第61話☆安田葵vs前田陽菜

井上ひかりと安田葵の試合は序盤こそいい勝負だったけど、後半は安田葵ペースだった。

安田葵の投げ技に押し負けず井上ひかりも飛び技や関節技で応戦していた。でも関節技がなかなかいい形に極めさせてもらえず、じわじわと体力差がついていった。


バックドロップを決めた安田葵は抑え込みに入らず、井上ひかりを立たせてすぐさま今度はジャーマンスープレックスで叩きつけた。強烈な投げ技の二連発。そのまま3カウントを奪って安田葵が勝利した。

切れのある強烈なジャーマンだ。あんなの目の前で見せられたら、私だってやりたくなってくる。


勝ち名乗りを受ける安田葵と目が合った。さっき話していた時とは違う目。内気な性格に似合わない挑戦的な目だった。このジャーマンであなたのことも負かしてやる、そう言われたような気がした。


臨むところよ。


決めた。次の試合はジャーマンで勝つ。


リングに上がると安田葵はさっき見たような目はしていなかった。あれは何だったんだろう。


「よろしくお願いします!」


握手を交わす時、安田葵もか細い声で「よろしくお願いします」と言ったのがぎりぎり聞こえた。


試合開始のゴングが鳴る。

すぐに跳びかかっては来ない。でもお互い近い間合いでの攻撃が得意なので、にらみ合っていても始まらない。


じわじわと距離を詰めて、ロックアップの形に入る。そしてすぐに振りほどいてヘッドロック。

頭を締め上げている腕から逃げられるとすぐに背後を取られる。でも、抜けられるもんなら抜けてみろ。

ヘッドロックを解いて、安田葵をロープに振ってドロップキック。立ち上がったところを抱え上げてボディスラム。ここから腕十字固めに、あ、逃げられた。でもいい流れを作れている。


対する安田葵はロックアップからボディスラムを決めてきた。やっぱり足を取ってから持ち上げるまでが速い。

さらにアームホイップ。これも技の入り方が上手い。立ち上がったところにドロップキック。嫌なタイミングで違う技を混ぜてくる、さすがだ。


技を決めてはやり返され、またこっちもやり返す。技の数もお互いそんなに変わらないので、同じように体力を削り合っている状態だ。

安田葵のボディスラムはかなり厄介で、技の形に入られるともう止められない。そこを起点に別の技も続けて食らうことになる。あれを何とかしないとリードが奪えない。逆エビとか決めて体力削りたいけど、やっぱり関節技は警戒されている。前の二試合どっちも関節技たくさん使っていたから、無理もない。


だんだん身体が重くなり言うことをきかなくなってくる。もう何回ボディスラムやられたかわからないけど、ジャンピングネックブリーカーやブレーンバスターと、こっちも威力のある技が決まり始め、大技一発で勝負がつくかどうかというところまでは追い詰めた。


タックルは警戒されている。ボディスラムかラリアットから関節技に持ち込めるか、いや、これもまた逃げられそうだ。だったらやっぱり...


安田葵の腕を掴んでロープに振った。飛び技はこっちも出遅れる、だからここはラリアットだ。

ロープで跳ねて戻ってきたところをラリアットで倒す。足はやっぱ取れないか、でも後ろには回り込める!


足を取るフェイクを入れてすぐさま安田葵の背後につく。両腕でしっかりと抱えてそのまま後ろにブリッジした。安田葵を真っ逆さまにリングに叩きつける。


いい手ごたえだ、いける!このまま抑え込んで…

ジャーマンスープレックスでブリッジしたまま抑え込みに入った。


この試合では防御が上手くいかなかった。途中からは技のかけ合いでかなり消耗させられた。強豪校相手にもちゃんと試合をコントロールできるようにならないと。


レフェリーがカウントしながらリングを叩く。腕の中で安田葵がフォールから逃げようともがいている。それをがっちり抑えた。もう少し、これで決めるんだ。


あと1カウントだった。安田葵の身体が大きく跳ねて、ブリッジが崩れた。


嘘、返された!?あれだけ手ごたえがあったのに。


すぐに安田葵の方を見た。フォールは返したもののすぐには立ち上がれなさそうだ。すぐさま両足を取って今度は逆エビ固めで絞り上げる。


もう抵抗する体力が残っていないのか、すんなりとステップオーバーできた。背中に座り込んで体重を後ろにかけると一気に反りが深まる。我ながら完璧な逆エビ固めだと感じた。それと同時に安田葵がギブアップし、試合終了のゴングが鳴った。


勝った。

課題はまだまだ残っているけど、強豪校相手に十分戦えることがわかった。なのに気持ちは全く晴れなかった。


試合終盤で決めたジャーマンが返されるなんて。あれだけの手ごたえがあって。あの後安田葵はすぐには動けなかった。やっぱり効いていたはずだ。抑え込みを返したところで動けないならその後でまたキツい技を食らうことになる。今みたいな逆エビ固めとか。


同じ投げ技を得意とする選手としてのプライド?あんたのジャーマンにはやられないっていう意思?


逆だったら、私は安田葵のジャーマン返せたのかな。わからない。

試合に勝ってこんなにもすっきりしないのは初めてだった。

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