルクスを呼び出した。安酒が飲める庶民的な酒場で昼間にも関わらず、室内は暗めの雰囲気で落ち着いていた。


「アル坊が学園にねぇ……」


 カウンターに頬杖ほおづえをついてイルクスは聞いた。


「そうだよ! あいつは魔法が使えたのを俺たちに黙っていたんだ」


 ロイドは一気に酒を仰ぐ。


「そりゃあ、秘密にされていたのが悔しいのは分かるがそう怒る事でもないだろう」


 ロイドの意見に共感しながらも、怒りの感情を収めるよう説得する。


「俺はなッ! 仕事の休憩時間を削ってあいつに教えてやったんだよ。それなのに『学園に興味がある』なんか言いやがって……!」


 小皿に乗っていたつまみのナッツを乱雑に掴んで、口に放り込んだ。


「俺がどんな気持ちで教えて来たのか少しは考えろって話だ!」


 イルクスの手が止まる。


「おい!」


 イルクスが立ち上がるとロイドの胸倉を掴む。


「さっきから聞いてりゃあ自分本位に考えやがって!」


「何だよ……クソ」


 抵抗するロイドだが、引き剝がすことは出来ない。


「あの子がお前に話さなかった理由を考えたことあんのかよ! 『自分が家を継ぎたい』って言ったのか! 違うだろッ!」


 イルクスは己のひたいを思いっきり、ロイドの額にぶつける。


「クゥ――――! 痛えな、この野郎……!」


 床に尻をつくロイドにイルクスは膝を折り、同じ目線で立つ。


「俺は嫁さんも居ねえし、子供も居ねえ。親ってのがどういう気持ちなのか分からねえけどな、子供がやりたいことを心の底から応援してやるのが親の役目だろ」


「⁉」


「はあ……今日は奢ってやるからアルムに謝ってこい」


 右手を伸ばしてロイドを引っ張り上げる。


「ありがとうな、お陰で落ち着いた……」


「なに、親友の家庭を気にかけるのも門兵の仕事だ」


「次は奢らせろよ」


 ロイドは足早に酒場から出て行った。


 ***


「何でこんな事になっちまったんだ……」


 俺は自室で籠っているようレイナに言い渡され仕方なく、ベットに横たわっていた。


 多少の言い合いになるのは覚悟していたが、ロイドがそこまで怒っているとは思わなかった。相談しなかった俺が悪いのだが――――。


「いくら何でも怒り過ぎだ!」


 その瞬間、部屋のドアがノックされる。


「はい」


 ドアが開かれ、分厚い紙束を持ったレイナがいた。


「どうしたの?」


「貴方に言いたい事があってね……」


 彼女は床に膝を着く。軽い要件だと勘違いした俺は呆気あっけにとられ直ぐに起き上がった。


「私は貴方が選んだ道を尊重するわ。学園に行くのも、家を継ぐのも、その他の道でも……そしてお父さんも同じ気持ちだわ」


「そうは思えないけどね……」


「いいえ。お父さんは私と同じくらい貴方を愛していて……心配していたの」


 そう言って彼女は分厚い紙束を差し出す。黄ばんだ箇所が見受けられ、年季を感じさせられる。


 適当にペラペラと紙をめくって眺めた。


「……⁉ これって――――」 


「そう、貴方のよ」

 

 成長日記というには著者本人の気持ちも多くつづられている。だが、『何が出来るようになった』とか、『どこで遊んだ』など内容に統一性はないが、俺自身のことも書かれていた。俺が生まれた日から今日までもサボらずに、だ。

 

 一番上の紙には昨日の日記が綴られていた。


≪アルムが学園に行きたいと言っていた。数少ない自分の思いを口にしてくれたのに、俺は否定してしまった。学園に行くことには反対はしていないのに、どうしてあんな言い方をしてしまったのだろう? たぶん、息子と肩を並べて仕事をすることに憧れがあったんだと思う。あの子が魔法を使えずに生まれて来た時、苦労しないように色々な事をやらせてみた。でも魔法が使えるなら、別の事に時間を費やせたのではないだろうか? もう少し早く言ってくれれば……いや、息子の才能を見抜けなかった親の責任だな。あの子は年齢にそぐわない言動が多々あったし、俺と違って頭も要領も良い。口下手だから大変かもしれんが、明日は『応援している』と伝えてあげたい≫


 その後は俺の刺繍技術ししゅうぎじゅつについて綴られていた。


 気付けばロイドに非難する気持ちは消え去っていた。


「……母さん、少し外に行ってきていい?」


 日記を手渡すと、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。


「ええ、いってらっしゃい」


 ベットから降りた俺は、家を後にした。


 ***


「口下手にも程があんだろ!」


 ロイドが行きそうなところを片っ端から探していった。 夕日が差し込んで一層、人の動きが激しくなる。


 家で待っていればいずれ帰ってくる。そんな事は分かっていても、ただ帰りを待っている気にはなれなかった。


「ハア、ハア……どこいんだよ、父さん」


 知らなかった。どんな気持ちで俺に技術を教えていたのか。


 勘違いしていた。『家を存続させる』という理由で俺を育てていたということを。


「ロイドはそんな奴じゃないって、ずっとそばで見て来たのに……」


 汗だくになりながら王都中を駆け巡っていると、雑踏ざっとうの中で俺の名を呼ぶ声が聞こえる。振り返った先には同じく汗だくになりながら、大きく手を上げるロイドがいた。


「どこ行ってたんだよ、父さん」


「お前こそ……家にいろよ。探したじゃ……ねえか」


 ロイドも息が上がっており、走り回っていたことが伺える。息を整えなが都内を歩き出した。


「「…………」」


 しかしお互いにどう切り出せばいいのか分からず、数分近く黙っていた。


 幸いなことに周囲がにぎやかで沈黙も耐えることが出来た。しかし何も話さないまま歩き続けるのは意味不明だ。どう切り出せばいいのだろうか……。


 『魔法のこと黙ってごめん。でも学園には行かせてね!』なんてどうだろうか? 軽めに切り出しつつ、口下手なロイドも許可を出すだけだという最高のセリフ。


 却下だな。今回の話は重く話したいとは言わないが、真面目にケリをつけておきたい。


「……父さんはどうして俺を探していたの?」


 本題を一旦置いて、走り回っていた理由を尋ねた。


「お前に謝りたい事があってな……」


 申し訳なさそうに話す彼の横顔を黙って見つめた。

 

「俺は口下手で……思っていた事と違うことを言ってしまうんだ。だから……」


 今朝の二の舞《にのまい》にならないよう慎重に言葉を選んでいるのだろう。


「お前が学園に行きたいのなら、父さんは応援する。これは……本心だ!」


 俺の目を見つめてはっきりと心の内を明かしてくれた。


「謝りたいのは俺だ。父さんがどんな思いで俺を育ててくれたのか勘違いしていたよ。魔法の事も……」


「良いんだ。家族だからって全てを話す必要はない。でも困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ。魔法も使えない弱っちい父親だけどよ……」


 頭を掻いて照れ隠しするロイドに、俺は両手を広げて抱き着いた。


「ごめん、父さん……」


「俺の方こそごめんな、アルム」


 それに反応してロイドも俺の背中に腕を回した。公衆の面前で男同士の抱擁ほうようは注目を集めた。


 だが、そんなことはどうでも良い。ロイドと仲直りが出来たことを心の底からホッとしている。ずっと暮らしているとはいえ、転生者である俺にとっては『他人』に近い認識だった。しかしこの関係を惜しい思えることは紛れも無く、という認識なのだろうな。


 ***


「はっはっはっ! 家で飲む酒も最高だな!」


 帰宅後、進路決定祝いだと言ってロイドはイルクスを呼んで酒を飲んでいた。


 抱擁ほうようした時、微かに酒の匂いを感じたのだが……気のせいだろう。


「仲直りが出来てよかったわね、マイン」


「仲良しの方がたのしい!」


 さり気無く、サラダが盛られた器を遠ざける。


「サラダさんとも仲良くしなくちゃだめですよぉ」


「イヤァ!」


 椅子から降りて逃げ出した。


「騒がしいなぁ」


 俺はテーブルから離れたソファーへ逃げ込み遠くから眺める。


 一方は酒飲み二人がどんちゃん騒ぎ、もう一方は娘を追走する母親。この騒々しい光景に既視感を覚える。


 そうか……訓練兵の頃か。こうやって毎日騒いでいたな。


「学園に行くならアル坊を『魔法塾』に行かせた方が良くねぇか?」


 感傷に浸っていると俺の話題が聞こえた。


 魔法塾というのは、十五歳以下を対象に魔法の基礎を学ぶことができる場所だ。一般家庭だけでなく貴族らも利用することが多い。魔法学園に行くのならば行っておいて損が無い場所だ。


「必要ないよイルクスさん。受験日まで家を手伝うよ」


 魔法の基礎など学ぶ必要は無いし、高い学費を払うのなら家を手伝う方が有意義ゆういぎだ。 


「お金のことなら心配するな! お前は自分の事に集中すればいい」


「ロイドの言う通りだ。学園を目指すなら最善を尽くすべきだぜ」


 うーん、『最善を尽くす』という考えは俺も賛同するが、得るモノが全くと言っていいほど無いしな。


「じゃあ、森の魔物を倒せたら行かなくてもいいよね?」


「まあ、良いだろう。無理はするなよ」


 ロイドは冗談だと思いながらも、許可を出した。


 後日、人鬼オーガの群れを倒した俺は受験前日まで仕事を手伝っていたことは言うまでもない。


  

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