第60話☆岩田結菜vs大塚咲来

白浜女子2年の岩田結菜の試合はよく覚えている。

去年の南関東大会で観た時は、試合序盤でも大技を出してくる選手だった。フィニッシュホールドにしてもおかしくないようなレベルの裏投げを開始数分で決めてしまう。


強烈な投げ技の合間にも容赦ない飛び技や打撃系の技、スキを突いた関節技で相手を削っていく。最後は豪快なジャーマンスープレックスで決めて初戦を勝ち上がっていた。

常に最大火力で相手が倒れるまでダメージを重ねていく、超攻撃型の選手だ。


咲来との差は歴然としていた。組んだら最後、バックドロップや裏投げと、強烈な技が襲いかかる。でも咲来の最大の武器はキックだ。間合いを取っても戦える。でも綺麗には入らない。


「大塚さん、いい選手ですね」


振り向くと横に高山美優が立っていた。急に話しかけてくるからびっくりして声を上げてしまったけど、高山さんはリングから目を離さない。


「うちの部員だからね」


強がって言ってはみるものの、今の咲来はほぼサンドバッグ状態だ。このままじゃそう長くはもたない。


「一試合目、長時間の試合だったみたいですが最後まで集中力を切らさず、いい試合でした」

「観てたの?」

「自分の試合が終わって少し覗いたくらいです」


高山さんなら相手によっては数分とかからず試合が終わることもあるだろう。早めに試合を終わらせて観ていたのだ。


咲来はロー、ミドルと種類を混ぜながらガードを翻弄し、ようやく渾身のローキックがバシっと音を立てて入った。

これ決まってなかったらカウンターでキツい投げ技食らってただろうな。それに臆せず思い切った一発を放った咲来の勝負強さもすごい。高山さんも「あら」と楽しそうに呟いた。


しかしそこからは岩田結菜の猛攻が続いた。今度は咲来をロープに振ってからのラリアット、ジャンピングネックブリーカー。さらにバックドロップが決まり抑え込みに入る。でもこれを咲来が返す。けどギリギリだ。ここで関節技決められたらもう逃げられない。


しかしそのまま岩田結菜は立ち上がる。そして咲来も立ち上がろうとした時だった。咲来めがけて突っ込んでいく岩田結菜の身体がリングを蹴って宙に浮く。咲来が立てた膝を駆け上がって頭部に膝蹴りを入れた。


「咲来!」

思わず叫んだ。


シャイニングウィザード!やばい、もろに入った!?


咲来がそのまま仰向けに倒れる。岩田結菜は今度は抑え込みに来ない。レフェリーが間に入ったからだ。


「今の入り方だと止めざるを得ませんね。大丈夫でしょうか」

私は駆けだした。試合は終わっている。セコンドでもないけど構わない。


咲来の横に膝を着くとぼんやりとこっちを向いた。よかった、意識はある。でも視界は揺れて焦点は定まっていない。


咲来は医務室に運ばれ、私はそれに付き添った。脳震盪は起こしていないみたいだけど、今日の残りの試合は欠場することになった。


でも当の咲来本人は医務室で少し休んで出てきてからはケロっとしている。


「本当に大丈夫?」

「うん。意識飛びそうだった」

「もうめちゃくちゃ心配したよぉ」

「私も、前田ちゃんの時はすごく心配だった」


この前の交流試合で、宮崎沙耶香と戦った時に私もレフェリーストップで負けた。プロレスをやっているとこういうことがたまにある。十分気を付けているし、技をかける側も悪意はない。誰が悪いわけでもないけど、誰かが目の前でそうなると心配で堪らない。


「前田ちゃんの時はあんなに心配だったのに、いざ自分がそうなると軽く考えちゃうね」


私はまだ心配だ。でも医務室では問題ないと言われ本人も平気そうだし、今日はもう試合しないからひとまず大丈夫なのだろう。


私はあと一試合残っている。目の前の試合に集中しないと人の心配している場合じゃなくなるかもしれない。

相手は紫苑女子の安田葵。気持ち切り替えなきゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る